4 / 44
第一部
閑話 代行官補佐・ケイ
しおりを挟むケイはとある男爵家の長男として生まれた。ただ父の功績による一代男爵だったために、父の死と共に平民になることが決まっていたし、一代男爵だった父はごくごく普通の平民としての生活を変えなかったため、自分が貴族だという意識もなかった。だから両親と相談して、早々に貴族の使用人としての道を歩むことになった。一代男爵の父は平民然とした男だったが、意外にも貴族に親しい知り合いがいたため、入る家はすぐに決まった。
それが、カレッジ子爵家だった。十二歳でカレッジ家に務めることになったケイは、侍従見習いかと思ったら、あれよあれよという間に執事見習いという肩書がついていた。さすがに執事見習いという肩書は父も予想外だったらしく、里帰りをした時にものすごく喜んでくれたのを覚えている。
カレッジ子爵家に入って二年、もともと老齢だった父は倒れて間もなく亡くなり、愛する夫を失った母も後を追うように亡くなった。
あのときほど寄る辺があってよかったと思ったことはない。カレッジ子爵は父と随分と仲が良かったらしく、たいそう悲しんだ後執事長に指示し、葬儀や相続、爵位の返上などまだ未成年だったケイに代わり、全ての手続きを済ませてくれた。勿論ケイも見習いらしくその全てを執事長の隣で学んだ。
そして悲しむ間もなく、子爵家の長男に男の子が生まれ、ケイはその世話に奔走することになったのだ。
頼りがいのあるカレッジ子爵、有能で優しい跡取りである長男とその奥方、そしてそのお子さん。
仕え甲斐のあるカレッジ家の幸せに暗雲が立ち込め出したのは子爵の孫が三歳になるころだった。
王都の学園に通っていたカレッジ子爵の娘が妊娠してしまったのだ。相手は悪名高いとある伯爵家の末息子で、乱暴者で有名だった。子爵は頭を抱えたが出来てしまったものは仕方がない。領地の中心、屋敷のある街の郊外にあった何代か前の子爵が隠居した時に移り住んだ館に娘と婿となった伯爵家の末子を受け入れた。
しかし、娘婿はひたすら問題を起こす。館内だけにはとどまらず、屋敷の近辺でも悪名を轟かせ始めたところで、急に「跡を継がせろ、俺は伯爵家の息子だぞ」と主張し始めたのである。
しかし、カレッジ子爵家と婿の実家の伯爵家との婚姻の取り決めの時に、跡取りではないと明記されていた。それにもかかわらず娘婿は何度も屋敷に怒鳴り込みに来ていた。
ケイは怒鳴り込みが激しくなる前に子爵の孫であるレオンの臨時の侍従に任命された。レオンが魂の迷い人であると判明したからだ。魂の迷い人はその知識や、常識の違いによる軋轢を心配され、見つけたら国に報告を出し、必要であれば保護等をすることになっている。
レオンもいわゆる前世の膨大な記憶に翻弄され、頭が記憶の量に耐え切れなかったらしくしばらくベッドの住人になってしまった。またこの世界との記憶のすり合わせが必要になり、執事見習いであったケイと長男の嫁のメイドであったアニーが臨時でレオン付になったのだ。
年齢が近いこと、カレッジ子爵と長男夫妻の信頼が厚いことを理由に選抜されたと聞いて、ケイは胸が熱くなったのを覚えている。
レオンが魂の迷い人だという情報はカレッジ邸内でも厳重に管理された。知っていたのはカレッジ子爵と長男夫妻、そして執事長とメイド長、ケイとアニーだけだった。特に娘婿を警戒してのことだった。
レオンは虚弱体質だということになり、療養を理由にわざわざ日当たりのよい、出入り口から一番遠く、隠し部屋のある部屋に移った。
それが功を奏したのが、あの襲撃であった。
本当のところ、本人が武器を持って押し入ることは予想されていたのだ。
けれども三十人以上の破落戸を連れてくるとは思っていなかった。秘密裏に実家の知り合いに連絡を取り、実家の領内の破落戸をわざわざこの領に来させたのだという。
単騎又は少人数の襲撃に対する準備は出来ていたが、流石に三十人が一気に押し寄せてくるのは予想外だったため、屋敷内は熾烈を極めたのだと生き残った使用人が語っていた。
実際子爵と長男の執務室は言葉通り死屍累々だった。破落戸と娘婿を含め、その二部屋だけで死者の半数以上が倒れていたのだから。
たまたま執務室から出ていた執事長に運よく廊下で会ったケイはその足でレオンの部屋に戻り、レオンとアニーと共に隠し部屋へと転がり込んだのだ。
その後隠し部屋を知っていたウォルターズ公爵に扉を開けられるまで、半日以上そこへ籠っていたのだ。
屋敷内は血の匂いに溢れ、見知った仕事仲間たちが斃れていた。レオンの部屋の扉のそばでは執事とメイド長が血みどろになりながら倒れていた。
レオンはウォルターズ公爵の侍従に連れられて一足先に公爵家に向かい、ケイとアニーは事情聴取と遺体の身元確認のために残ることになったのだ。意外としゃんとしていたレオンを見送りながら、執事見習いのケイはこれからどうなるのだろう、と途方に暮れたのだった。
結果的にケイたち使用人の生き残りが途方に暮れる間は殆どなかった。死者と怪我人の身元確認や屋敷の片付け、新しく赴任する代行官の屋敷や引継ぎの準備などやることは沢山あった。希望者は全員代行官の屋敷に雇用されることになったし、死者の家族には十分な補償、怪我人にも程度に合わせた補償やこの地に残ることが出来なくなった者には他領への職業斡旋など、ウォルターズ公爵が全てにおいて采配してくれた。執事見習いだったケイも死に物狂いでその補佐に当たり、そのまま代行官補佐として領に残ることになったのである。
アニーとは結婚の約束をしていたので、それを機に結婚したのであるが、予想外だったのはレオンが自分を殺してしまったことだった。
『だってずっと貴族なんて嫌だって言ってただろ?』
魂の迷い人として、前世の記憶が強いレオンは常々そう言っていたが、まさかそれを実現してしまうとは思わなかった。思わずその時に一緒にいたウォルターズ公爵の顔を見てしまったら公爵も苦笑していた。とりあえずレオン・カレッジは死んだことになり、レオンはリオと名を変え、ケイの年の離れた弟という身分になったのである。
公爵家の長男の言葉には憤慨したものの、その後の調査報告を聞いてしまえば、その怒りも火消されてしまった。なにより当事者のレオンがその状況を利用して希望していた平民の身分を手に入れたことにご機嫌だったからだ。
カレッジ子爵には多大な恩がある。それに報いたくて領に残ったが、まさかその孫息子の養育まで任されるなんて思っていなかった。
けれど任されたからにはしっかりとこの世界で生きていくことが出来るように育て上げて見せる、とケイは今日も代行官の屋敷を動き回るのだった。
190
あなたにおすすめの小説
巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます!
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中
悪役令嬢のモブ兄に転生したら、攻略対象から溺愛されてしまいました
藍沢真啓/庚あき
BL
俺──ルシアン・イベリスは学園の卒業パーティで起こった、妹ルシアが我が国の王子で婚約者で友人でもあるジュリアンから断罪される光景を見て思い出す。
(あ、これ乙女ゲームの悪役令嬢断罪シーンだ)と。
ちなみに、普通だったら攻略対象の立ち位置にあるべき筈なのに、予算の関係かモブ兄の俺。
しかし、うちの可愛い妹は、ゲームとは別の展開をして、会場から立ち去るのを追いかけようとしたら、攻略対象の一人で親友のリュカ・チューベローズに引き止められ、そして……。
気づけば、親友にでろっでろに溺愛されてしまったモブ兄の運命は──
異世界転生ラブラブコメディです。
ご都合主義な展開が多いので、苦手な方はお気を付けください。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
婚約者の前で奪われる!?王太子が僕の番だった夜
侑
BL
僕は辺境伯家の嫡男レオン・グレイスフィールド。
婚約者・隣国カリスト王国の辺境伯家、リリアナの社交界デビューに付き添うため、隣国の王都に足を踏み入れた。
しかし、王家の祝賀の列に並んだその瞬間、僕の運命は思わぬ方向へ。
王族として番に敏感な王太子が、僕を一目で見抜き、容赦なく迫ってくる。
転生者で、元女子大生の僕にはまだ理解できない感覚。
リリアナの隣にいるはずなのに、僕は気づけば王太子殿下に手を握られて……
婚約者の目の前で、運命の番に奪われる夜。
仕事の関係上、あまり創作活動ができず、1話1話が短くなっています。
2日に1話ぐらいのペースで更新できたらいいなと思っています。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
精霊の愛の歌
黄金
BL
主人公の鈴屋弓弦(すずやゆずる)は、幼馴染の恋人に他に好きな人が出来たと振られてしまう。その好きな人とは大学で同じゼミの村崎翼(むらさきつばさ)だった。
失恋に悲しむ弓弦は翼によって欄干から落とされてしまう。
……それが全ての始まり。
※全30話+31話おまけ有。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
少女漫画の当て馬キャラと恋人になったけどキャラ変激しすぎませんか??
和泉臨音
BL
昔から物事に違和感を感じることの多かった衛は周りから浮いた存在だった。国軍養成所で一人の少女に出会い、ここが架空の大正時代を舞台にしたバトルありの少女漫画の世界だと気付く。ならば自分は役に立つモブに徹しようと心に誓うも、なぜかヒロインに惚れるはずの当て馬イケメンキャラ、一条寺少尉に惚れられて絡め取られてしまうのだった。
※ 腹黒イケメン少尉(漫画では当て馬)×前世記憶で戦闘力が無自覚チートな平凡孤児(漫画では完全モブ)
※ 戦闘シーンや受が不当な扱いを受けるシーンがあります。苦手な方はご注意ください。
※ 五章で完結。以降は番外編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる