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第1章
第26話:否定の残響
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塔から雪深い山道を下り、領主としての執務室へ戻る道中も、そして自室の机で山積みの書類を整理している今も、あの塔での苛立たしい光景がしつこく脳裏にこびりついて離れない。
「……目障りな。実に目障りだ」
ヨハンは忌々しげに吐き捨てると、握りしめていた羽ペンを乱暴に机へと叩きつけた。 魔物は、見つけ次第即座に殺すべき邪悪な対象である。それはストルムベルクの誇り高き血を引く者にとって、呼吸をするのと等しいほど当然の理であり、生存のための鉄則だった。背後から不意打ちを仕掛けてきた魔物を、戦士として反射的に排除した自分の行動に、一点の曇りも非などあるはずがないのだ。
だというのに、あの時のレリルの、魂が削れるような絶望に染まった顔が、執拗なまでに意識の奥底へ追いすがってくる。
(お願いですから、もう僕に関わらないで)
感情の色彩を完全に失った、氷のように冷え切った拒絶の声。 かつて王都で権勢を振るっていた頃のレリルであれば、傲慢に怒鳴り散らして不敬をなじるか、あるいは卑屈に命乞いをして喚き散らしたはずだ。
だが、先程あの静止した時の中で見た男は、そのどちらとも決定的に違っていた。縄で手首の肉を無残に裂き、ドロリとした鮮血を流しながら、ただただ必死に、凍りついた魔物の塊を壊れ物を扱うように抱きしめて、声を上げて泣いていた。
その姿はまるで、過酷な世界で唯一の家族を奪い去られた、寄る辺ない子供のようだった。
「……あんな、あんな顔をする男ではなかったはずだ」
王都から聞こえてくるレリルの噂は、いつだって冷酷非道で私欲にまみれ、人の心を解さぬ増長した魔導師という悪評ばかりだった。だが、あの閉ざされた塔の最上階で見た彼は、魔力抽出という正視に耐えぬ激痛にその身を晒され、あろうことか一羽の魔物のために、身を千切るような涙を流していたのだ。
そして、何よりも自分自身を許し難いのは、脳裏に幾度もちらつく、あの涙に濡れた儚い横顔だ。 月光を浴びた雪のように青白く透き通る肌。絶望の深淵を映し出したかのような瞳。 それを「綺麗だ」と、戦士である自分が一瞬でも感じてしまったことへの猛烈な嫌悪感が、さらに激しい苛立ちを加速させる。
「奴は大罪人だ。人の皮を被った化け物だ。魔物を庇う狂った男に過ぎない……」
自分に言い聞かせるように何度も呟いてみるが、言葉を重ねれば重ねるほど、胸の中には空虚な虚しさが募っていく。 奴をただの「魔石の生成装置」として、あるいは事務的な管理対象として処理すればいいだけなのに、なぜこれほどまでに心がざわつき、かき乱されるのか。
ヨハンはふと、塔へ赴く際にわざわざレリルのために用意させた、金色の蜂蜜が詰まった瓶を思い出した。 なぜ、あんなものを置いてきた。 ただの道具であり、家畜も同然の存在に、これほどまでの情をかける必要など微塵もなかったはずなのに。
「……次は、もう少しマシな食料を持たせてやるか。あんなに痩せこけて不健康な状態では、生成される魔石の質が落ちかねんからな」
そう、これはあくまで効率的な管理の一環であり、決して慈悲などではない。 自分自身へ執拗に言い訳を重ねながら、ヨハンは夜が更けるまで、消えることのない苛立ちと共に、ただ白々とした書類に向かい続けた。
「……目障りな。実に目障りだ」
ヨハンは忌々しげに吐き捨てると、握りしめていた羽ペンを乱暴に机へと叩きつけた。 魔物は、見つけ次第即座に殺すべき邪悪な対象である。それはストルムベルクの誇り高き血を引く者にとって、呼吸をするのと等しいほど当然の理であり、生存のための鉄則だった。背後から不意打ちを仕掛けてきた魔物を、戦士として反射的に排除した自分の行動に、一点の曇りも非などあるはずがないのだ。
だというのに、あの時のレリルの、魂が削れるような絶望に染まった顔が、執拗なまでに意識の奥底へ追いすがってくる。
(お願いですから、もう僕に関わらないで)
感情の色彩を完全に失った、氷のように冷え切った拒絶の声。 かつて王都で権勢を振るっていた頃のレリルであれば、傲慢に怒鳴り散らして不敬をなじるか、あるいは卑屈に命乞いをして喚き散らしたはずだ。
だが、先程あの静止した時の中で見た男は、そのどちらとも決定的に違っていた。縄で手首の肉を無残に裂き、ドロリとした鮮血を流しながら、ただただ必死に、凍りついた魔物の塊を壊れ物を扱うように抱きしめて、声を上げて泣いていた。
その姿はまるで、過酷な世界で唯一の家族を奪い去られた、寄る辺ない子供のようだった。
「……あんな、あんな顔をする男ではなかったはずだ」
王都から聞こえてくるレリルの噂は、いつだって冷酷非道で私欲にまみれ、人の心を解さぬ増長した魔導師という悪評ばかりだった。だが、あの閉ざされた塔の最上階で見た彼は、魔力抽出という正視に耐えぬ激痛にその身を晒され、あろうことか一羽の魔物のために、身を千切るような涙を流していたのだ。
そして、何よりも自分自身を許し難いのは、脳裏に幾度もちらつく、あの涙に濡れた儚い横顔だ。 月光を浴びた雪のように青白く透き通る肌。絶望の深淵を映し出したかのような瞳。 それを「綺麗だ」と、戦士である自分が一瞬でも感じてしまったことへの猛烈な嫌悪感が、さらに激しい苛立ちを加速させる。
「奴は大罪人だ。人の皮を被った化け物だ。魔物を庇う狂った男に過ぎない……」
自分に言い聞かせるように何度も呟いてみるが、言葉を重ねれば重ねるほど、胸の中には空虚な虚しさが募っていく。 奴をただの「魔石の生成装置」として、あるいは事務的な管理対象として処理すればいいだけなのに、なぜこれほどまでに心がざわつき、かき乱されるのか。
ヨハンはふと、塔へ赴く際にわざわざレリルのために用意させた、金色の蜂蜜が詰まった瓶を思い出した。 なぜ、あんなものを置いてきた。 ただの道具であり、家畜も同然の存在に、これほどまでの情をかける必要など微塵もなかったはずなのに。
「……次は、もう少しマシな食料を持たせてやるか。あんなに痩せこけて不健康な状態では、生成される魔石の質が落ちかねんからな」
そう、これはあくまで効率的な管理の一環であり、決して慈悲などではない。 自分自身へ執拗に言い訳を重ねながら、ヨハンは夜が更けるまで、消えることのない苛立ちと共に、ただ白々とした書類に向かい続けた。
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