名無しの龍は愛されたい。−鱗の記憶が眠る海−

だいきち

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「あれ……?」

 改めてラトの姿をまじまじと見つめた時、シューロは小さな変化に気がついた。見慣れないものが、ラトの鱗の一部かのように収まっていたのだ。それはまるで、美しい魔石のようであった。
 シューロが両手で持っても包みきれそうにない大きさだ。海の中に差し込む光源に時折反射するかのように、つやりとした光沢を放っている。
 ラトの鱗と同じ、鮮やかな群青色だ。遠目から見て仕舞えば、きっと気がつかなかっただろう。強い魔力を宿してるようにも見えるそれは、鱗の一つが変化をしてしまったかのように、喉元を飾っている。

「それ、どうしたの。」

 ラトの側にずっといたからわかる。これは、今までに無かったものだ。シューロは不思議そうにラトの喉元を見つめると、そう問いかける。
 番いから話しかけられたラトはというと、シューロが動けるようになったのが嬉しかったらしい、いつもの淡々とした口調で、事も無げに答えた。

「ああ、これはらんだ。」
「え?……、なんの?」
「た」
「た……?」

 長い体を、少しだけ縦にくねらせたラトが、シューロの問いかけに対して不自然な位置で言葉を区切る。言葉の先を包み込んだであろう大きな泡が、ゴポリと音を立てた。
 答えを口にしかけて、言い淀む。そんならしくないラトの様子を前に、シューロはじいっとその目を逸らさなかった。
 ラトはシューロの視線に貫かれたまま、どう切り出すか悩んでいるようだった。パカりと口を開き、ゆったりと鰭を動かす。しばらくの逡巡の後、ラトは漸く言葉にする気になったらしい。念を押すように、誤解せずに聞いてくれるか。と真剣な口調で宣った。

 いつになく真剣なラトの様子に、シューロは固唾を呑んだ。
 張り詰めた空気の中、ラトはゆっくりと口を開く。

「……闘った、相手の卵だ。」
「……。」

 シューロは、己の耳がおかしくなったのかと思った。口を閉じていれば、ラトが冗談だよ。と言葉を続けてくれるかもしれない。そうも期待をした。
 しかし、沈黙は沈黙のままだった。ラトは真っ直ぐにこちらを見つめて、息を詰めている。そんな様子を前にして、シューロはラトの言葉が冗談ではないことを理解した。
 シューロはじわじわと足元から体温が抜け出るような感覚に陥った。再び、思考に翳りがさす。
 無理はない。番いから他人の卵を持っていると言われれば、戸惑うなという方が難しい。
 唯一の救いだったのは、ラトが慮ってくれたことだ。慮ってくれたということは、ラト自身もシューロが衝撃を受けることを、危惧していたということになる。
 しかしシューロを苛む衝撃は、そう簡単には落ち着いてくれそうにないのだ。どうして、や、ボクは必要ないの?と言った不安が、次から次へと頭をもたげてくる。
 体の力が抜けて、膝から崩れ落ちそうになる。シューロはそれを堪えるかのように、魔石化した貝の上に手を置いて体を支えた。
 踏みとどまったのは、他でもないラトの言葉だ。ラトが説明をしてくれた、同族に対する己の在り方。

 ラトが同族に対して抱く感情は、シューロへ抱く感情とは全く違うものだと言い切ってくれたのだ。その言葉を聞いていて、本当に良かった。
 体を支える手に力がこもる。顔を上げれば、ハラハラした様子のラトが、心配そうにこちらを見つめていた。

「シューロ、大丈夫か。……話を続けても、構わないだろうか……。可能であれば、最後まで説明をさせてほしい。」
「だ、大丈夫……えっと、でも、どういうこと、なの、」
「すまない……、まずは、そうだな……。私の種族の増え方について話すとしよう。」

 シューロは、己の心臓を宥めるように胸元をさすりながら、冷静になろうと努めた。
 気丈に振る舞うシューロの様子は、ラトにも十分に伝わっていた。そんな番いの、歩み寄ろうとしてくれる姿に、何も思わないわけがない。

「私たちは、魔力を使って鱗を卵に換えるのだ。卵にするには大量の魔力が必要になる。それこそ、己の命を捨てるほどに。……だから、私たちは死ぬ前に、たった一つの卵しか残せない。」

 ラトの、淡々とした言葉に、シューロは大きく目を見開いた。この広い海の中で、そんな生命の営みを行う種族がいたのかと思ったからだ。
 たった一匹が、生を繰り返す様が浮かび上がった。シューロの中での羅頭蛇は、まるで不死のように、永遠を生きていくような印象を抱いたのだ。

「それって、ラトの卵からは、またラトが生まれるってこと?」
「いいや違う。私の卵から生まれるものは、同じ姿で同じ魔力を持つが、全く別の個体だよ。この増え方せいか、姿形は同じだ。」

 ラトも、数回遭遇したことがあった。違いを見つけるとしたら大きさくらいだろう。
 羅頭蛇の限られた繁殖方法は、魔物の中でも特殊な部類に入るものだ。

 ラトの説明を受けて、シューロが真っ先に思い浮かんだのは羨望だった。
 己の種族でもあるネレイスは、金髪黒眼が特徴である。決められた特徴の中でも、己だけが異端だったのだ。
 シューロは、ずっと見た目を気にして生きてきた。黒い髪に金色の眼。そして、己の持つ毒耐性すら、ラトに誇っていいと言われるまで忌むべきものだった。
 ラトは、姿形に差がない種族でありながら、ネレイスの群れでは異端の存在であったシューロへと肯定する言葉をくれたのだ。
 群れで過ごすことのない羅頭蛇であるからこそ、ラトはシューロの心を救うことができたのかもしれない。
 羅頭蛇の増え方はあまりにも特殊である。一匹が一つの卵であれば、種族は増えず維持しかできないだろう。
 広い海の中では効率がいいのかもしれないが、少ない個体数のままではいずれ滅んでしまう可能性もある。シューロは、そこに戸惑いを感じてしまった。
 
「それじゃ、増えないんじゃない……?」
「もう一つだけ、方法はある。羅頭蛇が二匹いるときは、お互いに卵に使う魔力を少しだけ減らすんだ。卵の硬度を保つ魔力を、体の余力へと回す。」
「体の余力に……?」
「片方が戦いに負けた同族を喰らえば、肉体に残る余力の魔力で補充が出来る。一匹は死ななくても良い訳だ。」

 シューロは、ラトの言葉に小さく息を呑んだ。以前ラトが言っていた、共食いをして納めればよかっただろう。という言葉が、輪郭を帯びる。
 一匹の死を経て、二つの卵が出来る。そちらの方が効率的だろうと平然としているラトを前に、肯定も否定も出来ぬまま、シューロはあまりの種族の在り方の違いに言葉を失っていた。
 戦いの最中に剥がれ、流された鱗。あれは、怪我なんかではなかったのだ。絶句するシューロを前に、ラトはただ、些末事のように宣う。

「これは、同じ魔力量を保有するもの同士でないと出来ない。大きさが違えば魔力に差ができて、足りない部分が満たせないんだ。同格の相手と出会った時は、卵を残す為の本能が刺激されてしまうのも、そういうことだろう。」

 シューロへ語る口調に、僅かな後悔の色が含まれた。
 どう話を切り出しても、シューロは戸惑ってしまうだろう。しかし、口にしないことで悲しい思いをさせるのなら、こうして真摯に向き合って、眼の前で落ち込まれる方がずっといい。
 本能に支配されて、無意識のうちにシューロを傷つけてしまった。あんな恐ろしい思いはもうしたくない。
 羅頭蛇同士の戦いは、文字通りの死闘だ。それが普通の繁殖方法で、当たり前に組み込まれた本能である。

「ラトは、勝ったんだよね……?」
「ああ、」
「……なのに。今持っているのは、相手の卵なの……」

 シューロは、ラトの説明を、うまく咀嚼できないでいた。動揺していたのかもしれない。それは、勝ったラトが負けた相手の卵を大切にするという理由が、納得できなかったからに他ならない。
 己との間には子を成せないのに、なんで、という気持ちが、強く出てしまったのである。
 本当は、こんな質問をしたくはなかった。本能だからと説明をされても納得できない狭量な部分を、ラトに見せてしまうようで、それが少しだけ怖かったのだ。

「……そうだな、」

 ラトは、落ち着いた雰囲気のままだった。ゆっくりと吐息を漏らすように一呼吸を置く。ぽこりと浮かぶ泡がふわふわと水中に溶けていくのを見送ると、ゆっくりと口を開いた。

「私は、相手の卵を守ることが礼だと思っている。それは、負けた相手を食うことで、こうして生き続けていられるからだ。」

 穏やかなラトの感情が、シューロの質問によって揺れ動いている様子は見受けられない。シューロが危惧するような思いを抱いているような事もなく、その口調は淡々と事実だけを伝える口振りであった。
 ラトが示した、最も明確な答えだ。それを聞いて、シューロは頭では理解した。羅頭蛇としての在り方を説明された今、それでもシューロが気にしてしまう懸念は、あと一つだけ残っていた。

「……残されたラトの卵はどこ。探しに行かないと。」

 それは、ラトの卵の行く末だ。負けた相手の卵を守るラトの、本当の卵。それが、シューロは欲しかった。選ばれなかった卵を、シューロは己の手で抱きしめてやりたかったのだ。
 今にも飛び出していきそうなシューロを、ラトは長い尾鰭を使って踏みとどまらせた。戸惑うシューロを前に、ラトはゆっくりと宣った。

「私の卵は、探さなくていい。」

 突き放すような、声色に聞こえた。シューロは、優しいラトからそんな言葉が出たことが信じられなかった。なんで、や、どうして、が思考を侵食してくる。シューロはその言葉の意味を飲み込めぬままに、しばしの間、呆然と立ち尽くした。
 
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