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#10 佑奈視点
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アパートに帰ってきた私が玄関のドアを開けると、温かい出汁の香りがふわりと鼻をくすぐった。母が台所で夕飯を作っているのだろう。炒め物をする軽快な音が聞こえる。
「ただいま」
靴を脱ぎ、リビングへ向かう。すると、母がコンロの前で手を止め、振り返った。
「おかえり、佑奈……って、どうしたの、それ?」
母の視線が、私の服に向かう。
今日、佳子の家で着替えたまま帰ってきた。いつもの制服姿とは違い、オレンジのニットとチェックのスカート。ほんの少しだけおしゃれな雰囲気が漂っている。
「これは友達にもらったの」
私は何気ないふうを装って言った。けれど、母の表情はすぐには緩まなかった。
「友達って……どんな子?」
母の問いかけは、厳しいわけではない。ただ、慎重だった。
「えっと、大波多佳子ちゃん。クラスの子だよ。一緒に勉強したり、おうちに遊びに行ったりしてるの。ほら、前にケーキくれた子だよ」
「あぁ、あの美味しかったケーキの。それで、その子が、佑奈に服を?」
「うん。おさがり、だって」
思わず口をついて出た言葉。でも、その瞬間、母の目が一瞬だけ鋭くなる。
確かにどう見てもこの服は新品だ。私でさえ気付いたくらいだもの。品質もいいし、値札までは付いてなかったから金額は分からないけど、普段なら絶対に買わないような金額なんだと思う。母もきっと、それは見ればわかるだろう。
でも、母は何も言わず、ただじっと私を見つめた。
「……お礼、ちゃんと言った?」
柔らかいけれど、芯のある声色だった。
「うん。すごく可愛い服だから、大事に着るって」
そう答えると、母は少しだけ表情を緩めた。
「ならいいけど……あまり高価なものをもらいすぎないようにね。私たちに出来るお返しなんてあまりないのだから、せめて誠意だけは忘れてはだめよ」
「うん。分かってる」
母の言葉は、たしなめるようなものではなかった。ただ、少し心配そうだった。
母が私にものを買ってくれないわけじゃない。でも、無駄なものを買わず、慎ましく暮らしてきた。家計が苦しいから、という理由だけじゃない。母は「分相応」という言葉を大切にしている。
だからこそ、私があまりにも分不相応なものを持っていると、母はそれを気にするのだ。
――私は、分相応じゃないものをもらってしまったのかな?
そんなことを思いながら、私は母の隣に立ち、湯気の立つ鍋を覗き込んだ。
「今日のご飯、何?」
「お豆腐のお味噌汁に、ほうれん草のおひたし。あと、もやしと人参の炒め物」
「わぁ、おいしそう」
いつもの、質素だけど温かい食卓。お金がなくても、母は料理だけは手を抜かない。
「お腹すいた?」
「うん、すごく」
母はふっと微笑み、おたまを手に取った。
「じゃあ、ご飯よそっておくから、手洗いうがいしてくるのよ。あと、制服もちゃんとかけておくこと」
「はーい」
私は頷き、ハンガーに制服をかけると、手洗いうがいを済ませて食卓につく。
佳子の家で感じた温かさと、母の作るご飯の温かさ。そのどちらも、私にとっては大切なものだった。
「ただいま」
靴を脱ぎ、リビングへ向かう。すると、母がコンロの前で手を止め、振り返った。
「おかえり、佑奈……って、どうしたの、それ?」
母の視線が、私の服に向かう。
今日、佳子の家で着替えたまま帰ってきた。いつもの制服姿とは違い、オレンジのニットとチェックのスカート。ほんの少しだけおしゃれな雰囲気が漂っている。
「これは友達にもらったの」
私は何気ないふうを装って言った。けれど、母の表情はすぐには緩まなかった。
「友達って……どんな子?」
母の問いかけは、厳しいわけではない。ただ、慎重だった。
「えっと、大波多佳子ちゃん。クラスの子だよ。一緒に勉強したり、おうちに遊びに行ったりしてるの。ほら、前にケーキくれた子だよ」
「あぁ、あの美味しかったケーキの。それで、その子が、佑奈に服を?」
「うん。おさがり、だって」
思わず口をついて出た言葉。でも、その瞬間、母の目が一瞬だけ鋭くなる。
確かにどう見てもこの服は新品だ。私でさえ気付いたくらいだもの。品質もいいし、値札までは付いてなかったから金額は分からないけど、普段なら絶対に買わないような金額なんだと思う。母もきっと、それは見ればわかるだろう。
でも、母は何も言わず、ただじっと私を見つめた。
「……お礼、ちゃんと言った?」
柔らかいけれど、芯のある声色だった。
「うん。すごく可愛い服だから、大事に着るって」
そう答えると、母は少しだけ表情を緩めた。
「ならいいけど……あまり高価なものをもらいすぎないようにね。私たちに出来るお返しなんてあまりないのだから、せめて誠意だけは忘れてはだめよ」
「うん。分かってる」
母の言葉は、たしなめるようなものではなかった。ただ、少し心配そうだった。
母が私にものを買ってくれないわけじゃない。でも、無駄なものを買わず、慎ましく暮らしてきた。家計が苦しいから、という理由だけじゃない。母は「分相応」という言葉を大切にしている。
だからこそ、私があまりにも分不相応なものを持っていると、母はそれを気にするのだ。
――私は、分相応じゃないものをもらってしまったのかな?
そんなことを思いながら、私は母の隣に立ち、湯気の立つ鍋を覗き込んだ。
「今日のご飯、何?」
「お豆腐のお味噌汁に、ほうれん草のおひたし。あと、もやしと人参の炒め物」
「わぁ、おいしそう」
いつもの、質素だけど温かい食卓。お金がなくても、母は料理だけは手を抜かない。
「お腹すいた?」
「うん、すごく」
母はふっと微笑み、おたまを手に取った。
「じゃあ、ご飯よそっておくから、手洗いうがいしてくるのよ。あと、制服もちゃんとかけておくこと」
「はーい」
私は頷き、ハンガーに制服をかけると、手洗いうがいを済ませて食卓につく。
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