贖罪公爵長男とのんきな俺

侑希

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第一部

フレドリックの決心

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「カレッジ領に行きたい?」


 ウォルターズ公爵は執務室で思わず上擦った声を上げてしまった。

「はい。私も成人しましたし……、とはいえあの子の墓所があるロイド伯爵領を訪う許可は下りませんし……それならばカレッジ領にある由縁の方々の墓参を、と。カレッジ領であれば現在は我が家も運営を代行していますから、父上に許可を、と」

 成人しましたし、許可いただけますよね?と笑う長男を見て、公爵は大きな大きなため息を落とす。
 目の前の息子の迂闊な行動に厳しめの叱責をしたのは今から十年前だ。八歳の少年にとってその行動は外的要因が大きかったとはいえ、公爵家の後継としてはかなり問題のあるものだった。これを機にもう少し落ち着いて物事を考えてほしいという希望を込めて教育し直した覚えがある。その過程で一人の子供の死があった。

 大人たちの思惑通り、公爵家の長男フレドリックは深く深く反省した。反省するあまり、己の全てに執着しなくなるほどに。乗り越えて前を向いて欲しかったのに、フレドリックは前を向くどころか今もその子供の死に囚われている。
 子供の死自体は彼の行動とは関係ないものであったが、ひどく辛い思いをした子供に辛い言葉を態度を投げつけ、弁明の余地もなくその子供が死んでしまったという事態に、フレドリックは随分と後悔していた。
 あの子を絶望のまま死なせてしまった、そんな自分は公爵に相応しくないと後継になることを頑なに拒んでいるし、それに伴う婚約者を決めることも蹴り続けている。そのくせあの子に失望される自分にはなりたくないと努力を重ね、ひどく優秀に育ったフレドリックは、つい先日、十八歳の成人を迎えた。
死んでしまったあの子に拘り過ぎて、あの子に殉じてしまうのではないかと家族は心配している。
あの子の遺体が運ばれ葬られたというロイド伯爵領の墓所に行きたいというフレドリックの願いを却下し続けている。こちらは墓参させることにより殉教――自害してしまうのではないかと大人たちが相談して決めたことだ。彼が十二の時に一度秘密裏に関係者が集まって相談したのだ。子供にぶつけた暴言を理由にロイド伯爵領からも受け入れないようにしていた。


「それで父上。許可はもらえるのでしょうか」

「こちらの言うことをきちんと守れるのであれば――許可しよう」


 短い時間で公爵の頭の中はものすごい速さでいろいろなことを考えた。カレッジ領には『あの子』と寄り添う人々が穏やかに暮らしている。そこに火種になりかねないフレドリックを入れるのを躊躇した。
 けれども。
 自分の愛するフレドリックが神に殉ずる様に過ごす日々が変わるのではないかという期待を込めて、ウォルターズ公爵は許可を出したのだ。

「……!!はい!!ありがとうございます!!」

 久しぶりに嬉しそうに笑ったフレドリックが執務室を出てしばらく。公爵はそばに控えていた執事に声をかけた。

「至急カレッジ領のあの子に連絡を」
「かしこまりました」


 公爵はとりあえず相談しようと電話を持ってこさせることとした。


――実は身分も名前も変えて、生きているあの子に連絡するために。




     ◆◆◆◆◆



 それは賭けだった。
 フレドリックは幼いころの愚行により、ただひたすらにそれを償うために修行僧のような生活を送っている。娯楽はそれらを学ぶときにしか手を付けない。あんなに大好きだった児童小説も許可年齢を超えてからも手を付けることはなかった。

 あんなに好きだったその本たちを鵜呑みにしてしまったせいで、あんな愚行に走ることになったのだから。
 ずっと、ずっと謝りたかった。その墓前に膝をついて、謝罪をしたかった。
 あの子が絶望のまま死んだかはわからない。けれども彼が救出された時、彼の住んでいた屋敷内はいたるところに怪我人と死者が転がる血まみれの地獄だったと父に付き従った侍従から聞いた。彼はまだ五歳だったにも関わらず、顔見知りの使用人一人一人の遺体の前で冥福を祈ったのだという。普通だったら五歳の子供にはそのような凄惨な光景を見せることはないだろう。どういう状況だったのかはわからないが、彼はそんな光景と死んだ祖父と両親の遺体と対面し、そうしてこの屋敷に来た。ほとんど会ったことのない母方の伯父の家にいく途中で、あんな暴言をぶつけられて、自分ならきっと立ち直ることなどできない。

 彼は身体が弱く、事件の前からおよそ一年ほどは寝込んでいたと聞いている。ショックなことが立て続けに起きた子供の小さな心が壊れて体に影響したのだと想像に難くない。

 彼は首謀者などではなく被害者で、彼の両親の分も生きるべきだった、賊と交戦した両親も使用人もそれを願っていただろう。彼が傷一つ負っていなかったことからもその思いは明らかだ。そういった人たちの想いも全て、幼いころの自分が踏みにじって散らしてしまったのだ。

 本人の墓標に謝ることが出来ないのなら、せめて彼らの両親と祖父、彼を守った使用人たちの墓に謝りたい。許してもらえなくても、せめて墓参を、と願ったのだ。
 血筋の絶えたカレッジ子爵領は現在ウォルターズ公爵が代理で管理を行っている。国とウォルターズ公爵が選定した代行官が治め、ウォルターズ公爵であるフレドリックの父が最終決裁をしている。

 血の惨劇のあったカレッジ子爵邸は現在は空き家で、その庭園が整備されて墓地になっている。
 そして今、カレッジ領の代行官の元で、あの子――レオン・カレッジを隠し部屋に避難させ、そこから救出されるまで付き添った当時の執事見習いとメイドが勤めているという。
 きっと恨まれているだろう。――罵られてもいい、ただあの子のことを知っている人の話が聞きたかった。

「だって俺は、あの子のことを何一つ知らないのだから」

 フレドリックがあの子と顔を合わせたのは僅か二回。屋敷について自己紹介をした時と、あの暴言の時だけだ。
 
 あの子を知っている人に、会ってみたかった。



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