34 / 208
第1章
第33話:か弱き者の真実
しおりを挟む
魔法をかけるふりというあまりに稚拙な芝居は、ものの数秒で終わった。 だが、目的を果たしたはずなのに、俺はどうしてもその場から一歩も離れることができなかった。背中を向けたまま、耐えがたい寒さと衰弱のせいか小刻みに震えているレリルの薄い肩を見つめていると、喉の奥がじりじりと熱くなるような、得体の知れない妙な感覚に襲われる。
何か言わなければ。だが、何を言えばいいのか。不器用な己の語彙の中には、この状況に相応しい言葉など一つも見当たらなかった。 あまりに長い沈黙に耐えかねたのだろう、レリルが不安げに、そして不審そうに、恐る恐る肩越しにこちらを振り返った。潤んだその瞳と視線が真正面からぶつかった瞬間、俺は考えるより先に、咄嗟に言葉を絞り出していた。
「……何か、不便なことはないか。……この生活で、足りないものがあるなら言え」
「え……?」
レリルは、まるで信じがたい怪物でも見たかのように、その大きな目を丸くした。 そして、何かを迷うように視線を泳がせ、何度も唇を戦慄かせた後、今にも消え入りそうな細い声で、ようやく胸の内を打ち明けてきたのだ。
「……火が、使えなくて……困っています。用意されていた火をつけられる道具は全て魔力が必要で…灯りも、暖を取る術も……何もないんです」
「何だと……? 火だと……!?」
その言葉は、俺にとってあまりに強烈な衝撃だった。 驚きのあまり、俺は無意識に険しい顔で眉間に深い皺を寄せ、唸るような声を漏らしてしまった。するとレリルは、俺が要求に激怒したのだと酷く勘違いしたのか、怯えた小動物のように目に見えて身を竦め、必死に謝罪の言葉を口にした。
「す、すみません! 余計なことを言いました……! 無理を言ってすみません……!」
「謝るな! 貴様……火なしで、今までどうやってこの一か月を、この暗闇の中で生活していたというのだ!」
決して声を荒らげるつもりはなかった。だが、胸中を占めたのは怒りではなく、烈火のような驚愕だった。 この塔に幽閉されてから一ヶ月。奴は一度も温もりを知らず、凍えるような冷水で身体を拭い、岩のように固く凍てついたパンをそのまま噛み砕いて今日まで命を繋いできたというのか。
魔法を自在に操り、王都で権勢を誇っていた頃のレリルは、いつだって冷酷で凶悪、他者を塵芥のように踏み躙るような傲慢な表情ばかりを浮かべていた。だが、目の前で今にも折れそうなほど縮こまっているこの男は、魔法という牙をもぎ取られた途端、火一つ熾すことさえできずに静かに死にかけている。 これほどまでにか弱く、脆く、指先一つで壊れてしまいそうな危うい存在だったのか。
腹の底から、今まで三十余年の人生で一度も感じたことのない、烈火のごとき激しい「庇護欲」が湧き上がるのを自覚した。放っておけば、この男は本当に、誰にも看取られることなく、この暗く冷たい塔の中で静かに消えてしまう。そんなことは、断じて許されない。
「……分かった。明日にでも、魔力に頼らずとも火が使える道具を、俺が責任を持って準備しよう。」
俺はそれだけを強引に告げると、一刻も早くレリルが暖を取れる手段を整えるため、そして己の胸の内の激しい動揺を悟られぬよう、逃げるようにそそくさと塔を後にした。
何か言わなければ。だが、何を言えばいいのか。不器用な己の語彙の中には、この状況に相応しい言葉など一つも見当たらなかった。 あまりに長い沈黙に耐えかねたのだろう、レリルが不安げに、そして不審そうに、恐る恐る肩越しにこちらを振り返った。潤んだその瞳と視線が真正面からぶつかった瞬間、俺は考えるより先に、咄嗟に言葉を絞り出していた。
「……何か、不便なことはないか。……この生活で、足りないものがあるなら言え」
「え……?」
レリルは、まるで信じがたい怪物でも見たかのように、その大きな目を丸くした。 そして、何かを迷うように視線を泳がせ、何度も唇を戦慄かせた後、今にも消え入りそうな細い声で、ようやく胸の内を打ち明けてきたのだ。
「……火が、使えなくて……困っています。用意されていた火をつけられる道具は全て魔力が必要で…灯りも、暖を取る術も……何もないんです」
「何だと……? 火だと……!?」
その言葉は、俺にとってあまりに強烈な衝撃だった。 驚きのあまり、俺は無意識に険しい顔で眉間に深い皺を寄せ、唸るような声を漏らしてしまった。するとレリルは、俺が要求に激怒したのだと酷く勘違いしたのか、怯えた小動物のように目に見えて身を竦め、必死に謝罪の言葉を口にした。
「す、すみません! 余計なことを言いました……! 無理を言ってすみません……!」
「謝るな! 貴様……火なしで、今までどうやってこの一か月を、この暗闇の中で生活していたというのだ!」
決して声を荒らげるつもりはなかった。だが、胸中を占めたのは怒りではなく、烈火のような驚愕だった。 この塔に幽閉されてから一ヶ月。奴は一度も温もりを知らず、凍えるような冷水で身体を拭い、岩のように固く凍てついたパンをそのまま噛み砕いて今日まで命を繋いできたというのか。
魔法を自在に操り、王都で権勢を誇っていた頃のレリルは、いつだって冷酷で凶悪、他者を塵芥のように踏み躙るような傲慢な表情ばかりを浮かべていた。だが、目の前で今にも折れそうなほど縮こまっているこの男は、魔法という牙をもぎ取られた途端、火一つ熾すことさえできずに静かに死にかけている。 これほどまでにか弱く、脆く、指先一つで壊れてしまいそうな危うい存在だったのか。
腹の底から、今まで三十余年の人生で一度も感じたことのない、烈火のごとき激しい「庇護欲」が湧き上がるのを自覚した。放っておけば、この男は本当に、誰にも看取られることなく、この暗く冷たい塔の中で静かに消えてしまう。そんなことは、断じて許されない。
「……分かった。明日にでも、魔力に頼らずとも火が使える道具を、俺が責任を持って準備しよう。」
俺はそれだけを強引に告げると、一刻も早くレリルが暖を取れる手段を整えるため、そして己の胸の内の激しい動揺を悟られぬよう、逃げるようにそそくさと塔を後にした。
133
あなたにおすすめの小説
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
すべてはあなたを守るため
高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです
転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】
リトルグラス
BL
人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。
転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。
しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。
ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す──
***
第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20)
**
イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした
和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。
そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。
* 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵
* 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
神子の余分
朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。
おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。
途中、長く中断致しましたが、完結できました。最後の部分を修正しております。よければ読み直してみて下さい。
【8話完結】いじめられっ子だった僕が、覚醒したら騎士団長に求愛されました
キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。
けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。
そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。
なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」
それが、すべての始まりだった。
あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。
僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。
だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。
過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。
これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。
全8話。
あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる