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episode.15
しおりを挟む「あれ?帰りますか?」
「ああ。少し用が出来た」
「………そうですか」
夕方まで奥の部屋でカストと過ごしたリディオは、カストが帰るのと同時にソフィアの店を出る事にした。
「飯、作っておいといたからな」
「………はい。ありがとうございます、料理長」
転んだと言ってやって来た子供の膝に器用に包帯を巻きながら、カストに返事をするソフィア。まるでカストの方が師であるかのようだが、元々馴染みある2人だからか、上手くやっているようだ。
「じゃあな、リディオさん」
「ああ、気をつけて帰れ」
店先でカストと別れたリディオは夕暮れの王都メイン通りを足早に歩く。
目的地は大体決まっているのだが、目的が果たされるかどうかは五分五分と言ったところだ。
既に昼から夜の姿へと変わりつつある飲食街のうちの一つ、リディオが昨日来たばかりの店に足を踏み入れた。
この日のリディオはツイていた。大当たりだ。
看板女将に右手を上げて挨拶をすると、リディオはとあるテーブルへと向かう。
「相席良いだろうか」
「ああドウゾ………あれ?貴方は今朝の…?」
癖のある喋りだが、異国人の割に言葉が上手い。リディオが今夜の目的としていた相手は、ソフィアに言い寄っている異国の旅人…サンドロだ。
「リディオ・デ・ヴィータだ。王宮騎士をしている」
「ドウモ……僕はサンドロと言うヨ」
「ああ。ソフィアに聞いた」
サンドロの名前はカストに聞いていたが、どちらでも大差ない事にした。
「単刀直入に聞こう。ソフィアの事は諦められないか?」
慣れない相手に探りを入れるのは苦手だ。ほぼ初対面ともなれば尚更で、回りくどいのは面倒だった。
女将が聞き耳を立てているかもしれない。いや、この店にいるソフィアの事を知っている人は、少なからず興味のある話だろう。
直球で尋ねたリディオに、サンドロは苦笑いを浮かべた。
「君は、僕の敵だネ。ソフィを僕に盗られない様にしに来たんでショ」
「………まぁ、そういう言い方も出来るな」
俺のものだなんて事は言えないが、ソフィアには自分の目の届くところにいて欲しい。
ふん、と諦め混じりのようなため息の後、サンドロは口を開いた。
「ソフィの手当ては的確だヨ。一緒に旅に行けたら僕は心強いし、きっと色んな人を助ける事が出来るネ。それに……ソフィは可愛いでショ?」
「………そうだな」
肩をすくめて困った様に笑うサンドロに、リディオもふっと口角が上がった。
「君とソフィは恋人同士?それとも……」
「お前と同じだ」
お前と同じ、片想い。
言わずとも伝わった様で、「じゃあ僕と君はライバルだネ」とサンドロは笑う。
「ソフィは、この地を凄く愛してるネ。僕は世界を愛してるヨ。多分僕が何を言っても、ソフィは僕にはついてこないネ」
「なんだ。諦めてるのか」
「悪あがきはしてるヨ。今朝は迷惑かけたネ。僕は…ソフィに嫌われたカナ」
サンドロは運ばれて来たサラダを半分取り分けると「あげるヨ」とリディオに差し出して来た。旅人と言うだけあって、人との関わりが上手い。
人を寄せ付けるというか、他人との距離の取り方はサンドロとソフィアは良く似ている。2人ともかなり近い。
対するリディオは心を許した相手以外には特に、他人を寄せ付けないオーラを放っていて、それは騎士団の部下でさえ無闇に関わってこないほどだ。
「お前の旅の話、聞きたがってたぞ」
「……………ホント!?」
「ああ」
「あ、でも…ソフィはいつも忙しいネ、凄く頑張ってるケド」
リディオは目を伏せ少し考えて、再びサンドロと視線を合わせた。
「いつまでここにいるつもりだ?」
「ソフィが僕の事を好きになるまでだヨ」
「…………………。」
「……………冗談だヨ。今週末には海に出るヨ、天気が良ければネ」
あと3、4日と言うところか。
「それまでにソフィアを落とすのは流石に厳しいな」
「君はどれくらいかかってル?」
「あと3ヶ月で1年だ」
「……………それは脈が無いか、もしくは君の努力不足だヨ」
脈なしか。十分にあり得そうだ。
カストに揶揄われていた時、ソフィアは否定していたが、あの反応では実は好きな人がいますと言っているようなものだ。
そして相手は俺に言えない人物。バルトロなんてあり得そうだ。あいつは根本の性格が良いし、ソフィアも親しげにしていた。
それより先の事は考えたく無かった。ふんと自嘲して思考を切り替えた。
「そうか。ソフィアと話せるように、少し手を貸そうかと思ったんだがな」
「!? あ、信頼関係を築くには、やっぱり長い月日がかかるヨ」
ソフィアに対する共通の感覚を持っているからか、それともサンドロが間もなくこの地を去ると分かっていて割り切れているからか、はたまたただのサンドロの人柄か。
どれかはよく分からないが、サンドロとは話していて苦にならないなと思う。ソフィアもそう思わせる。
やはりサンドロとソフィアは似ている。…ついでにバルトロも。
「君は、結構良い人だネ。どうしていつもこんな風に振る舞わないノ?」
「…あまり、人と馴れ合おうと言う気立てがない。騎士になってからは俺を恐れる奴が増えたしな」
「じゃあソフィはどうしテ?」
「……………さてな。それを教える程、お前とは親しくないだろう?」
「じゃあ僕は二度とその話を聞けないじゃないカ。あと数日で、君が僕に心を開いてくれるとは思えないヨ」
困り顔のサンドロに、リディオはニヤリと笑みを浮かべた。
「また来れば良いだろ、ここに。また来て、それまでにお前が見て聞いて感じた事を彼女に伝える。その度に彼女は世界の広さを知る。お前が彼女に、世界の広さを教えるんだ」
それはきっと、サンドロにしか出来ない事だ。
「旅人はロマンチストが多いけど、もしかして騎士もそうなのカナ?」
「うるさい。ほら、やる。食え」
リディオは自分の料理を取り分けサンドロに渡した。
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