過労薬師です。冷酷無慈悲と噂の騎士様に心配されるようになりました。

黒猫とと

文字の大きさ
15 / 26

episode.14

しおりを挟む
客が途切れた合間に、久しぶりにリディオとまともに顔を合わせたカストが箒片手に口を開く。

「騎士さん」

「リディオだ」

「リディオさん」

「なんだ」

素直に呼び名を訂正するカストが可愛らしいなと思ってソフィアは油断していた。

「ソフィの事なんだけどさ」

「わーーーーーーっ!!!」

あれほど余計な事は言うなと釘を刺したのに何を言い出すのかとソフィアは慌ててカストの口を塞いで、はははっと下手な笑いをリディオに向けた後、グリンとカストごと向きを変えた。

「なに!言おうとしたの!今!余計な事言わないでって!言ったのに!!!」

こそこそと、だが全力で訴えかけると、カストは「はぁ?」とソフィアを見上げた。

「余計じゃねえだろ。あの異国の男の話だよ」

「……………え?」

「異国の!男の!!話ぃ!!!」

いや、聞こえている。それはもう、ソフィアを通り越してリディオにもしっかり聞こえるほどによく聞こえている。

ソフィアはホッと胸を撫で下ろした。変な事を言われたら堪ったもんじゃ無いが、サンドロの話ならまあ良いか。さっき見られたし。

「朝の男の話か」

「あれ?知ってんのか?」

「ああ、街でも噂になっていたしな」

どんな噂になっているのやらとソフィアは身震いした。妙な噂でなければ良いのだが…。

「悪い奴じゃねえんだけどさぁ~。どうにかならないかと思って。ソフィも迷惑だろ?」

「迷惑というか……なんというか………」

話を聞いて欲しいと言うなら聞いてあげたい気持ちはある。時間的余裕はあまり無いけれど。だけど何を聞かされたとしても、自分がこの地を去る事は無いだろうと思う。

「一緒について来いと言っているらしいな」

「…そこまで強引な人じゃ無いですけど、まあそんな所です」

「その気は無いんだな?」

今朝のやり取りを見ていたであろうリディオなら、その答えを知っているはずだが、改めて答えようとソフィアが息を吸ったところでカストが先に口を開いた。

「ねえよ。だってソフィ、好きな奴いるもん。なぁ?」

「なっ…!?!?」

なぁ?じゃねーよなんて事を言ってくれるんだとソフィアは目玉が転げ落ちそうなほど目を見開いて、息を吸ったのに声が声にならずに溜まった酸素が胸を苦しめた。

カストの事は今後、爆弾少年と呼んでやろうかと思うほどの大爆弾だ。おかげでリディオからの視線が痛い。

「はは…き、気にしないでください」

「いだだだだだだだだ!!」

相手は子供だが容赦せん!とソフィアはカストの耳をつまみあげ、ズルズルと引きずるように壁際まで引っ張った。

「なんだよ、誰とは言ってねえだろ」

「誰の事も好きじゃ無いから!いや、そう言う問題じゃ無いでしょ!」

拳骨をくらわせてやりたいくらいだったけれど、今すぐ薬草を採ってこい!と雑務を押し付け外に追いやる事で爆弾少年を排除した。大人げ無いが致し方ない。

「大丈夫か?」

「だいっ…大丈夫です!」

正直に言うとあまり大丈夫では無い。カストを追い出したら必然的に店にはソフィアとリディオの2人になる。こんな時に限ってお客さんはちっとも来やしないのだから不思議だ。

「俺がここに来るのは、マズイか」

「へっ…?」

「誤解されたら良くないだろう。お前にとって」

なにが?と首を傾げたソフィアだったがカストが投下していった爆弾の話だとすぐに思い当たる事が出来た。

「あっ!いや!カストの話はデタラメです!全然、そういう人はいないので!本当に気にしなくて大丈夫です!」

あれはあなたの話だなんて口が裂けても言えない。

「…俺に気を遣っているならーー」

「本当に!だってほら、私仕事ばっかりでそんな余裕無かったし!」

これは本当だ。

カランカランとベルが鳴る。客だ、今だけはこのベルの音が神様からの救いの音に聞こえて歓喜したソフィアは、1秒と経たずに絶望へと叩き落とされた。

「でさあ!さっきの異国人の話なんだけどさあ」

絶望の理由は、やって来たのが爆弾少年だったからだ。さっき行ったのにもう戻って来た。

「薬草採ってきてって言ったじゃん!」

「え?だって今日の分はもう採り終えてるし」

「………」

なんて仕事のできる助手なんだやるじゃないかと褒めそうになって、いや違うとソフィアは頭を振った。

今日は珍しくそれほど忙しくないと言うのに、ソフィアは既にぐったりしていた。

そんなソフィアにはお構いなしに元気をあり余して爆弾を作り上げる少年が再びこしらえた爆弾を持って大きく振りかぶった。

「俺思いついたんだけど、リディオさんがソフィの恋人の振りしてたら、諦めるんじゃね?」

「っーーーー!」

ガゴンッと鈍い音が響いて悶絶する薬師が1人。動揺したソフィアはカウンターの角に思いっきり足をぶつけた。

「おい、大丈夫か?冷やすか?」

「……………もう、勘弁してぇ」

痛みで涙目になっているソフィアを、カストは「は?」と言いながら見下ろし、リディオは何も言わず眉間に皺を寄せていた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫に家を追い出された女騎士は、全てを返してもらうために動き出す。

ゆずこしょう
恋愛
女騎士として働いてきて、やっと幼馴染で許嫁のアドルフと結婚する事ができたエルヴィール(18) しかし半年後。魔物が大量発生し、今度はアドルフに徴集命令が下った。 「俺は魔物討伐なんか行けない…お前の方が昔から強いじゃないか。か、かわりにお前が行ってきてくれ!」 頑張って伸ばした髪を短く切られ、荷物を持たされるとそのまま有無を言わさず家から追い出された。 そして…5年の任期を終えて帰ってきたエルヴィールは…。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

【完結】溺愛される意味が分かりません!?

もわゆぬ
恋愛
正義感強め、口調も強め、見た目はクールな侯爵令嬢 ルルーシュア=メライーブス 王太子の婚約者でありながら、何故か何年も王太子には会えていない。 学園に通い、それが終われば王妃教育という淡々とした毎日。 趣味はといえば可愛らしい淑女を観察する事位だ。 有るきっかけと共に王太子が再び私の前に現れ、彼は私を「愛しいルルーシュア」と言う。 正直、意味が分からない。 さっぱり系令嬢と腹黒王太子は無事に結ばれる事が出来るのか? ☆カダール王国シリーズ 短編☆

嫌われ黒領主の旦那様~侯爵家の三男に一途に愛されていました~

めもぐあい
恋愛
 イスティリア王国では忌み嫌われる黒髪黒目を持ったクローディアは、ハイド伯爵領の領主だった父が亡くなってから叔父一家に虐げられ生きてきた。  成人間近のある日、突然叔父夫妻が逮捕されたことで、なんとかハイド伯爵となったクローディア。  だが、今度は家令が横領していたことを知る。証拠を押さえ追及すると、逆上した家令はクローディアに襲いかかった。  そこに、天使の様な美しい男が現れ、クローディアは助けられる。   ユージーンと名乗った男は、そのまま伯爵家で雇ってほしいと願い出るが――

【完結済】平凡令嬢はぼんやり令息の世話をしたくない

天知 カナイ
恋愛
【完結済 全24話】ヘイデン侯爵の嫡男ロレアントは容姿端麗、頭脳明晰、魔法力に満ちた超優良物件だ。周りの貴族子女はこぞって彼に近づきたがる。だが、ロレアントの傍でいつも世話を焼いているのは、見た目も地味でとりたてて特長もないリオ―チェだ。ロレアントは全てにおいて秀でているが、少し生活能力が薄く、いつもぼんやりとしている。国都にあるタウンハウスが隣だった縁で幼馴染として育ったのだが、ロレアントの母が亡くなる時「ロレンはぼんやりしているから、リオが面倒見てあげてね」と頼んだので、律義にリオ―チェはそれを守り何くれとなくロレアントの世話をしていた。 だが、それが気にくわない人々はたくさんいて様々にリオ―チェに対し嫌がらせをしてくる。だんだんそれに疲れてきたリオーチェは‥。

【完結】一途すぎる公爵様は眠り姫を溺愛している

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
リュシエンヌ・ソワイエは16歳の子爵令嬢。皆が憧れるマルセル・クレイン伯爵令息に婚約を申し込まれたばかりで幸せいっぱいだ。 しかしある日を境にリュシエンヌは眠りから覚めなくなった。本人は自覚が無いまま12年の月日が過ぎ、目覚めた時には父母は亡くなり兄は結婚して子供がおり、さらにマルセルはリュシエンヌの親友アラベルと結婚していた。 突然のことに狼狽えるリュシエンヌ。しかも兄嫁はリュシエンヌを厄介者扱いしていて実家にはいられそうもない。 そんな彼女に手を差し伸べたのは、若きヴォルテーヌ公爵レオンだった……。 『残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました』『結婚前日に友人と入れ替わってしまった……!』に出てくる魔法大臣ゼインシリーズです。 表紙は「簡単表紙メーカー2」で作成しました。

【完結】仕事のための結婚だと聞きましたが?~貧乏令嬢は次期宰相候補に求められる

仙桜可律
恋愛
「もったいないわね……」それがフローラ・ホトレイク伯爵令嬢の口癖だった。社交界では皆が華やかさを競うなかで、彼女の考え方は異端だった。嘲笑されることも多い。 清貧、質素、堅実なんていうのはまだ良いほうで、陰では貧乏くさい、地味だと言われていることもある。 でも、違う見方をすれば合理的で革新的。 彼女の経済観念に興味を示したのは次期宰相候補として名高いラルフ・バリーヤ侯爵令息。王太子の側近でもある。 「まるで雷に打たれたような」と彼は後に語る。 「フローラ嬢と話すとグラッ(価値観)ときてビーン!ときて(閃き)ゾクゾク湧くんです(政策が)」 「当代随一の頭脳を誇るラルフ様、どうなさったのですか(語彙力どうされたのかしら)もったいない……」 仕事のことしか頭にない冷徹眼鏡と無駄使いをすると体調が悪くなる病気(メイド談)にかかった令嬢の話。

処理中です...