贖罪公爵長男とのんきな俺

侑希

文字の大きさ
3 / 35
第一部

レオンの推測

しおりを挟む
「おまえ、ライラに取り入って我が家を乗っ取るつもりだな!!カレッジ家の暴虐残忍な血など我がウォルターズ家には入れることなどできない、身の程を弁えろ!!だいたい一族で殺し合って、おまえが残ったのだから、きっとお前が首謀者なのだろう!--両親と共に死んでいればよかったものを。なぜ我が家に転がり込むんだ」


 うっかりうわぁ、と声を出しそうになったのを、顔を引き締めてこらえた。


 出会って二度目のフレドリック少年がびしり、とこちらを指差して顔をゆがめながらそんなことを喚いてきた。俺がただの五歳児だったら泣いて一生癒えない心の傷を負っているところだぞ、と思いながら戸惑っているとうしろから怒気を感じて思わず肩を竦める。
「フレドリック坊ちゃま。ご自分が何を言ったのか理解していますか」
 すたすたと前に出たのはこの家の執事だった。怒っていたのはこちらの紳士である。レオンがお願いして図書室に連れて行ってもらう途中だったのだ。
「は?なにを!!」
 それ以上フレドリック少年が暴言を吐く前にその体を担ぎ上げてすたこらと廊下の曲がり角の向こうへと消えてしまった執事を見送ったレオンは、どうしよう、と悩んで、現在のこの家の主人を訪うことにした。


「――申し訳ありません、レオン様。まだ詳細を伝えるには早いと細かいことを伏せていたのですが」
「ああああ、お顔を上げてください公爵夫人!!」


 現在公爵がカレッジ家の諸々の陣頭指揮を執っているので、この屋敷の主人は公爵夫人であった。後から合流した執事と共にフレドリック少年のことを相談すると真っ青になって頭を下げてきた。

「まあ、運よく僕は魂の迷い人でしたから、八歳のお子さんに言われたところで大丈夫です。それよりも――」


 気になることがあった。ウォルターズ公爵と公爵夫人とは何度か迷い人関連で会っているし、この家に来てから執事には大変お世話になっている。いずれも感心してしまうくらい人格者であることは既に分かっていた。彼らの思想がウォルターズ少年の言動の鍵となっていることはないだろう。
 それならば、彼の思想の元はどこから来たのか。


「――彼ヤバいと思います。おそらく妹が生まれてお兄ちゃん欲というか守らなきゃっていう騎士精神が大爆発していると思うんですけど、その後の思考というか、空想というか。公爵ご夫妻や執事さんの知らないところで何か聞いてるんじゃないでしょうか。家庭教師とか使用人とか友達とか。心当たりはございませんか?」


 そのくらいの年齢って、自分が世界の真ん中で、物語の主人公ってとらえがちじゃん……?とまでは流石に公爵夫人には言えないが。


「……そうね。最近流行っている児童文学をよく読んでいるわ」


 美しいかんばせに憂いの表情を浮かべながら公爵夫人が教えてくれた。
 翌日には執事がフレドリック少年が持っているのと同じ書籍をそろえてくれた。
 転生チートなのか何なのか、レオンは五歳児でも中の人が理解できる程度の文章であれば読めるし書けるし理解できるのである。まるであれだよ、見た目は子供、頭脳は大人のあれだよ、と何度突っ込んだことか。誰も突っ込んでくれないのだ、自分で突っ込むしかない。
 何はともあれその児童小説を何冊か読んで、レオンは頭を抱えた。


「――なるほど。そういうことか」


 謎は八割方解けたのである、悲しいことに。


「――この本の出版元に魂の迷い人が関わっている、と?」


 一週間ほどしてようやくカレッジ子爵領から帰宅したウォルターズ公爵に事の次第を説明すると公爵も頭を抱えていた。


「この児童小説の書き方や話の流れに覚えがあります。僕の前世で流行っていた小説にとてもよく似ている。僕と同じ年代、同じ国にいた魂の迷い人が関わっている可能性が高い。――この国の貴族とはちょっと違う描写もその頃の小説の特徴と一致します。――ちょっと八歳の子供が読むには悪影響なんじゃないかと」


 現に影響を受けてしまっている公爵家令息がここにいるので――までは言わなかった。当の本人は自室で謹慎中である。


「あと、単純にシスコンを拗らせ――失礼、妹さんのナイトとしての感情が大爆発してますし、今後この書籍が取り上げられることを考えても、僕がここにいるのはどうかと思います。それで提案なんですが、レオン・カレッジをここで死なせてくださいませんか」
「――なんと」
「……以前お伝えした通り、僕の前世は普通の会社員……平民でした。これから勉強して子爵になるのはちょっと荷が重すぎます。それと正直ロイド伯爵家とは面識がないので、ちょっと辛いというか」


 事が終わって、この家にお世話になり始めてから考えていたことであった。
 目標となる父も母も死んでしまい、残されたのは自分だけなのである。子爵の仕事が忙しいのは祖父の働きを見ていて知っていた。そこそこの街の町長クラスの仕事をしないといけないのである。前世の記憶が強くなってしまった今ではちょっと無理どころの話ではない。
 ――それならば……レオン・カレッジの人生をここで終わりにして、住み慣れたカレッジ領で両親を弔いながら穏やかに過ごしていたい、と思ってしまったのだ。
 公爵は唸りながらなにかを考えて、数日待ってくれ、といった。迷い人の意思は尊重されるので国と、そしてロイド伯爵と相談するという。
 すぐにレオンの意向は上に伝わり、レオンの新しい平民としての諸々が整っていった。





 レオン・カレッジは病弱であったゆえにこの事件の心痛を乗り越えられず病死した。

 レオンはリオとなり、カレッジ家の執事見習いだったケイとメイドであったアニーが結婚するので、ケイの弟と戸籍を整えられ、彼らとカレッジ領で暮らすこととなった。二人はリオと共に暮らすことを打診する前に立候補してくれたのだ。
 ロイド伯爵一家は大変難色を示したが、最終的に許可を出してくれた。リオとなった後も親交が持ちたいとまで言ってくれたので、カレッジ領に戻る前に一度会いに行ったりもした。


 また件の児童小説は出版社と執筆者などが国を挙げて精査され、案の定、二十一世紀前半の日本からの魂の迷い人が見つかったとのことである。書籍は一旦回収され、改めて内容をこの国に合わせて改訂し、年齢制限を付けたうえで発行し直すこととなった。懐かしい文体ではあるので、今後は是非購読したい。


 カレッジ子爵領はしばらくウォルターズ公爵預かりとなり、リオが成人を迎える時にもう一度方針を決めることになっている。
 惨劇のカレッジ家の屋敷は惨劇などなかったように片づけられたが、今は空き家となっている。広い敷地内にある高台にはカレッジ子爵とその長男夫婦、長女とその娘の墓が建てられた。また、身元の引き取りがなかった使用人の墓もすべてそこに設けられた。惨劇の原因となった娘婿は他の破落戸と共に身元引き取りの居ない犯罪者用の共同墓地にまとめて葬られたと聞いている。結局彼の実家は暴れ馬の三男を子爵家に押し付け、お家を断絶させたという醜聞にまみれている。


 こうしてリオは程よく田舎のカレッジ領でケイとアニーとと共にのんびり穏やかに暮らしている。
 ちなみにケイとアニーは公爵家と国から派遣されてきた代行官のもとで働いている。リオの様子がすぐにわかる状態の方がいいのだそうだ。ケイもアニーもこのカレッジ領の出身で特にケイは執事見習いをしてたこともあって、代行官の補佐官をやっているくらいだ。
 流石に国と公爵家のお声掛りだけあって派遣されてきた代行官も有能でケイが褒めていた。どこかの貴族の三男だか四男だか五男らしいのでこのまま末永く領を管理してくれないかなとリオは思っている。

 家族は失ってしまったが、残った大事な人たちと共に今度こそゆっくりと、穏やかに暮らしていけると、リオは思っていた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます! 婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! できるかぎり毎日? お話の予告と皆の裏話? のあがるインスタとYouTube インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  ゆるゆ
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが、びっくりして憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! ノィユとヴィルの動画を作ってみました!(笑)  インスタ @yuruyu0   Youtube @BL小説動画 です!  プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったらお話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです! ヴィル×ノィユのお話です。 本編完結しました! 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました! 時々おまけのお話を更新するかもです。 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? 騎士×妖精

この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜

COCO
BL
「ミミルがいないの……?」 涙目でそうつぶやいた僕を見て、 騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。 前世は政治家の家に生まれたけど、 愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。 最後はストーカーの担任に殺された。 でも今世では…… 「ルカは、僕らの宝物だよ」 目を覚ました僕は、 最強の父と美しい母に全力で愛されていた。 全員190cm超えの“男しかいない世界”で、 小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。 魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは── 「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」 これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。

処理中です...