35 / 74
第1章
第34話:瞳に映る笑み
しおりを挟む
翌日。俺は自ら、厳選した大量の薪と、魔力の一切を介さずに確実な火を熾せる道具、そして火打石やマッチといった、この極北を生き延びるために必須の生活資材を抱えて再び塔へと踏み込んだ。
生活のすべてを贅沢な魔法で事足らせてきたはずの、王都の甘やかされた貴族が、不便な暖炉の正しい扱い方など知るはずがないのだ。
俺は困惑するレリルを暖炉の前に座らせると、まるで初陣を控えた新兵に生き残るための訓練を施すときのような、過剰なまでの厳格さで、薪の効率的な組み方から火の粉の適切な始末まで、一つ一つを徹底的にレクチャーし始めた。
「薪はとりあえず二ヶ月分を下の階に用意させたが、冬の深まりによっては足りなくなることもある。足りなくなる前に、早めに俺へ報告しろ。それから、定期的に窓を開けて換気を怠るな。煙を吸いすぎれば寝ている間に死ぬぞ、いいな? わかっているのか? それと、夜通し無闇に燃やし続けるのは薪の無駄だ。寝る前には……」
レリルは、俺の吐き出す言葉を一つも漏らさぬように、真剣そのものの眼差しでこちらを見つめ、聞き入っていた。 そのひたむきな姿、そして俺の言葉に頼り切っている危うい様子を見ていると、もっと教えなければ、もっと安全を完璧に確保しなければという義務感に似た思いが、止まることなく溢れ出した。気づけば、俺は自分でも驚くほど饒舌になり、もはや「過保護」と言われても否定できないほど細かく、火の扱いの注意点を並べ立て、語り続けていた。
「……ふふっ」
その時、止まることのない俺の説教を遮るようにして、レリルが思わずといった様子で、喉の奥から小さく柔らかな笑みを漏らした。
俺は、その瞬間、すべての思考と筋肉が凍りついたように言葉を失った。
向けられたのは、王都で見せていたあの鼻持ちならない嘲笑でもなく、こちらを伺うような卑屈な笑みでもなかった。春の陽光を浴びた残雪のように穏やかで、どこか一点の曇りもない清らかな、心からの笑みだったのだ。
そのあまりに純粋な表情を、至近距離でまともに見てしまった瞬間、俺の頭の中は真っ白な灰へと塗りつぶされた。
胸の奥がぎゅっと締め付けられるように熱くなり、どうしようもなく、彼の存在そのものに視線を釘付けにされてしまう。
「……? 辺境伯様、どうかしましたか? 私の顔に、何かついていますか?」
彼が不思議そうに首を小さく傾げたとき、俺はようやく地獄の底から引き戻されるように我に返った。
自分が、今まさに、この憎むべき大罪人をあろうことか「綺麗だ」と認め、魂を奪われるように見惚れていたことに気づき、全身の血が激しく逆流するような強烈な羞恥と動揺に陥った。
「……とにかく、今教えた通りにしろ! 俺は多忙だ、すぐに行く!」
俺は奴の返事も待たず、乱暴に床を蹴って立ち上がった。 なぜか耳のあたりが、直火に炙られているかのように熱くてたまらない。
自分がその後、どうやって説明を強引に切り上げ、どのような無様な足取りで屋敷まで馬を飛ばして帰り着いたのか。
その後、自室で一人、どれほど自分の制御不能な動揺を呪いながら、冷えた酒を煽って過ごしたのか――。思い出すだけで、自分自身への苛立ちが募るばかりだった。
生活のすべてを贅沢な魔法で事足らせてきたはずの、王都の甘やかされた貴族が、不便な暖炉の正しい扱い方など知るはずがないのだ。
俺は困惑するレリルを暖炉の前に座らせると、まるで初陣を控えた新兵に生き残るための訓練を施すときのような、過剰なまでの厳格さで、薪の効率的な組み方から火の粉の適切な始末まで、一つ一つを徹底的にレクチャーし始めた。
「薪はとりあえず二ヶ月分を下の階に用意させたが、冬の深まりによっては足りなくなることもある。足りなくなる前に、早めに俺へ報告しろ。それから、定期的に窓を開けて換気を怠るな。煙を吸いすぎれば寝ている間に死ぬぞ、いいな? わかっているのか? それと、夜通し無闇に燃やし続けるのは薪の無駄だ。寝る前には……」
レリルは、俺の吐き出す言葉を一つも漏らさぬように、真剣そのものの眼差しでこちらを見つめ、聞き入っていた。 そのひたむきな姿、そして俺の言葉に頼り切っている危うい様子を見ていると、もっと教えなければ、もっと安全を完璧に確保しなければという義務感に似た思いが、止まることなく溢れ出した。気づけば、俺は自分でも驚くほど饒舌になり、もはや「過保護」と言われても否定できないほど細かく、火の扱いの注意点を並べ立て、語り続けていた。
「……ふふっ」
その時、止まることのない俺の説教を遮るようにして、レリルが思わずといった様子で、喉の奥から小さく柔らかな笑みを漏らした。
俺は、その瞬間、すべての思考と筋肉が凍りついたように言葉を失った。
向けられたのは、王都で見せていたあの鼻持ちならない嘲笑でもなく、こちらを伺うような卑屈な笑みでもなかった。春の陽光を浴びた残雪のように穏やかで、どこか一点の曇りもない清らかな、心からの笑みだったのだ。
そのあまりに純粋な表情を、至近距離でまともに見てしまった瞬間、俺の頭の中は真っ白な灰へと塗りつぶされた。
胸の奥がぎゅっと締め付けられるように熱くなり、どうしようもなく、彼の存在そのものに視線を釘付けにされてしまう。
「……? 辺境伯様、どうかしましたか? 私の顔に、何かついていますか?」
彼が不思議そうに首を小さく傾げたとき、俺はようやく地獄の底から引き戻されるように我に返った。
自分が、今まさに、この憎むべき大罪人をあろうことか「綺麗だ」と認め、魂を奪われるように見惚れていたことに気づき、全身の血が激しく逆流するような強烈な羞恥と動揺に陥った。
「……とにかく、今教えた通りにしろ! 俺は多忙だ、すぐに行く!」
俺は奴の返事も待たず、乱暴に床を蹴って立ち上がった。 なぜか耳のあたりが、直火に炙られているかのように熱くてたまらない。
自分がその後、どうやって説明を強引に切り上げ、どのような無様な足取りで屋敷まで馬を飛ばして帰り着いたのか。
その後、自室で一人、どれほど自分の制御不能な動揺を呪いながら、冷えた酒を煽って過ごしたのか――。思い出すだけで、自分自身への苛立ちが募るばかりだった。
2
あなたにおすすめの小説
お決まりの悪役令息は物語から消えることにします?
麻山おもと
BL
愛読していたblファンタジーものの漫画に転生した主人公は、最推しの悪役令息に転生する。今までとは打って変わって、誰にも興味を示さない主人公に周りが関心を向け始め、執着していく話を書くつもりです。
姉の聖女召喚に巻き込まれた無能で不要な弟ですが、ほんものの聖女はどうやら僕らしいです。気付いた時には二人の皇子に完全包囲されていました
彩矢
BL
20年ほど昔に書いたお話しです。いろいろと拙いですが、あたたかく見守っていただければ幸いです。
姉の聖女召喚に巻き込まれたサク。無実の罪を着せられ処刑される寸前第4王子、アルドリック殿下に助け出さる。臣籍降下したアルドリック殿下とともに不毛の辺境の地へと旅立つサク。奇跡をおこし、隣国の第2皇子、セドリック殿下から突然プロポーズされる。
悪役の僕 何故か愛される
いもち
BL
BLゲーム『恋と魔法と君と』に登場する悪役 セイン・ゴースティ
王子の魔力暴走によって火傷を負った直後に自身が悪役であったことを思い出す。
悪役にならないよう、攻略対象の王子や義弟に近寄らないようにしていたが、逆に構われてしまう。
そしてついにゲーム本編に突入してしまうが、主人公や他の攻略対象の様子もおかしくて…
ファンタジーラブコメBL
不定期更新
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】
リトルグラス
BL
人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。
転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。
しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。
ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す──
***
第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20)
**
【第一部・完結】毒を飲んだマリス~冷徹なふりして溺愛したい皇帝陛下と毒親育ちの転生人質王子が恋をした~
蛮野晩
BL
マリスは前世で毒親育ちなうえに不遇の最期を迎えた。
転生したらヘデルマリア王国の第一王子だったが、祖国は帝国に侵略されてしまう。
戦火のなかで帝国の皇帝陛下ヴェルハルトに出会う。
マリスは人質として帝国に赴いたが、そこで皇帝の弟(エヴァン・八歳)の世話役をすることになった。
皇帝ヴェルハルトは噂どおりの冷徹な男でマリスは人質として不遇な扱いを受けたが、――――じつは皇帝ヴェルハルトは戦火で出会ったマリスにすでにひと目惚れしていた!
しかもマリスが帝国に来てくれて内心大喜びだった!
ほんとうは溺愛したいが、溺愛しすぎはかっこよくない……。苦悩する皇帝ヴェルハルト。
皇帝陛下のラブコメと人質王子のシリアスがぶつかりあう。ラブコメvsシリアスのハッピーエンドです。
俺の婚約者は悪役令息ですか?
SEKISUI
BL
結婚まで後1年
女性が好きで何とか婚約破棄したい子爵家のウルフロ一レン
ウルフローレンをこよなく愛する婚約者
ウルフローレンを好き好ぎて24時間一緒に居たい
そんな婚約者に振り回されるウルフローレンは突っ込みが止まらない
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる