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第1章
第22話:泥濘の視界
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抽出装置の重厚な鉄のレバーが非情な音を立てて引かれた瞬間、視界のすべてが白濁し、世界が暴力的な速さで裏返った。
「あ、が……っ、あああああッ!!」
喉を掻き切るような悲鳴が、僕自身の意思とは無関係に溢れ出した。体内に淀んでいた膨大な魔力が、手首を固定する銀の枷を通じて、毛穴のひとつひとつから無理やり引き剥がされていく。それは血管の中に熱せられた沸騰した鉛を流し込まれ、逆流していくような、あるいは魂そのものを荒いやすりで削り取られるような、筆舌に尽くしがたい激痛だった。
だが、その狂おしいほどの苦痛が絶頂に達したとき、僕の悲鳴はプツリと唐突に途絶えた。
意識が遠のき、代わりに、湿った冷たい泥の匂いと、鼓膜を執拗に刺すような下卑た罵声が、僕の脳内に直接濁流となって流れ込んできた。
(……寒い、お腹が空いた。お父さん、お母さん、どこにいるの……?)
視界がぐらりと不自然に揺れる。やけに地面が近い。僕は、いつの間にか小さな子供の、それも地を這うような低い視点の中にいた。 目の前には、継ぎ接ぎだらけの薄汚れた服を纏った男女が二人、歪んだ笑みを浮かべて立っている。本来ならば僕を慈しみ、守ってくれるはずの両親。
けれど、その濁った瞳に宿っているのは、我が子への無償の愛などでは断じてなく、獲物を値踏みするような、卑屈で貪欲な「欲」そのものだった。
(ひひっ、見てくださいよ旦那様。このガキの内に秘めた魔流量、測り知れませんぜ! まさに掘り出し物の金鉱だ!)
(これだけの金があれば、私たち一生遊んで暮らせるわ! ほら、とっとと行きなさい! さっさとその汚い手を引き剥がすのよ!)
男が、僕の小さな背中を容赦ない力任せに突き飛ばした。抗う術を持たない小さな体は、無様に地面を何度も転がり、冷たい泥溜まりの中に顔を深く突っ込む。鼻をつく不快な土の匂い。膝を激しく擦りむいた熱い痛み。けれど、それ以上に「心」の奥底で、何かが修復不可能に千切れる鈍い音が聞こえた。
(……やだ、行きたくない。お母さん、お願い、手を離さないで。置いていかないで……)
震える手で泥にまみれながら母親の裾を掴もうとするが、女は汚い害虫でも見るような目でその手を無造作に振り払った。二人は、差し出されたずっしりと重たい金貨の袋を愛おしそうに抱え込むと、一度も振り返ることなく、歓喜に震えて笑いながら夜の闇の中へと消えていった。
残されたのは、巨大で冷徹な石造りの門の前に、ただ呆然と立ち尽くす小さな影ひとつ。門の向こう側からは、長年の実験と教育で感情を完全に喪失した瞳をした大人たちが、僕をひとりの「人間」としてではなく、ただの「兵器」、あるいは「代えの利く便利な道具」として冷酷に見つめていた。
(今日からお前は、親にすら捨てられた名もなきゴミではない。この国の至宝、最高位魔導師『レリル』として育ててやる。幸運に感謝しろ)
突きつけられたその言葉は、祝福などではなく、未来永劫を縛り付ける呪いのような改名宣告だった。 「レリル」という名は、彼を一個の尊厳ある人間として認めるための呼び名などではなく、国が厳重に管理する「高出力の戦略魔導兵器」に割り振られた、ただのシリアルナンバーに過ぎなかったのだ。
絶望。 底の見えない、光の一筋も差さない真っ暗な孤独。 愛されることを、守られることを信じていた純粋な子供の心は、この瞬間、触れれば指が凍りつくような冷たい氷の塊へと変質した。
「なぜ、自分だけがこんな目に遭わなければならないのか」
「どうして、誰も助けてはくれないのか」
行き場を失った無数の問いが、ドロドロとした黒く濁った憎悪となって、小さな胸の中に一滴ずつ溜まっていく。
「は、ぁ……がはっ……、おえっ……!」
装置の不気味な振動がようやく止まり、僕は現実の冷たい石台の上に、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。 全身の毛穴から脂汗が吹き出し、麻痺した指先が自分の意思とは無関係に痙攣を繰り返している。
今、この目に、この脳に焼き付いたのは、紛れもなく「レリル」の記憶だ。あの大魔法使いとして世界に仇なし、恐れられた男の、血と泥に塗れた始まりの欠片。 親に売られ、人としての尊厳を無惨に剥ぎ取られ、「レリル」という冷たい記号を無理やり押し付けられた一人の子供。あんな風に世界中のすべてに裏切られたのなら、心を硬く閉ざして化け物になる以外、一体どうやってあの地獄を生き延びられたというのだろうか。
激痛の生々しい余韻と、今見た記憶のあまりの凄惨さに、胃の底から熱い吐き気がこみ上げてくる。 霞む視界の端で、鮮やかに輝く赤い魔石を重そうに抱えたヨハンが、冷たく立ち去っていく足音が遠くに聞こえた。彼はまだ知らない。自分が「見るだけで吐き気がする」と蔑んだその忌まわしい名前が、かつてどれほど無惨に元の名を奪われ、暴力的に上書きされた悲鳴の結果だったのかを。
僕は動かない体を丸め、凍える石の上でただ必死に、震える呼吸を繰り返した。 レリルの記憶は、決して消えない冷たい澱のように、僕の心の奥底に重く、重く沈み込んで離れなかった。
「あ、が……っ、あああああッ!!」
喉を掻き切るような悲鳴が、僕自身の意思とは無関係に溢れ出した。体内に淀んでいた膨大な魔力が、手首を固定する銀の枷を通じて、毛穴のひとつひとつから無理やり引き剥がされていく。それは血管の中に熱せられた沸騰した鉛を流し込まれ、逆流していくような、あるいは魂そのものを荒いやすりで削り取られるような、筆舌に尽くしがたい激痛だった。
だが、その狂おしいほどの苦痛が絶頂に達したとき、僕の悲鳴はプツリと唐突に途絶えた。
意識が遠のき、代わりに、湿った冷たい泥の匂いと、鼓膜を執拗に刺すような下卑た罵声が、僕の脳内に直接濁流となって流れ込んできた。
(……寒い、お腹が空いた。お父さん、お母さん、どこにいるの……?)
視界がぐらりと不自然に揺れる。やけに地面が近い。僕は、いつの間にか小さな子供の、それも地を這うような低い視点の中にいた。 目の前には、継ぎ接ぎだらけの薄汚れた服を纏った男女が二人、歪んだ笑みを浮かべて立っている。本来ならば僕を慈しみ、守ってくれるはずの両親。
けれど、その濁った瞳に宿っているのは、我が子への無償の愛などでは断じてなく、獲物を値踏みするような、卑屈で貪欲な「欲」そのものだった。
(ひひっ、見てくださいよ旦那様。このガキの内に秘めた魔流量、測り知れませんぜ! まさに掘り出し物の金鉱だ!)
(これだけの金があれば、私たち一生遊んで暮らせるわ! ほら、とっとと行きなさい! さっさとその汚い手を引き剥がすのよ!)
男が、僕の小さな背中を容赦ない力任せに突き飛ばした。抗う術を持たない小さな体は、無様に地面を何度も転がり、冷たい泥溜まりの中に顔を深く突っ込む。鼻をつく不快な土の匂い。膝を激しく擦りむいた熱い痛み。けれど、それ以上に「心」の奥底で、何かが修復不可能に千切れる鈍い音が聞こえた。
(……やだ、行きたくない。お母さん、お願い、手を離さないで。置いていかないで……)
震える手で泥にまみれながら母親の裾を掴もうとするが、女は汚い害虫でも見るような目でその手を無造作に振り払った。二人は、差し出されたずっしりと重たい金貨の袋を愛おしそうに抱え込むと、一度も振り返ることなく、歓喜に震えて笑いながら夜の闇の中へと消えていった。
残されたのは、巨大で冷徹な石造りの門の前に、ただ呆然と立ち尽くす小さな影ひとつ。門の向こう側からは、長年の実験と教育で感情を完全に喪失した瞳をした大人たちが、僕をひとりの「人間」としてではなく、ただの「兵器」、あるいは「代えの利く便利な道具」として冷酷に見つめていた。
(今日からお前は、親にすら捨てられた名もなきゴミではない。この国の至宝、最高位魔導師『レリル』として育ててやる。幸運に感謝しろ)
突きつけられたその言葉は、祝福などではなく、未来永劫を縛り付ける呪いのような改名宣告だった。 「レリル」という名は、彼を一個の尊厳ある人間として認めるための呼び名などではなく、国が厳重に管理する「高出力の戦略魔導兵器」に割り振られた、ただのシリアルナンバーに過ぎなかったのだ。
絶望。 底の見えない、光の一筋も差さない真っ暗な孤独。 愛されることを、守られることを信じていた純粋な子供の心は、この瞬間、触れれば指が凍りつくような冷たい氷の塊へと変質した。
「なぜ、自分だけがこんな目に遭わなければならないのか」
「どうして、誰も助けてはくれないのか」
行き場を失った無数の問いが、ドロドロとした黒く濁った憎悪となって、小さな胸の中に一滴ずつ溜まっていく。
「は、ぁ……がはっ……、おえっ……!」
装置の不気味な振動がようやく止まり、僕は現実の冷たい石台の上に、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。 全身の毛穴から脂汗が吹き出し、麻痺した指先が自分の意思とは無関係に痙攣を繰り返している。
今、この目に、この脳に焼き付いたのは、紛れもなく「レリル」の記憶だ。あの大魔法使いとして世界に仇なし、恐れられた男の、血と泥に塗れた始まりの欠片。 親に売られ、人としての尊厳を無惨に剥ぎ取られ、「レリル」という冷たい記号を無理やり押し付けられた一人の子供。あんな風に世界中のすべてに裏切られたのなら、心を硬く閉ざして化け物になる以外、一体どうやってあの地獄を生き延びられたというのだろうか。
激痛の生々しい余韻と、今見た記憶のあまりの凄惨さに、胃の底から熱い吐き気がこみ上げてくる。 霞む視界の端で、鮮やかに輝く赤い魔石を重そうに抱えたヨハンが、冷たく立ち去っていく足音が遠くに聞こえた。彼はまだ知らない。自分が「見るだけで吐き気がする」と蔑んだその忌まわしい名前が、かつてどれほど無惨に元の名を奪われ、暴力的に上書きされた悲鳴の結果だったのかを。
僕は動かない体を丸め、凍える石の上でただ必死に、震える呼吸を繰り返した。 レリルの記憶は、決して消えない冷たい澱のように、僕の心の奥底に重く、重く沈み込んで離れなかった。
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