放課後の約束と秘密 ～温もり重ねる二人の時間～

＃１８

　佑奈は足元が重く感じながらも、泣き止んだ佳子の手をぎゅっと握りしめて歩き始めた。どこへ行くべきか、何をすべきか、心の中では迷いが渦巻いていた。それでも、佳子の求めているものは、自分には持っていないものがあるのではないかと思い至った。

「ここ……は？」

　それまで何も言わず着いてきた佳子がようやく口を開いた。到着したのは色褪せた塗装と錆び付いた階段、それから放置された自転車が古さを主張する一棟のアパートだった。

「私の家だよ」

　アパートの外階段を上り、部屋のドアを開けると、そこには静かな空気が広がっていた。佑奈は、無意識に部屋の中を見渡し、母親の姿を探した。その小さな空間が、佑奈にとってはずっと心の拠り所だった。どんなに寂しくても、どんなに辛くても、ここに帰れば温かな手が待っている。

「ただいま、お母さん」

　佑奈の母である香は洗濯物を畳んでいる最中だった。

「おかえりなさい。って……あら？」

　佑奈が声をかけると、部屋の中にいた香は目を見開いて驚いた。佑奈がこんな風に誰かと一緒に帰ってくることは滅多になかったからだ。それも、佳子が佑奈の手をしっかりと握り、顔には疲れた様子が見て取れた。

「ひょっとして、その子が佳子ちゃん？」

　香は、二人が帰ってきたのを見て少し困惑した様子を見せた。佑奈はうなずきながら、佳子を少し引き寄せた。

「そうなの。えっと……佳子、困ってることがあって……ね？」
「佳子ちゃん、どうしたの？　何かあったの？」

　その言葉に、佳子は少し驚いたような表情を浮かべ、首を振った。

「……いえ、何でもないんです。ただ、ちょっと感情が抑えきれなくて……」

　香はその答えにうなずき、少しだけ間を置いてから、ふっと溜息をついた。そして、何か言いたそうにしていた佑奈に視線を向け、優しく言った。

「佳子ちゃん、辛いことがあったんだね。でも、泣きたい時は泣いてもいいんだよ。ここでは、安心していいんだから」

　その言葉を聞いた佳子の目が潤んで、少しだけ震えた。香は、そう言ってそっと佳子の肩に手を置き、何も言わずに引き寄せた。すると、佳子は一瞬戸惑ったが、そのまま彼女に抱きしめられ、ようやく抑えていた感情があふれ出した。

「ごめんなさい……私……みっともないこと言って……佑奈さんを困らせちゃって……」

　香はその言葉を優しく受け止め、さらに佳子を引き寄せた。佑奈が見ていると、心の奥が少し切なくなる。けれども、母としての温もりが確かに佳子の心に届いていくのが分かる。

「佑奈もおいで」

　友達の前で母親に甘えるというのは少し気恥ずかしさがあるが、佑奈は佳子の隣でそっと抱きしめられる。三人で抱き合っていると、なんだか佑奈は佳子が妹のように感じてしまった。

「泣いてもいいんだよ、佳子ちゃん。あなたが辛い時には、私たちがあなたを受け入れるから。そうでしょう、佑奈？」
「うん。もちろんだよ」

　香と佑奈のその言葉に、佳子は少しだけ笑顔を見せた。香は優しく頭を撫でながら、さらに佳子に寄り添った。佑奈はその光景を見守りながら、心の中で何かが少しだけ晴れていくのを感じた。