大好きな君と離れる日まで

矢田川いつき

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第三章 君に好きだと言いたくなる日々

第十二話

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「んで? なんで最初に行く場所がここなんだ?」

 遼くんとのわだかまりが解けた後の、最初の日曜日。
 問診でも精密検査でも異常がなかった遼くんと話し合った結果、記憶障害になった原因として心の辺りのある場所を無理のない範囲で巡ろうということになった。それならばと、私は遼くんを引き連れて隣町の海浜公園に来ていた。

「だって、記憶喪失の原因には『好意を伝えること』に関する出来事が絡んでるかもなんでしょ。だったら、やっぱり私的にはここなんじゃないかなって」

 吹き荒ぶ潮風に目を細める。春も本格的に深まってはいるけれど、さすがにまだこの時期は少し肌寒い。
 対して、少しも寒そうな素振りを見せない遼くんは考えるようにして首を傾げた。

「ええ、なんかあったっけ?」
「わ、思い出せないってことは、まさかほんとにここが原因?」
「え、なに。マジでなにあったっけ?」
「そりゃあもちろん、小一の遼くんが遠足の終わり際に担任の山坂先生に告白した場所じゃん」

 忘れもしない。
 小学校一年生の時の遠足で訪れたこの海浜公園の浜辺で、遼くんはずっと好きだと言っていた担任の山坂先生に貝殻で作ったネックレスをプレゼントして告白したのだ。手をもじもじとさせながら、俯きがちにネックレスを手渡す遼くんを遠目に見ていたけれど、それはもうとにかく可愛かった。

「それでね、山坂先生ったらもうすごく嬉しそうにしてたんだけど、『先生はね、実は来月結婚するのよ』って言われてすごくショック受けてたんだよ。ずーっと下を向いて歩く遼くんが危なっかしくて、帰りは私が手を引いていったんだからね。あの時の遼くんったらもう」
「ストップストップ、ストーップ!」

 私が懇切丁寧に詳細を話そうとしたところで、遼くんは顔を真っ赤して遮ってきた。

「えーこれからがいいところなのに」
「やめろ、思い出したよ。だからこそそれ以上は聞きたくない。記憶障害とか関係なく今すぐ忘れたい」
「ええ、とーっても可愛かったのになあ」

 ニシシとなるべく悪戯っぽく見えるように口角を上げて、遼くんの顔をのぞきこむ。すると、遼くんは赤くなった顔を隠しながら、ポンと私の頭に手を置いてきた。

「ったく彩月、絶対違うってわかってて言っただろ。変な気遣うな」
「えーなんのことー?」
「いやバレバレだから。幼馴染なめんな」

 耳まで赤く染めつつも、遼くんは真っ直ぐに私を見返してきた。さすがに、これ以上は無理そうだ。

「……ちぇ、バレちゃったかー」
「丸わかりだよ。なに、リラックスしてると改善しやすいって言ったから?」

 遼くんの問いに、私はこくりと頷く。
 ここ数日間。私は遼くんと一緒に登下校をともにし、そこで記憶障害の改善方法をいろいろと聞いた。それには、原因となっているトラウマや過去の出来事に対して気持ちの整理をつけるといった方法から、逆に距離を置いて全く別の視点から自分の人生を前向きに捉えていく方法など様々あった。そしてその中に、ストレスがなるべくないリラックスした状態を意識して作るという方法があり、忘れているかもしれない過去に向き合いたいという遼くんの意思も考慮した結果、私は初手としてこの場所に来ることを思いついたのだ。まあ、さすがにないだろうとは思ってたけど、やっぱりなかったらしい。

「ったく、マジで勘弁してくれ。恥ずかしくて悶えるっていう別のストレスが生まれそう」
「あはは、ごめんごめん。でも、肩の力は抜けたでしょ?」
「まあ、確かにな。気張ってたけど、一気に緩んだわ」

 顔を見合わせて小さく笑う。なんだか、この感覚懐かしいな。

「それで、やっぱりここは関係ないよね?」
「残念ながらなのか幸いにもなのかわかんないけど、まあそうだな。あーでも、ひとつ思い出したことはあった」
「え、なに?」
「記憶をなくす時、頭が痛くなるって言っただろ。その時、なんかフラッシュバックつーか、どこかの公園のイメージが目の前に浮かぶんだよ。チカチカって。この前もそんな感じで、フラフラと意識が遠のいたと思ったら記憶がなくなってるんだよ」
「へえ、公園かあ」

 空を見上げる。昼下がりの青空が視界に広がり、真っ白な積雲が横切っていく。
 公園、とひと口にいっても、私たちが住んできたこの町の付近には意外と公園は多い。今いる海浜公園もそうだし、一緒に日向ぼっこをした高台のある丘陵公園、四つ葉のクローバーなんかを探した森林公園、夏には水遊びをした渓流のある河川公園、小学校高学年の時に陸上の大会に出場した遼くんの応援に行った競技場がある緑地公園など、ざっと思いつくだけでも十近くはある。

「あとはそうだな、桜みたいな花びらが舞っていた気もするから、春とかに関係あるかも」
「春……ちょうど今時分の季節にあったことなのかな」

 目を閉じて考える。
 春となると、海浜公園や河川公園は可能性として少ないか。それに「好意を伝えること」にも関係あるんだろうし、その辺りも考慮していかないといけない。中学に上がってすぐの頃とか、なんかあったかなあ。うーん、難しいな……。

「しわ、寄りすぎ」
「え?」

 そこで、何かが眉間の辺りに触れた。
 ハッとして目を開けると、すぐそこに遼くんの手があった。人差し指と中指の腹で、私の額をさすっている。

「そんなに考え込んでくれて嬉しいけど、くれぐれも無理はしないでくれよ。彩月が難しい顔してると、俺まで難しい顔になっちゃいそうだから」
「へ?」
「まあ、だから、その、なんだ。彩月は、もっとこう適当に、笑っていてほしいってこと」

 言葉を選ぶように視線を彷徨わせながら遼くんは言った。その頬はまた赤くなっている。

 ――おれ、サツキのこと好きだ。

 本当に、あの時と全然変わってない。
 頬を赤らめて、視線を右に左に忙しなくやって、それでもちゃんと嬉しい言葉をかけてくれる。
 好きだなあ。
 そう、言いたくなる。でも、ダメだ。

「もう、ほんとに遼くんは相変わらずだね」

 小さく頭を振ってから、私は肩をすくめてみせた。
 それから私たちは、ひとまず今日は海浜公園内を歩くことした。もしかしたら、小一の遠足の時とは違った理由でこの公園が関係あるかもしれないから。
 あるいは、広大な海を横目に散歩していれば、悩みとか悲しさとかそういうものが全部ちっぽけなものに思えてきて、心が晴れやかにリラックスできて、記憶障害が改善してくれるかもしれない。

「ねえ、ここの屋台で美味しいもの売ってるみたいだよ! 食べてかない?」
「さっきファミレスでわりとガッツリ食ってなかったっけ?」
「あーそんなこと言うんだー。私、遼くんが冷たくしてきた先週はショックでご飯全然食べられなかったんだけどなあー」
「大変申し訳ございませんでした。ここはワタクシめが奢らせていただきます」
「うむ。苦しゅうない」
「でも、なるべくお財布に優しいものでお願いいたします」
「……やっぱり、苦しゅうある」
「え? あ、待て待て待て! そんなにたくさんはやめて!」

 一縷の望みを胸に抱いて、私たちはなるべく楽しく笑いながら過ごした。
 四年ぶりに二人で過ごした休日は、あっという間に終わった。
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