虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨

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第1章

第23話:凍てついた

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 突き飛ばされた瞬間の激しい衝撃と、泥の冷たさの余韻を意識の奥底に残したまま、僕の混濁した意識は、再びあの無機質で冷酷な塔の石床へと力ずくで引き戻された。

「……っ、はぁ……っ、はぁ……、はぁっ……!」

 肺が痛いほどに空気を求め、心臓は狂ったような早鐘を打ち鳴らしている。体内の全魔力を一滴残らず根こそぎ奪い取られた肉体は、中身を失った泥人形のように鉛のように重く、視界の端々には激しい火花が散ったような残像が幾度も明滅を繰り返していた。 今さっき、あの暗闇の中で見た光景は、一体何だったのだろう。あの卑屈な男女の耳を汚す笑い声と、頬を打った泥の不快な冷たさが、今もなお自分の肌にべったりと、呪いのように張り付いているような気がしてならない。

 僕はガチガチと震える腕に、折れそうなほどの力を込めて床を押し、どうにか顔を上げた。 まだまともに思考が追いつかない、霧がかかったような頭で。ただ一つ、自分をこの絶望的な一ヶ月の間、唯一支え続けてくれたあの愛おしい「温もり」を必死に探して。 けれど、霞んだ視界がようやく一点に焦点を結んだ先にあったのは、僕の知っているあの柔らかで温かな羽の輝きではなかった。

「……あ……、あぁ……っ」

 喉の奥で、乾いた石が擦れるような音が鳴った。 そこには、一羽のカラスが横たわっていた。 僕のたった一人の友達。この世界で誰もが僕を「化け物」と蔑む中で、僕を「僕」として真っ直ぐに見つめてくれた、あの小さく尊い命。 それが今、残酷なほどに透き通った、分厚く冷徹な氷の塊の中に閉じ込められていたのだ。

「――、あああああああ!!」

 言葉にならない、獣のような叫びが、裂けた唇から漏れ出した。 パニックで頭の中が真っ白に塗りつぶされ、僕は石台の上から転げ落ちるようにして、硬い床の上へ這い出した。

「待って……今、すぐ、今いくから……っ!」

 細い手首には、まだ魔力を搾り取るための銀の枷が嵌められたままで、そこには僕の自由を奪う太い縄が繋がれていた。 なりふり構わず無理に動こうとした瞬間、縄が柔らかな肉に深く食い込み、手首から熱い鮮血が勢いよく噴き出した。けれど、そんな肉体的な痛みなんて、氷の中に永遠に閉じ込められてしまったかのようなあの子の姿を見せつけられる苦しみに比べれば、塵芥にも等しかった。

 僕は縄が手首の皮膚を削り、骨に響くのも厭わず、強引にカラスの元へと這い寄った。 重い枷が床を擦る不快な金属音が、静かな部屋に空白を残さず響き渡る。手首の傷口から溢れ出した血が、冷たい灰色の石床をどす黒く赤く汚していく。

「溶けて……お願いだから、溶けてよ……っ!」

 僕は祈るように、その氷の塊に縋り付いた。 指先からは一気に体温が奪われ、あまりの冷たさに皮膚が氷の表面に張り付いて、そのまま剥がれ落ちそうになる。 あの子はきっと、僕が苦しそうな悲鳴を上げていたから、放っておけなかったんだ。 魔力を無理やり抜かれる僕を、その小さな翼で必死に助けようとして、危険を顧みず近づいてくれたんだ。それを、あの男は、羽虫を払うような冷酷さで――。

 僕は狂ったように泣きじゃくりながら、自分の身体に残された僅かな体温をすべて分け与えるように、冷たい氷の塊を必死に抱きしめた。 震える唇を無機質な氷の面に押し当てて、中に閉じ込められたあの子に何度も呼びかける。

「ごめんね……僕のせいで、僕のせいで……っ。お願いだから、死なないで……っ、戻ってきて……!」

 手首の深い傷から途切れることなく流れる血が、氷の透明な表面を這い、禍々しくも悲しい赤い模様を描いていく。 孤独の極みだった僕の世界に、初めて灯った小さな小さな火が、今まさに、僕の目の前で消えようとしていた。
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