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29-3.
しおりを挟む白い夜着は、はじめて彼女を抱いた夜にも着ていた。それだけで、心臓が嫌な音を立てる。彼女の覚悟を感じて。
「おいで」
動揺を悟らせないために、いつものように自分の隣をぽんぽんと叩くと、リナリアは素直にベッドに乗り上げた。彼女はそのまま上半身を前に倒すと、フィグルドに触れるだけの口づけを落とす。
触れ合わせるだけで離れて、恥じらいながら自分の真横でちょこんと正座したリナリアに、フィグルドは口元にかすかに笑みを浮かべると、その大きく無骨な手のひらをその柔らかい頬に添えた。
読んでいた本をサイドボードに置くと、空いた手をリナリアの腰にまわして引き寄せ、口づけを交わす。触れるだけではなく、啄むものから、時折深く貪るようなものまで。
今までも、時折深いキスも交わしていた。けれど、止まれなくなるから、とフィグルドからすることは少なかった。けれどこうやって、リナリアからのキスは、もっとしてほしいの二人だけの秘密の合図だ。
久しぶりに交わす情欲を孕んだ口づけは、互いの体温を簡単に上げてくれる。静かな寝室に、唾液を交換するくちゅくちゅとした水音が響く。
一度顔を離すと、二人の唇を銀糸が繋ぐ。
リナリアは少しフィグルドから身体を離すと、膝立ちになり、お気に入りの白い夜着の裾をするすると持ち上げると、自分のヘソが見える高さまでめくりあげた。
「……っ」
こくり、とフィグルドが息を飲み込み、喉仏が上下する。
リナリアは下肢に何も身に着けておらず、寝室のオレンジ色の灯りが、彼女の滑らかな下半身を照らし出す。
あまりにも挑発的で煽情的な姿に、フィグルドは自分の血流が一気に下半身へ集まるのを感じた。だが、ここで欲望に負けて彼女を抱いてしまっては、また同じことの繰り返しだ。
彼女の覚悟と献身に、応えたい
彼女の力を行使させず、この難局を乗り越えてみせる
フィグルドは素早くリナリアの腕を掴むと引き寄せてその体勢を崩させた。重心がずれて自分の胸に倒れ込んできたリナリアの腰をあげさせると、隠し持っていた黒うさぎのパンツを履かせた。
「……フィグ?」
リナリアが焦ったような表情になるが、気づかないふりして、そのまま自分の腕の中に閉じこめるように抱きしめる。
「すまない、リナ。ひどく眠いんだ……」
ちゅ、とリナリアの額に軽く唇を落とす。
リナリアからの誘いを断りたくなんてなかったが、それが彼女との別れとなるなら、我慢など造作もなかった。
宣言するやいなや、瞼を閉じたフィグルドに、リナリアが戸惑いの声をあげる。
「……え?嘘……もう寝たの?フィグってば……」
鍛えた鉄の精神で寝たふりを続けると、やがて、リナリアは小さなため息をついて、「まだ明日があるよね……」と呟いた。
明日は、フィグルドの仕事が休みの日だ。休みの日は二人きりでゆっくり過ごすのが習慣化しているので、おそらくリナリアは明日まだ無の力を行使するチャンスがあると思っているのだろう。
手記に書かれていた助けを求めに隣の主人がきた時間は通常ならフィグルドがまだ帰宅前の夕方くらいだった。つまり、そこまでに決着をつけるつもりなのだ。
彼女が必死になるほど、予知夢に対する強い覚悟を感じて胸が引き絞られる。そこまでリナリアを追い詰めたのは、他ならない自分だからこそ。
彼女の手記で起きる危険について具体的な出来事を知ったから、回避できるのではないかと頭を掠めるが、そんなに簡単なものであれば彼女は能力の行使を決意したりしない。
つまり、覆すことが簡単ではない運命ということだ。聖女として一緒に旅をしていた時、彼女は回避が可能な予知夢に関してはきちんと自分達に共有してくれていた。だが、「無の力」を使わざるを得ないような予知夢に関しては、言わないか、言っても一部の情報しか伝えてこなかった。
おそらく、彼女は予知夢を見ると同時に、数多くのその未来に至るパターンも同時に見ているのだろう。その中で、成功の道筋があれば、回避できる未来と結論づけて、話すか話さないかを決めていた。
つまり、「無の力」を使うと決めた予知夢には、回避の未来が見えなかったということだ。
これをどう覆すべきか……
明日のために対策を練りたいのに、未だ諦めずにもぞもぞとフィグルドの身体を弄ってくる可愛い誘惑に耐える。
……これ、明日も耐えるのか……耐えられるのか……?
自分の忍耐力に訴えるように、その夜は更けたのだった。
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