放課後の約束と秘密 ～温もり重ねる二人の時間～

＃０９

　そんなことがあった数日後。佳子の部屋に入り、勉強を始めようとした矢先、佑奈はちょっと待っててと言われた。佳子がウォークインクローゼットの中へと入っていく。その様子に、佑奈はあのウォークインクローゼットの中だけでも住めそうと思っていた。
　ほどなくして、彼女は小さな紙袋を手に戻ってきた。

「これ、あげる」

　そう言って、紙袋を佑奈の手に押し付ける。

「えっ、なに？」

　驚きつつも袋を受け取り、中を覗くと、そこには温かみのあるオレンジ色のニットが折り畳まれて入っていた。その下にはチェック柄のスカート、さらに靴下やマフラーまで。どれもシンプルだけど上品で、さりげなく流行を取り入れたデザインだった。佳子が普段着ている服と雰囲気が似ていて、どこかお揃いのように感じる。

「それ……おさがり」

　佳子はそう言いながら、どこか気まずそうに目をそらした。

「ほんとに？」
「……うん」

　たぶん嘘だ、と佑奈はすぐに気づいた。袋の中身にはシワひとつなく、タグまでついている。そもそも佳子と自分では体型が違うし、佳子の服がこんなに新品のまま残っているとも思えない。

「でも、私にはこんな可愛い服、似合わないよ……」

　服の上からそっと手を滑らせながら、佑奈は遠慮がちに言った。自分の普段の服装を思い返す。動きやすさ優先の地味なものばかりで、華やかな色の服なんてほとんど持っていない。こんな可愛い服を自分が着こなせる気がしなかった。
　しかし、佳子はすぐに顔を上げ、きっぱりと言った。

「そんなことないよ。絶対似合うって思ったから、あげたいの。試しに着てみてほしいな」
「でも……」
「いいの。私が着せたいんだから！」

　佳子の語気が少し強くなった。佑奈は思わず苦笑する。佳子の時々見せる押しの強さは、佑奈が持ち合わせていない素養だった。自分の意思をはっきりと伝えることができる佳子に少しの羨望を感じながら、佑奈は着替える決心をした。

「じゃあ……試着してみようかな」

　そう言いながら、佑奈はおそるおそるニットを手に取った。

「うん、着てみて！ きっと可愛いから！」

　佳子は期待に満ちた目を輝かせる。部屋には全身が映る鏡もあるし、ここで着替えられなくもない。でも――

「あの、着替えるなら、ちょっと後ろ向いてくれる？」

　佑奈がそう言うと、佳子はしぶしぶといった様子で佑奈に背を向けた。体育の授業前後に二人並んで更衣室で着替えたこともあるけれど、佑奈に佳子の真正面で服を脱ぐ気概はなかった。
　制服のカーディガンを脱ぎ、ブラウスのボタンを外す。ニットの生地は柔らかく、肌に触れるとほんのり温かい。スカートも腰回りにぴったりと馴染み、丈もちょうどいい。

「……着たよ」

　言いながら鏡を覗き込むと、そこにはいつもと違う自分がいた。オレンジの色味が思ったよりも肌に馴染んでいて、違和感はない。むしろ、こういう服を着て出かけたら、佳子の隣にいてもいいのかなとさえ思えた。

「もういいよ、振り向いて」

　佑奈がそう言うと、佳子は勢いよく振り返った。そして――

「……っ！」

　一瞬、言葉を失ったように口を開きかけ、それからぱっと頬を染めた。

「やっぱり、すごく似合うよ！　やっぱりね、佑奈ってもっと可愛い格好したほうがいいよ！　 絶対！」
「そ、そうかな……？」
「うんうん！ これからは毎日それ着てきてもいいくらい！」
「いや、それは流石に……」

　佑奈が苦笑すると、佳子は他にはどんな服が似合うかなと佑奈の周りをぐるぐると歩き回る。
　でも、その表情がどこか嬉しそうで、佑奈はふと胸の奥が温かくなるのを感じた。