拝啓、聖騎士様。もうすぐ貴方を忘れるから離縁しましょう

花虎

文字の大きさ
66 / 80

29.嵐前夜

しおりを挟む




 どこまでも続く真っ白い空間に、この世の者とは思えぬ美しい女性と、頭が虎の姿をした屈強な男が佇んでいる。

 美しい女性は、愛の女神レプス。目を細めて、白く細い指先を唇に当てると、愉悦の表情を浮かべた。
 
『乗り越えられると思う?』
 
何を、とは言わずにレプスが問いかけると、男……雷神ティガーは眉間の皺を深くした。
 
『さぁな……。だが、お前からこの試練を引き出した胆力に嘘はなかろう』
 
 常に厳格であるティガーにしては珍しい評価だ。レプスはともかく、ティガーがここまで深く聖女と関わったことは初めてだったからだろうか。彼の心を動かした二人に、レプスは満足そうに微笑むと、彼らが運命をやり直す様子を脳内で展開した。

 そこに、わずかな違和感を感じて。ぱちり、と瞬きする。

『あら……ティガーもいい加減甘いわね』
『……』
 
からかうような声音に答えることなく、ティガーはふん、と鼻を鳴らした。言いたい言葉はあったが、口にするのは無意味だと感じたからだ。
 
 そういうレプスも、甘いではないか、と。
 
だが、レプスはティガーの言いたかったことを感じ取って、唇に刻んだ笑みを深くした。

『可愛いじゃない?黒うさぎ。だから、お礼にね』

本来手心など加えることはない神たちの、ほんの贈り物が二人の試練に干渉した。






 フィグルドは、庭にある納屋で窓の補強用の板を取り出すと、空を見上げた。すでに星が瞬く空は、今は綺麗に晴れ渡っている。

 雷神ティガーの加護を受けてから、天候の先読みが本能的に出来るようになった。大きく空が荒れる前には、肌がざわめく。理屈がわからないため、絶対とは言い切れないが、今のところ予測を外したことはほとんどない。視線を空から自分の今住んでいる家へと動かした。

 リナリアの好みに合わせて買った新居は、互いの距離が近く、傍で過ごせるので大変気に入っている。だが、耐久性という面ではやはり、大きな邸と比べると劣ってしまう。

 ひとまず被害を最小限に抑えるべく、窓の外に板を打ち付けておいて、ガラス破損や雨漏りの原因などを防ごう。

 こういう時、魔法で防御壁が張れるディー、ノエス、イサラがほんの少しだけ羨ましくなる。

 雷属性は攻撃するという意味であれば嵐や雨は強力な味方だが、防御の面となると弱点になりやすい。理由は、雨の中雷魔法を使うと周囲に被害が出てしまうからだ。使う場所や条件が限定的になってくる。

 いくつかある窓と、屋根の出窓に板を打ち付けた後、地面に降りると、リナリアが外に出て待っていてくれた。

「お疲れ様。ふふ、汚れたね。お風呂入ったら?」
 
リナリアが手を伸ばして頬についた汚れを払ってくれる。思ったより全身汚れてしまったか、と汚れを移してしまわないように少しだけ身体を離した。
 
「ん?あぁ、そうだな。その後今日はもう寝るか。リナも、ノエスとイサラの相手をして疲れただろう」
「そんなことないけど……イサラが今度フィグの雷魔法の検証に付き合って欲しいって」
「わかった」

 気づけば夜も深い。虎の目は夜目がきくため、たまに夜の深さに気づくのが遅くなる。便利といえば便利だが、疲れているリナリアを付き合わせてしまったことを反省する。

 言葉に甘えて、先に湯をもらった後、二階にある二人の寝室へと入る。中央には少し大きめの寝台が置かれていて、それだけで部屋の中がいっぱいになってしまっている。

 リナリアが気に入ってくれたのは、二階の天井は斜めの形をしていて、その途中に天窓がある。夜、二人で横になると星空がよく見えるのだ。

 明日の嵐の準備で、先ほど板で塞いでしまったので、今夜は星が見れないな、と少し残念に思いながら、フィグルドはサイドボードの上にある灯りをつけた。

 暖かく淡いオレンジ色の光が、部屋を照らす。

 先に布団に入っておこうと考えてから、そういえば、途中まで読んでいた本があったことを思い出す。リナリアがくるまでそれを読んで過ごそう、と本を仕舞ったクローゼットを開けた。

 同時に、ぱさり、と何かが足元に落ちる。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

伯爵は年下の妻に振り回される 記憶喪失の奥様は今日も元気に旦那様の心を抉る

新高
恋愛
※第15回恋愛小説大賞で奨励賞をいただきました!ありがとうございます! ※※2023/10/16書籍化しますーー!!!!!応援してくださったみなさま、ありがとうございます!! 契約結婚三年目の若き伯爵夫人であるフェリシアはある日記憶喪失となってしまう。失った記憶はちょうどこの三年分。記憶は失ったものの、性格は逆に明るく快活ーーぶっちゃけ大雑把になり、軽率に契約結婚相手の伯爵の心を抉りつつ、流石に申し訳ないとお詫びの品を探し出せばそれがとんだ騒ぎとなり、結果的に契約が取れて仲睦まじい夫婦となるまでの、そんな二人のドタバタ劇。 ※本編完結しました。コネタを随時更新していきます。 ※R要素の話には「※」マークを付けています。 ※勢いとテンション高めのコメディーなのでふわっとした感じで読んでいただけたら嬉しいです。 ※他サイト様でも公開しています

愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください

無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――

初恋をこじらせた騎士軍師は、愛妻を偏愛する ~有能な頭脳が愛妻には働きません!~

如月あこ
恋愛
 宮廷使用人のメリアは男好きのする体型のせいで、日頃から貴族男性に絡まれることが多く、自分の身体を嫌っていた。  ある夜、悪辣で有名な貴族の男に王城の庭園へ追い込まれて、絶体絶命のピンチに陥る。  懸命に守ってきた純潔がついに散らされてしまう! と、恐怖に駆られるメリアを助けたのは『騎士軍師』という特別な階級を与えられている、策士として有名な男ゲオルグだった。  メリアはゲオルグの提案で、大切な人たちを守るために、彼と契約結婚をすることになるが――。    騎士軍師(40歳)×宮廷使用人(22歳)  ひたすら不器用で素直な二人の、両片想いむずむずストーリー。 ※ヒロインは、むちっとした体型(太っているわけではないが、本人は太っていると思い込んでいる)

【R18】熱い夜の相手は王太子!? ~婚約者だと告げられましたが、記憶がございません~

世界のボボブラ汁(エロル)
恋愛
激しい夜を過ごしたあと、私は気づいてしまった。 ──え……この方、誰? 相手は王太子で、しかも私の婚約者だという。 けれど私は、自分の名前すら思い出せない。 訳も分からず散った純潔、家族や自分の姿への違和感──混乱する私に追い打ちをかけるように、親友(?)が告げた。 「あなた、わたくしのお兄様と恋人同士だったのよ」 ……え、私、恋人がいたのに王太子とベッドを共に!? しかも王太子も恋人も、社交界を騒がすモテ男子。 もしかして、そのせいで私は命を狙われている? 公爵令嬢ベアトリス(?)が記憶を取り戻した先に待つのは── 愛か、陰謀か、それとも破滅か。 全米がハラハラする宮廷恋愛ストーリー……になっていてほしいですね! ※本作品はR18表現があります、ご注意ください。

【完結】 君を愛せないと言われたので「あーそーですか」とやり過ごしてみたら執着されたんですが!?

紬あおい
恋愛
誰が見ても家格の釣り合わない婚約者同士。 「君を愛せない」と宣言されたので、適当に「あーそーですか」とやり過ごしてみたら…? 眉目秀麗な筈のレリウスが、実は執着溺愛男子で、あまりのギャップに気持ちが追い付かない平凡なリリンス。 そんな2人が心を通わせ、無事に結婚出来るのか?

冷遇された妻は愛を求める

チカフジ ユキ
恋愛
結婚三年、子供ができないという理由で夫ヘンリーがずっと身体の関係を持っていた女性マリアを連れてきた。 そして、今後は彼女をこの邸宅の女主として仕えよと使用人に命じる。 正妻のアリーシアは離れに追い出され、冷遇される日々。 離婚したくても、金づるであるアリーシアをそう簡単には手放してはくれなかった。 しかし、そんな日々もある日突然終わりが来る。 それは父親の死から始まった。

「妃に相応しくない」と言われた私が、第2皇子に溺愛されています 【完結】

日下奈緒
恋愛
「地味な令嬢は妃に相応しくない」──そう言い放ち、セレナとの婚約を一方的に破棄した子爵令息ユリウス。彼が次に選んだのは、派手な伯爵令嬢エヴァだった。貴族たちの笑いものとなる中、手を差し伸べてくれたのは、幼馴染の第2皇子・カイル。「俺と婚約すれば、見返してやれるだろう?」ただの復讐のはずだった。けれど──これは、彼の一途な溺愛の始まり。

【完結】王子から婚約解消されましたが、次期公爵様と婚約して、みんなから溺愛されています

金峯蓮華
恋愛
 ヴィオレッタは幼い頃から婚約していた第2王子から真実の愛を見つけたと言って、婚約を解消された。  大嫌いな第2王子と結婚しなくていいとバンザイ三唱していたら、今度は年の離れた。筆頭公爵家の嫡男と婚約させられた。  のんびり過ごしたかったけど、公爵夫妻と両親は仲良しだし、ヴィオレッタのことも可愛がってくれている。まぁいいかと婚約者生活を過ごしていた。  ヴィオレッタは婚約者がプチヤンデレなことには全く気がついてなかった。  そんな天然気味のヴィオレッタとヴィオレッタ命のプチヤンデレユリウスの緩い恋の物語です。  ゆるふわな設定です。  暢気な主人公がハイスペプチヤンデレ男子に溺愛されます。  R15は保険です。

処理中です...