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第1章
第25話:辺境伯の苛立ち
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塔の重厚な扉を背にし、愛馬に跨がった後も、胸の奥底で燻り続ける言いようのない苛立ちと不快感は、一向に収まる気配を見せなかった。 正直なところ、あの『レリル』という忌まわしき男をこの極北の領地で預かることは、いつ爆発するかも分からない災厄の種を懐に抱え込んでいるようなものであり、領主としては迷惑以外の何物でもない。
だが、凍てつく冬が長く、魔物の脅威に常に晒されるこの北の地を死守するためには、奴の体内に淀む膨大な魔力から生成される魔石の力は、もはや国家的な戦略資源として不可欠なのだ。だからこそ、生かさず殺さず、ただの魔力供給用の「装置」として、一ヶ月に一度、事務的に管理し続ければそれでいい。そう自分に言い聞かせ、割り切っていたはずだった。
魔物は、この地に住まう者にとって絶対的な憎悪の対象である。我がストルムベルク家が代々受け継いできた血統において、それは動かしようのない不変の理だ。 だからこそ、魔力抽出の儀式を終え、意識を朦朧とさせている奴の細い首に、逃亡防止用の鉄の首輪を冷徹にはめ直している最中、背後からあのカラス型の魔物が不気味に飛びかかってきたとき、戦士としての体が反射的に動いたのは、騎士として極めて正当な防衛反応だった。 一瞬で間合いを詰め、氷術の魔力によって生きたまま氷漬けにして仕留める。その判断にも、その一撃の鋭さにも、騎士として一点の非もない、完璧な行動のはずだった。
だというのに。
(……あの大罪人が見せたあの顔は、一体何なんだ)
太い縄が白い手首の肉に無慈悲に食い込み、そこから鮮血が止めどなく流れているのも構わず、必死に、狂ったようにあの魔物を抱きしめたレリルの姿。 あんな風に、まるで己の魂そのものが砕け散るのを嘆くかのように、ボロボロと大粒の涙を零しながら、絶望の色に染まりきった顔で醜い魔物に縋り付く人間など、これまでの苛烈な戦場でも一度として見たことがなかった。
「……チッ」
何より、自分自身の胸の内で激しく渦巻くこの苛立ちの正体は。 あろうことか、泣きじゃくる奴のその悲痛な横顔を、一瞬でも「綺麗だ」と感じてしまった、自分自身の心の決定的な揺らぎだった。 多くの民を苦しめ、国を破滅の淵へと追い込もうとした大罪人レリルに対して、一瞬でも同情や美しさを見出すなど、騎士として、そして領主としてあってはならない屈辱だ。 奴は、魔物という害獣を友と呼び、庇う狂人に過ぎない。そう何度も自分に言い聞かせ、心を鋼のように固めようとしても、あの絶望に濡れた瞳の残像が、網膜の裏側に焼き付いたまま離れようとしない。
「……気に食わん。何もかもが、徹底的に気に食わん」
苛立ちをぶつけるように馬の腹を強く蹴り、冬枯れの森を猛烈な勢いで駆け抜けながら、ヨハンは自分の中に芽生えてしまった拭い去れない「違和感」を、必死に、そして頑なに否定し続けていた。
だが、凍てつく冬が長く、魔物の脅威に常に晒されるこの北の地を死守するためには、奴の体内に淀む膨大な魔力から生成される魔石の力は、もはや国家的な戦略資源として不可欠なのだ。だからこそ、生かさず殺さず、ただの魔力供給用の「装置」として、一ヶ月に一度、事務的に管理し続ければそれでいい。そう自分に言い聞かせ、割り切っていたはずだった。
魔物は、この地に住まう者にとって絶対的な憎悪の対象である。我がストルムベルク家が代々受け継いできた血統において、それは動かしようのない不変の理だ。 だからこそ、魔力抽出の儀式を終え、意識を朦朧とさせている奴の細い首に、逃亡防止用の鉄の首輪を冷徹にはめ直している最中、背後からあのカラス型の魔物が不気味に飛びかかってきたとき、戦士としての体が反射的に動いたのは、騎士として極めて正当な防衛反応だった。 一瞬で間合いを詰め、氷術の魔力によって生きたまま氷漬けにして仕留める。その判断にも、その一撃の鋭さにも、騎士として一点の非もない、完璧な行動のはずだった。
だというのに。
(……あの大罪人が見せたあの顔は、一体何なんだ)
太い縄が白い手首の肉に無慈悲に食い込み、そこから鮮血が止めどなく流れているのも構わず、必死に、狂ったようにあの魔物を抱きしめたレリルの姿。 あんな風に、まるで己の魂そのものが砕け散るのを嘆くかのように、ボロボロと大粒の涙を零しながら、絶望の色に染まりきった顔で醜い魔物に縋り付く人間など、これまでの苛烈な戦場でも一度として見たことがなかった。
「……チッ」
何より、自分自身の胸の内で激しく渦巻くこの苛立ちの正体は。 あろうことか、泣きじゃくる奴のその悲痛な横顔を、一瞬でも「綺麗だ」と感じてしまった、自分自身の心の決定的な揺らぎだった。 多くの民を苦しめ、国を破滅の淵へと追い込もうとした大罪人レリルに対して、一瞬でも同情や美しさを見出すなど、騎士として、そして領主としてあってはならない屈辱だ。 奴は、魔物という害獣を友と呼び、庇う狂人に過ぎない。そう何度も自分に言い聞かせ、心を鋼のように固めようとしても、あの絶望に濡れた瞳の残像が、網膜の裏側に焼き付いたまま離れようとしない。
「……気に食わん。何もかもが、徹底的に気に食わん」
苛立ちをぶつけるように馬の腹を強く蹴り、冬枯れの森を猛烈な勢いで駆け抜けながら、ヨハンは自分の中に芽生えてしまった拭い去れない「違和感」を、必死に、そして頑なに否定し続けていた。
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