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翌日、三者面談を終えた秀美と佳子は、中学の正門を出たところで佑奈と合流した。
冬の風が冷たく頬を撫でる中、正門の前に一台のタクシーがやってきた。
「自己紹介は後でいいわね。とりあえず乗って」
シンプルなパンツスーツにアイボリーのコートを重ねた秀美が助手席に乗り、子供たちは後部座席に乗り込んだ。
佑奈は、初対面の緊張を感じながら、車内でそっと佳子の手を握った。
無言のままタクシーは走り続け、到着したのは市内にあるホテルだった。
ホテルのラウンジは、高級感に溢れた静かな空間だった。クリスマスまでまだ一か月はあるものの、ロビーには大きなツリーが飾られ、優雅なピアノの音色が流れている。
「わ、わぁ……」
不慣れな場所、そして佳子の母との対面に緊張がますます高まる佑奈。
「大波多様、お待ちしておりました。こちらのお席へどうぞ」
ホテルマンに案内された三人は一階にあるカフェスペースへと通され、瀟洒なテーブルセットの一角へと着席した。
「飲み物は好きに選んで」
渡されたメニューブックに書かれた金額に佑奈はますます委縮するが、そこは佳子がすかさず紅茶でいいかと問い、佑奈はうなずくだけで返事をした。秀美が三人分の紅茶を注文し、ほどなくしてテーブルに届けられた。それぞれがまずは一口、喉を潤したところで秀美から話を切り出した。
「まずは自己紹介ね。佳子の母、大波多秀美よ。娘がお世話になっているみたいで、私からもお礼を言うわ」
「い、いえ……。私こそ佳子……さんにはお世話になっていて。えっと、あ、白石佑奈です。すみません、今日はお時間をいただいて」
テーブルの下で、佳子は佑奈の手をそっと握った。互いの心拍が伝わるほど、強く。互いの鼓動が少しずつ落ち着きを取り戻す。
「今日は、佳子さんのことと、それから……私のことについて、お話ししたいことがあって」
「あなたのこと?」
秀美は興味深そうに片眉を上げ、カップに手を添えた。その反応に少し緊張しつつも、佑奈はまっすぐに言葉を続ける。
「実は、私も星花女子学園を受験しようと思っています。学費免除の特待生試験を受けるつもりです」
その言葉に、秀美の表情が僅かに変わった。
「貴女、優秀なのね」
「私一人の力では難しかったかもしれません。ですが、佳子さんと勉強を続けていく中で、苦手だった理数系の科目でも十分な高得点が取れるようになっていきました」
佑奈は一度息を飲み、覚悟を決めて言葉を紡いだ。
「もし、私と佳子さんが二人とも合格したら……寮ではなく、佳子さんの家で一緒に暮らしたいと思っています。今日は、そのお許しをいただきたく……」
ラウンジの穏やかな空気の中で、その言葉だけが鮮明に響いた。秀美も驚いたように、佑奈と佳子の二人に交互に視線を向ける。
「貴女が、うちに? 貴女の親御さんは理解しているのかしら」
「はい。母は応援してくれています」
「ではお父さんは?」
「いません。うちは母子家庭なので」
「……ごめんなさい」
秀美はカップを静かにテーブルに置き、即座に詫びた。
「いいんです。ほとんど覚えてませんから。離婚なのか、死別なのか、それすら教えてくれませんので」
「そう……。夫にも相談はしますが、まず一つ聞きたいことがあります。なぜ、我が家でなのか。寮という選択肢もありますし、白石さんのお宅という選択肢もあるでしょう?」
秀美にそう問いかけられた佑奈は、ちらりと佳子の顔を見た。
「私が初めて佳子さんに家へと招待された後、彼女は私に、『佑奈が来てくれると、家が急に明るくなる気がする』と言ってくれたんです。私にはあのお家が広くて綺麗でキラキラしているように見えました。でも、佳子さんにはそうではなかった。それが、私には寂しいのです。あの家で、佳子さんに笑顔でいてほしい。我儘かもしれませんけど……お願いします!」
深々と頭を下げた佑奈に続いて佳子も頭を下げた。呆気に取られたような表情を浮かべた秀美は、一呼吸ついてふっと微笑んだ。顔をあげるよう促され、二人が見たその微笑みはどこか読み取れないものだったが、優しさも感じられた。
「佑奈さん……貴女、面白い子ね」
「え?」
「普通は親にこんな話をするのは、もっと後でしょう? それこそ、合格してからでもいいじゃない。でも、貴女は今日、ちゃんと私に伝えた。佳子のために、こんなに真剣に。つまり、佳子を幸せにしますってことでしょう。プロポーズみたいだわ」
珍しく饒舌な秀美はゆっくりと佳子の方を見た。
「佳子。あなたはどう思うの?」
問いかけられた佳子は、少し戸惑いながらも、迷うことなく答えた。
「私……すごく、嬉しい。佑奈が一緒にいてくれたら、寂しくない。だから、ママ……お願い」
その言葉を聞いて、秀美は静かに微笑んだ。そして、改めて佑奈に向き直る。
「二人とも合格することが前提ね?」
「はい」
「貴女の気持ちは、確かに受け取ったわ」
その言葉に、佑奈は大きく頷いた。
「ただ、さっきも言ったように夫にも相談します。次の帰国は年末を予定しているから、その際には佑奈さんのお母さんとも、この件について話をさせてほしいわ」
「ありがとうございます」
「ねぇ、ママ。一緒に暮らすのは先の話だけど、近いうちに佑奈とお泊り会をしたいの。実はこれまで何度か誘ってはいたけど、まだ実際にはしてなくて……この際だからちゃんと許可が欲しい」
「分かったわ。ただ、佑奈さんのお母さんにもちゃんと許可をもらうこと。それから、戸締りをきちんとすること。いいわね?」
「もちろん! 佑奈もいいよね!」
「うん。ごめんね、これまで断ってばかりで。ちゃんとお母さんに言うから」
嬉しそうに手を握り合う二人に、秀美は娘にかけがえのない友人ができたことを喜び、慈しむような視線を向けつつ、そっと紅茶に手を伸ばすのだった。
冬の風が冷たく頬を撫でる中、正門の前に一台のタクシーがやってきた。
「自己紹介は後でいいわね。とりあえず乗って」
シンプルなパンツスーツにアイボリーのコートを重ねた秀美が助手席に乗り、子供たちは後部座席に乗り込んだ。
佑奈は、初対面の緊張を感じながら、車内でそっと佳子の手を握った。
無言のままタクシーは走り続け、到着したのは市内にあるホテルだった。
ホテルのラウンジは、高級感に溢れた静かな空間だった。クリスマスまでまだ一か月はあるものの、ロビーには大きなツリーが飾られ、優雅なピアノの音色が流れている。
「わ、わぁ……」
不慣れな場所、そして佳子の母との対面に緊張がますます高まる佑奈。
「大波多様、お待ちしておりました。こちらのお席へどうぞ」
ホテルマンに案内された三人は一階にあるカフェスペースへと通され、瀟洒なテーブルセットの一角へと着席した。
「飲み物は好きに選んで」
渡されたメニューブックに書かれた金額に佑奈はますます委縮するが、そこは佳子がすかさず紅茶でいいかと問い、佑奈はうなずくだけで返事をした。秀美が三人分の紅茶を注文し、ほどなくしてテーブルに届けられた。それぞれがまずは一口、喉を潤したところで秀美から話を切り出した。
「まずは自己紹介ね。佳子の母、大波多秀美よ。娘がお世話になっているみたいで、私からもお礼を言うわ」
「い、いえ……。私こそ佳子……さんにはお世話になっていて。えっと、あ、白石佑奈です。すみません、今日はお時間をいただいて」
テーブルの下で、佳子は佑奈の手をそっと握った。互いの心拍が伝わるほど、強く。互いの鼓動が少しずつ落ち着きを取り戻す。
「今日は、佳子さんのことと、それから……私のことについて、お話ししたいことがあって」
「あなたのこと?」
秀美は興味深そうに片眉を上げ、カップに手を添えた。その反応に少し緊張しつつも、佑奈はまっすぐに言葉を続ける。
「実は、私も星花女子学園を受験しようと思っています。学費免除の特待生試験を受けるつもりです」
その言葉に、秀美の表情が僅かに変わった。
「貴女、優秀なのね」
「私一人の力では難しかったかもしれません。ですが、佳子さんと勉強を続けていく中で、苦手だった理数系の科目でも十分な高得点が取れるようになっていきました」
佑奈は一度息を飲み、覚悟を決めて言葉を紡いだ。
「もし、私と佳子さんが二人とも合格したら……寮ではなく、佳子さんの家で一緒に暮らしたいと思っています。今日は、そのお許しをいただきたく……」
ラウンジの穏やかな空気の中で、その言葉だけが鮮明に響いた。秀美も驚いたように、佑奈と佳子の二人に交互に視線を向ける。
「貴女が、うちに? 貴女の親御さんは理解しているのかしら」
「はい。母は応援してくれています」
「ではお父さんは?」
「いません。うちは母子家庭なので」
「……ごめんなさい」
秀美はカップを静かにテーブルに置き、即座に詫びた。
「いいんです。ほとんど覚えてませんから。離婚なのか、死別なのか、それすら教えてくれませんので」
「そう……。夫にも相談はしますが、まず一つ聞きたいことがあります。なぜ、我が家でなのか。寮という選択肢もありますし、白石さんのお宅という選択肢もあるでしょう?」
秀美にそう問いかけられた佑奈は、ちらりと佳子の顔を見た。
「私が初めて佳子さんに家へと招待された後、彼女は私に、『佑奈が来てくれると、家が急に明るくなる気がする』と言ってくれたんです。私にはあのお家が広くて綺麗でキラキラしているように見えました。でも、佳子さんにはそうではなかった。それが、私には寂しいのです。あの家で、佳子さんに笑顔でいてほしい。我儘かもしれませんけど……お願いします!」
深々と頭を下げた佑奈に続いて佳子も頭を下げた。呆気に取られたような表情を浮かべた秀美は、一呼吸ついてふっと微笑んだ。顔をあげるよう促され、二人が見たその微笑みはどこか読み取れないものだったが、優しさも感じられた。
「佑奈さん……貴女、面白い子ね」
「え?」
「普通は親にこんな話をするのは、もっと後でしょう? それこそ、合格してからでもいいじゃない。でも、貴女は今日、ちゃんと私に伝えた。佳子のために、こんなに真剣に。つまり、佳子を幸せにしますってことでしょう。プロポーズみたいだわ」
珍しく饒舌な秀美はゆっくりと佳子の方を見た。
「佳子。あなたはどう思うの?」
問いかけられた佳子は、少し戸惑いながらも、迷うことなく答えた。
「私……すごく、嬉しい。佑奈が一緒にいてくれたら、寂しくない。だから、ママ……お願い」
その言葉を聞いて、秀美は静かに微笑んだ。そして、改めて佑奈に向き直る。
「二人とも合格することが前提ね?」
「はい」
「貴女の気持ちは、確かに受け取ったわ」
その言葉に、佑奈は大きく頷いた。
「ただ、さっきも言ったように夫にも相談します。次の帰国は年末を予定しているから、その際には佑奈さんのお母さんとも、この件について話をさせてほしいわ」
「ありがとうございます」
「ねぇ、ママ。一緒に暮らすのは先の話だけど、近いうちに佑奈とお泊り会をしたいの。実はこれまで何度か誘ってはいたけど、まだ実際にはしてなくて……この際だからちゃんと許可が欲しい」
「分かったわ。ただ、佑奈さんのお母さんにもちゃんと許可をもらうこと。それから、戸締りをきちんとすること。いいわね?」
「もちろん! 佑奈もいいよね!」
「うん。ごめんね、これまで断ってばかりで。ちゃんとお母さんに言うから」
嬉しそうに手を握り合う二人に、秀美は娘にかけがえのない友人ができたことを喜び、慈しむような視線を向けつつ、そっと紅茶に手を伸ばすのだった。
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