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29-2.
しおりを挟む「……?」
フィグルドが落ちてきたそれを拾いあげる。軽くて柔らかい布地のそれが、広がると、そこに黒いうさぎの絵が描かれていた。
忘れもしない、フィグルドが初めて彼女と出会った時に、頭の上に落ちてきたもの。後にこれが、異世界の女性の下着だと知った時は少々ショックを受けたことを覚えている。
リナリアは、こちらに来た時に持っているものが少なかった。「制服」と呼ばれるあちらの世界の洋服と、この下着だけ。だからか、リナリアは旅の間ずっとこの二つは大切に持ち歩いていた。
まるで、元の世界とのつながりを失わないために。
「……」
十八歳なんて、まだ子供だ。家族から引き離されて、今まで当たり前だった常識も通用しない、知ってる人間が誰一人としていないような世界にたった一人放り出されて。どれだけ心細かっただろうか。彼女の心の支えになりたいと必死でここまで来たが、こうやって彼女の元の世界の欠片を見ると、本当に自分は彼女を幸せにできているのかと不安になることがある。
けれど、フィグルドにとって揺るがない真実が、一つだけある。それは、彼女が自分に純潔を捧げてくれたこと。
あの時、フィグルドは誓ったのだ。彼女を生涯愛し、守り抜くことを。その時の誓いを思い出しながら、ふと、あの初めての夜にもこの下着をつけていたな、と気づく。
彼女にとって大切な物を身に着けて自分の元に訪れたことが、フィグルドにとっては愛の証左だった。
ひとまず元の場所に零れ落ちてきた下着を戻そうとクローゼットに視線を移すが、それらしい場所が見当たらない。
そういえば、下着類は隣の部屋にまとめてあるから、ここから出てくるのはおかしいな?
仕舞う場所を間違えたのだろうか?と思いながらごそり、とクローゼットの奥に手を伸ばし、今まで見たことがない鞄が、隠すように押し込められているのを見つけた。
何だ……?
手を伸ばして、中身を確かめようとした時、ぱんぱんに詰め込まれた鞄から一冊の手記がはみ出ているのが見えた。
表紙を見てすぐに理解する。
これは、リナの手記……?
浄化の旅の最初の頃に、彼女がまだ何も書かれていないこの本を目を輝かせて見ていたのを見て、思わず贈ったものだ。その後も大切に持ち歩き、旅の記録を残しているのだと教えてくれていたのを覚えている。
フィグルドはこの中身を読んだことはない。読みたいと思ったことも、これまでなかった。けれど、何故か、胸が騒めいた。
リナリアは手記を大切にしていて、こんなクローゼットの奥に押し込めたりしない。彼女は綺麗好きだし、整理整頓も出来る。落ちてきた一枚だけの下着といい、こんな法則性のない片づけをする子ではない。
だから、だろうか。
それまで読みたいと思ったことがなかった、その手記に手を伸ばした。だが、掴んで持ち上げて手元に持ってくると、ひどく罪悪感が生まれる。
リナリアの許可なく、読んではならないのではないか、と。まるで彼女の心を無断で覗いてしまうような、後ろめたさ。
「……」
数秒考えて、やはり読まずに元のところに戻そうとした瞬間、ビリッと静電気が走りフィグルドは驚いて手記を取り落とした。
バサッ、と手記が開いて落ちる。
手記は皮の表紙のため、起こるはずのない現象に違和感を覚えながら、拾おうと手を伸ばして、ぴたりと動きを止めた。開いたページに書かれた衝撃的な文章に、目を奪われる。
―――フィグルドさんが生きていてよかった。無の力はきちんと発動していたみたい。
視界に飛び込んできた文字の羅列に、フィグルドは手記を掴んで、思わず文章を目で追いかけた。
そこには、瘴気の刃で貫かれたといっても、予知夢の中のような致命傷ではなかったことに安堵する言葉が綴られていた。
フィグルドの心臓の音が、嫌な音を立てて早まっていく。
もう、頭の中で読んではいけない、という制止する声はどこかへ消えて、手記を手に取ると、遡って目を走らせる。
そこに書かれた、数々の衝撃の事実に、フィグルドは足元が崩れる感覚がした。
けれど同時に、手記から溢れてくる、彼女の自分への想いが、絶望に落ちかけた己を踏みとどまらせる。
あまりにも壮絶で、一人の少女が背負うには過酷な運命が、そこには綴られていた。リナリアが二階にあがってくるまでに、元の場所に戻すために、フィグルドは無の力の行使のところだけ重点的に読み込む。
そうして、今夜彼女が、三回目を決心したことを知った。
クローゼットに押し込められた鞄は、彼女が自分の元を去るための準備。
くらりと眩暈がする。
まるで足元がガラガラと音をたてて崩れ去っていくような絶望と恐怖が、フィグルドを包む。
フィグルドの優れた聴覚は、二階に上がってくるリナリアのかすかな足音を聞きとって、手記を素早く鞄に押し込めるとクローゼットを閉めた。
冷静になれ……今、自分にとれる最善の策はなんだ……
とにかく、三回目の無の力を発動させるわけにはいかない……
フィグルドは先ほど読むつもりだった本を手にとり、寝台に座った。不自然にならないよう、本を開いたところで、寝室の扉が開いて、リナリアが入って来た。
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