【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保

文字の大きさ
6 / 34

第6話 再会(6)成長

しおりを挟む
 週末を挟んだ翌週の出社日を、早苗はどんよりとした気分で迎えた。このままベッドの中に入っていたい。

 基本的に月曜日とは憂鬱ゆううつなものだが、それに輪をかけて行きたくなかった。

 理由はもちろん桜木だ。

 営業部隊と開発部隊ではビルのフロアも違うから、なかなか会うことはない。現に、桜木が同じ本部に配属されたのは一週間も前なのに、歓迎会までは一度も顔を合わせなかった。

 とはいえ同じプロジェクトになった以上、これから全く会わないなんてことはあり得ない。

 どんな顔して会えばいいんだろう。

 早苗は自分の中で「あれは酔った勢いでの事故だ」と結論づけていたが、その一夜の過ちを犯してしまった事はどうやっても取り消せない。

 うぁぁぁ……と頭を抱える。

 だが、だからといって、体調不良でもないのにズル休みをするわけにもいかず、仕事も山積みなわけで。

 ため息を押し殺し、早苗はベッドから起き上がった。



皆瀬みなせさん、おはようございます」
「おはようございます、奥田おくださん」

 荷物をロッカーに入れて自席に着いた途端、隣の席の奥田が話しかけてきた。

 早苗よりも少し年上の男性だ。すらりとした体格をしていて、眼鏡の奥の目は少し神経質そうに見え、実際に色々と細かい。だがそこが早苗には助かっていた。

 奥田は社員ではなく協力会社の人間だ。

 協力会社の人間がこうやってチームメンバーとなり、同じ職場で働くのはIT会社では全く珍しいことではない。

 協力会社の下に別の会社の人間がついていることも、さらにその下があることもザラにある。

 早苗のチームも、社員はもう一人だけで、他は全て協力会社の社員だった。

 こういったメンバーをまとめ、チームを運営していくのが課長代理である早苗の仕事だ。

「あとでレビューいいですか」
「はい」

 どの資料のレビューなのかは言われなかったが、早苗にはわかっていた。

 そして早苗も、会議依頼を飛ばして欲しいとは言わなかったが、席に戻った奥田からすぐに今日の早苗のいている時間を指定した会議依頼がメールで飛んでくる。

 奥田とは長い付き合いで、言葉が少なくても話が通じる。

 新しく入ってくる人とは人間関係を構築するのに時間がかかり、また業界の特徴で入れ替わりが激しいので、付き合いの長い人は貴重だった。

 それに、奥田はプレゼンが上手いのだ。

 極度のあがり症の早苗にとって、顧客に対して、早苗の代わりになめらかに説明をしてくれる奥田は、絶対に手放せない人材だった。

 机に向き直ってメールのチェックを始めて仕事に没頭すると、憂鬱な気分はいつの間にか消えていた。

 

 その時は思ったよりも早く訪れた。

 午後に奥田が開いたレビュー会には早苗の他に同じチームの開発メンバーも参加していたが、その場に桜木もいたのだ。

「なん、で、営業が……」
「案件の把握がしたいと言われまして。次期提案資料の草案たたきだいですし、営業にも聞いてもらった方がいいかと思いました。まずかったですか?」

 会議室の入り口で思わずぽつりとこぼしてしまった早苗に、一緒に来た奥田がいぶかしげに言う。

「ううん、いいの」

 奥田の言うことはもっともだった。

 同じプロジェクトの人間なので秘密にするような内容ではなく、どのみちいずれは営業部門と話をすり合わせなければならないのだ。

 ちゃぶ台返しを防ぐためには、早めに見てもらうに越したことはない。

 入ったばかりの桜木が案件を知るために参加したいと言ってきたことも、納得のいく理由だ。

 桜木が新入社員として早苗の下についた時、すでに奥田も早苗のチームにいて、桜木は奥田からも様々なことを教わっていた。

 そのえんもあり、桜木は奥田にはこの打ち合わせに参加したいと頼みやすくもあったのだろうと思う。

 窓際の座席に座っている桜木は、今日もピシッとスーツを着こなし、全く隙を見せていない。酔ってヘロヘロになっていた姿とは雲泥うんでいの差だった。

 先日ことを思い出すと、同時に桜木の部屋でのことも思い出してしまい、早苗は顔を少し赤くした。

 桜木に視線を向けないようにしながら、適当な席に着いた。

 持ってきたノートパソコンを開く。

 ペーパーレスが当たり前の昨今、資料のレビューはこの光景が当たり前になっていた。

 桜木も自分のパソコンを開いている。資料は事前に奥田から送付されていたのだろう。

 プロジェクターで投影された資料を作成者の奥田が説明し、早苗や他のメンバーが質問や意見を言っていく。

「営業さんからは何かありますか」

 奥田は最後に桜木に発言を求めた。

「いえ、今はありません。まだ勉強不足で……。質問ができたら席にうかがいます」
「わかりました」

 無理もない。まだ一週間しかっていないのだ。

 それに開発の資料は技術的なことばかりで、営業サイドから質問や意見が出てくるのはそもそもまれだった。

 レビューが終わった後、桜木に話しかけられるのを恐れて、早苗は逃げるようにして会議室を後にした。



 そんな早苗の心配とは裏腹に、その後も何度か顔を合わせた桜木は、先日のことを匂わせるような態度は全くとらなかった。

 質問をしに奥田や早苗の所まで来ることもあったが、態度は普通で、フロアの女性社員が色めき立つ以外は特に気になるところはない。

 あの日の事は桜木も事故だと思っているのだ、と早苗は安堵あんどした。

 そうしているうちに、桜木はあっという間に前任者からの引き継ぎを終え、本格的にプロジェクトに入ってきた。

 営業部門内の評判も良く、お客様との関係も上々。
 
 桜木は開発は門外漢であるはずが、技術的なことも良く勉強していて、時々システムを理解していなければできないような質問をしてくる。

 新人の頃に一度開発を経験しているため、その辺の飲み込みが早いのだろう。

 システム開発の大変さがわかる営業は、開発部門にとってもありがたかった。

 開発工程や技術に明るくない営業だと、顧客の無茶な注文をほいほい受けてくることもある。

 軽微な修正なら全然やるし、それなりの期間を見た上で追加費用をもらって受けるのであれば何の問題もない。

 だが、工数がかかったり、技術的に困難なことをってこられるのは困りものだ。

 稼働を圧迫し、下手したら直近に迫っているリリースにまで影響を与えてしまう。

 桜木が入ってから、そのような事は極端に減った。

 顧客との打ち合わせが技術的な話になりそうな時は、必ず開発メンバーの同行を求めてくれるようになったのも大きい。

 桜木はやはり営業に向いているのだ。

 入社したての頃は人前に出るのが苦手で、プレゼンなどもたどたどしかったものだが、早苗が指導していた三年の間に徐々に得意になっていった。

 部長から、他部署から営業に向いている人材はいないかと問い合わせがきている、と聞いたとき、真っ先に桜木を上げたのは早苗だった。

 かつて指導したトレーニーが立派に成長しているのを見て、早苗は誇らしい気持ちになった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

腹黒外科医に唆された件~恋人(仮)のはずが迫られています~

有木珠乃
恋愛
両親を亡くし、二人だけの姉妹になった一ノ瀬栞と琴美。 ある日、栞は轢き逃げ事故に遭い、姉の琴美が務める病院に入院することになる。 そこで初めて知る、琴美の婚約者の存在。 彼らの逢引きを確保するために利用される栞と外科医の岡。 「二人で自由にならないか?」を囁かれて……。

妖狐の嫁入り

山田あとり
恋愛
「――おまえを祓うなどできない。あきらめて、俺と生きてくれ」 稲荷神社の娘・遥香(はるか)は、妖狐の血をひくために狐憑きとさげすまれ、ひっそり生きてきた。 ある日、村八分となっている遥香を探して来たのは怨霊や魔物を祓う軍人・彰良(あきら)。 彼は陰陽師の名門・芳川家の男だった。 帝国陸軍で共に任務にあたることになった二人だったが、実は彰良にもある秘密が――。 自己評価は低いが芯に強さを秘める女が、理解者を得て才能を開花させる!   & 苦しみを抱え屈折した男が、真っ直ぐな優しさに触れ愛を知る! 明治中期風の横浜と帝都を駆ける、あやかし異能ロマンス譚です。 可愛い妖怪・豆腐小僧も戦うよ! ※この作品は、カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―

七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。 彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』 実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。 ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。 口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。 「また来る」 そう言い残して去った彼。 しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。 「俺専属の嬢になって欲しい」 ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。 突然の取引提案に戸惑う優美。 しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。 恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。 立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。

逢いたくて逢えない先に...

詩織
恋愛
逢いたくて逢えない。 遠距離恋愛は覚悟してたけど、やっぱり寂しい。 そこ先に待ってたものは…

地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!

楓乃めーぷる
恋愛
 見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。  秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。  呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――  地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。  ちょっとだけ三角関係もあるかも? ・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。 ・毎日11時に投稿予定です。 ・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。 ・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

処理中です...