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29.嵐前夜
しおりを挟むどこまでも続く真っ白い空間に、この世の者とは思えぬ美しい女性と、頭が虎の姿をした屈強な男が佇んでいる。
美しい女性は、愛の女神レプス。目を細めて、白く細い指先を唇に当てると、愉悦の表情を浮かべた。
『乗り越えられると思う?』
何を、とは言わずにレプスが問いかけると、男……雷神ティガーは眉間の皺を深くした。
『さぁな……。だが、お前からこの試練を引き出した胆力に嘘はなかろう』
常に厳格であるティガーにしては珍しい評価だ。レプスはともかく、ティガーがここまで深く聖女と関わったことは初めてだったからだろうか。彼の心を動かした二人に、レプスは満足そうに微笑むと、彼らが運命をやり直す様子を脳内で展開した。
そこに、わずかな違和感を感じて。ぱちり、と瞬きする。
『あら……ティガーもいい加減甘いわね』
『……』
からかうような声音に答えることなく、ティガーはふん、と鼻を鳴らした。言いたい言葉はあったが、口にするのは無意味だと感じたからだ。
そういうレプスも、甘いではないか、と。
だが、レプスはティガーの言いたかったことを感じ取って、唇に刻んだ笑みを深くした。
『可愛いじゃない?黒うさぎ。だから、お礼にね』
本来手心など加えることはない神たちの、ほんの贈り物が二人の試練に干渉した。
フィグルドは、庭にある納屋で窓の補強用の板を取り出すと、空を見上げた。すでに星が瞬く空は、今は綺麗に晴れ渡っている。
雷神ティガーの加護を受けてから、天候の先読みが本能的に出来るようになった。大きく空が荒れる前には、肌がざわめく。理屈がわからないため、絶対とは言い切れないが、今のところ予測を外したことはほとんどない。視線を空から自分の今住んでいる家へと動かした。
リナリアの好みに合わせて買った新居は、互いの距離が近く、傍で過ごせるので大変気に入っている。だが、耐久性という面ではやはり、大きな邸と比べると劣ってしまう。
ひとまず被害を最小限に抑えるべく、窓の外に板を打ち付けておいて、ガラス破損や雨漏りの原因などを防ごう。
こういう時、魔法で防御壁が張れるディー、ノエス、イサラがほんの少しだけ羨ましくなる。
雷属性は攻撃するという意味であれば嵐や雨は強力な味方だが、防御の面となると弱点になりやすい。理由は、雨の中雷魔法を使うと周囲に被害が出てしまうからだ。使う場所や条件が限定的になってくる。
いくつかある窓と、屋根の出窓に板を打ち付けた後、地面に降りると、リナリアが外に出て待っていてくれた。
「お疲れ様。ふふ、汚れたね。お風呂入ったら?」
リナリアが手を伸ばして頬についた汚れを払ってくれる。思ったより全身汚れてしまったか、と汚れを移してしまわないように少しだけ身体を離した。
「ん?あぁ、そうだな。その後今日はもう寝るか。リナも、ノエスとイサラの相手をして疲れただろう」
「そんなことないけど……イサラが今度フィグの雷魔法の検証に付き合って欲しいって」
「わかった」
気づけば夜も深い。虎の目は夜目がきくため、たまに夜の深さに気づくのが遅くなる。便利といえば便利だが、疲れているリナリアを付き合わせてしまったことを反省する。
言葉に甘えて、先に湯をもらった後、二階にある二人の寝室へと入る。中央には少し大きめの寝台が置かれていて、それだけで部屋の中がいっぱいになってしまっている。
リナリアが気に入ってくれたのは、二階の天井は斜めの形をしていて、その途中に天窓がある。夜、二人で横になると星空がよく見えるのだ。
明日の嵐の準備で、先ほど板で塞いでしまったので、今夜は星が見れないな、と少し残念に思いながら、フィグルドはサイドボードの上にある灯りをつけた。
暖かく淡いオレンジ色の光が、部屋を照らす。
先に布団に入っておこうと考えてから、そういえば、途中まで読んでいた本があったことを思い出す。リナリアがくるまでそれを読んで過ごそう、と本を仕舞ったクローゼットを開けた。
同時に、ぱさり、と何かが足元に落ちる。
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