過労薬師です。冷酷無慈悲と噂の騎士様に心配されるようになりました。

黒猫とと

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episode.16

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「こっ……これは………!」

ソフィアの薬屋の裏手には小さな薬草畑があるのだが、半分ほど持て余されていた敷地はこのためにあったのだとソフィアは初めて知った。

「野営は初めてか?」

「初めてです!そんな余裕も道具も、一緒にやる人も居なかったので!」

それがどうした事か。炭で火が起こされ、既に料理長カストとバルトロが何か作り始めていて良い匂いがする。

店の裏の敷地を貸して欲しいと言われた時はなんの事かと思ったけれど、今日はサンドロの壮行会だと言う。

「旅先ではその時知り合った現地の人と、こんな風に外で過ごす事も多いヨ。古い文化を重んじる種族なんかは特にネ」

「へぇ~!外で食べるなんて私、食べ歩き以外は本当に初めて」

長い時間店を空けることが出来ないから、外食もした事がないソフィアにとって、外で食事をするのは凄く特別な事だった。

「店の裏なら、万が一何かあってもすぐに動けるだろう?」

「はい、ありがとうございます」

バルトロから、これを提案したのはリディオだと聞いた時は何か聞き間違えたかと思って聞き返す程、驚いた。

まず、いつの間にかリディオとサンドロが仲良くなっている事に驚いた。

「ソフィちゃん!もう良い感じだよ、食べよう!」

「わぁ~!美味しそうです!!」

「俺とバルトロさんで作ったんだから、美味いに決まってるだろ」

「はい、料理長!いただいてもよろしいでしょうか!」

「………よし、食え」

「いただきます!」

「あはは」とバルトロが軽く笑う。楽しい。こんなくだらないやり取りが、いつにも増して楽しい。

「うん!美味しい!サンドロも食べてみて!リディオさんも」

年甲斐も無くはしゃいでしまうのを、今日だけは許して欲しい。

サンドロとリディオも歩み寄ってきて、カストが偉そうに取り分けている。こんなに楽しいとは……。

ふとバルトロがソフィアに視線を向けると、「ソフィちゃん」と呼びかける。

「はい?」

「ここ、付いてるよ」

「えっ…!?ど、どこですか!?!?」

「ああ違う、こっちこっち。……はい取れた」

「ありがとうございまーーー」

はしゃぎすぎて口の横に付けてしまっていた米粒を取ってくれたバルトロは、そのままそれを自分の口に含んだ。

それを見たソフィアは、ボッと顔に火が灯る。固まったソフィアにバルトロは「なに?」と全く気にする様子もなく微笑みかけていた。

はしゃぎすぎた…。びっくりした。口の横についた食べ物を取ってあげたら自分で食べるのが野営のルールなのだろうか。

「ソフィは、バルトロが好きナノ?凄く赤くなってル」

「へっ!?い、いや違う!!」

「え~?違うの~?ショック~~~」

「!?!? バルトロさん!揶揄わないでください!!」

サンドロと言いバルトロと言い、人を揶揄って遊ぶなんて酷いものだ。バルトロなんて絶対にソフィアがそう言った話題に弱いのを知ってやっている確信犯だ。

サンドロは………

「ねえ、カスト?君はソフィの好きな人の事知ってるノ?バルトロ?それとも居ないなら僕にチャンスはあるカナ?」

「俺、本人の前で余計な事言うなって言われてるから」

「……………いやーーーーーーーーーーーー!!」

はしゃぎ…すぎている………。

ソフィアはダラダラと冷や汗を垂らしながらカストをとっ捕まえて、そのままズルズルと輪の中から外れた。

「余計な事言わないでって!」

「言ってねえだろ」

「言ってる!!めちゃくちゃ言ってるよ!!!わざとでしょ!」

「はあ?」

こんの、生意気爆弾小僧め。無自覚なのが腹立たしい。ぐぬぬと奥歯を噛み締めていると、サンドロが「おーい」と呼び立てる。

「ソフィ!早く食べないと焦げるヨー!」

!!

それは良くない。

「い、今行きます!」

最後にもう一度、「絶対に変な事言わないで!!」とカストに釘を刺して、刺しても心配だけれどソフィアとカストは戻った。

「……あれ?リディオさんは?」

「ああ、ベルの音が届いてなかったら大変だから表の様子を見てくるって。」

「ええっ!?それは私の仕事なので私が行かないと!」

「大丈夫でしょ。何かあれば呼びに来るって」

「ダメですよ!ここは私の店なので、皆さんは本当はお客様なのに、準備から何から全部やってもらっちゃってますし!」

「ほとんど乗り込んできた様なものでしょ」

「いえ!私も様子を見てきますね」

何でもかんでもやってもらってばかりでは駄目だと、ソフィアはパタパタと駆け出す。第一、薬師は自分だ。つまり、来客を確認しに行くのも自分の仕事だ。

小さな店の角を曲がると、リディオは店の入り口で夜空を見上げていた。

ソフィアの足が止まる。

細い首筋………男の人の喉仏はあんなに出っ張るのか。
細く見えるけど、捲られた袖から覗く腕は、しっかり鍛えてある。
何より、月明かりに照らされるリディオの横顔に見惚れない人なんて………。

「どうした?」

リディオが月を見上げたまま問う。別に隠れていた訳じゃないし、気配で誰かが…自分が来たと分かったのだろう。

「リディオさんが店の様子を見に行ったと聞いて」

「ああ。誰も来ていなかった」

「そうですか。良かったです」

ソフィアはリディオの隣に並ぶと、リディオに倣って月を見上げた。

満月には少し欠けているが、今日は月明かりが一段と明るい気がする。

「お前、バルトロに気があるのか?」

「えっ…ええっ!?な、無いですよ!なんですかもう、リディオさんまで」

ここでようやくリディオが視線をソフィアに向けた。チラリと目が合って、すぐに居た堪れなくなったソフィアが目を逸らす。

「でも、誰か想う相手はいるんだろう?」

「……………」

ソフィアは口をパクパクとするだけで、いるともいないとも答えられなかった。だって、その相手は今目の前にいるリディオだから。

「そうか」

ソフィアは何も言っていないのにリディオは何故か一人で納得して再び夜空を見上げた。


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