嘘つき王と影の騎士

篠雨

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第2章:献身と解凍

第44話:逆鱗の咆哮

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「……セシル、今、何と言いました?」

 アルヴィスの声が、低く、地鳴りのように静まり返ったリビングの空気を震わせた。
 先ほどまで彼を覆っていた「後悔」の暗い影は、一瞬にして、セシルを射抜くような鋭い「憤怒」へと変質していた。

 アルヴィスは椅子から立ち上がり、一歩、また一歩とセシルの方へ詰め寄ってくる。その圧倒的な体躯が落とす影に、セシルは呼吸が浅くなり、長椅子の端へと身体をすくませた。壁際まで追い詰められ、逃げ場はない。

「……本当のことだろう? 君の人生を奪って、私は……。私は君に、かつての忠義を利用して、こんな惨めな……」

「黙れ!!」

 部屋中の空気が震えるほどの、凄まじい怒号だった。
 セシルは驚愕して、弾かれたように顔を上げた。目の前に立つアルヴィスの顔は、これまで見たどの表情よりも恐ろしく、それでいて、今にも泣き出しそうなほど激しく歪んでいた。

「私の人生を奪った? お荷物!? ……ふざけるな! 貴方は、自分がどれほど傲慢なことを言っているか分かっているのか!」

「……っ、傲慢……?」

「そうだ! 私がどれほどの絶望で、あの雪山から貴方を連れ戻したと思っている! 貴方がこうして私の前で息をしていることが、私にとってどれほどの奇跡か、一瞬でも考えたことがあるのか!」

 アルヴィスはセシルの両肩を掴み、狂わんばかりの力で揺さぶった。骨が軋むほどの痛み。けれど、それ以上に彼の瞳から溢れ出す、やり場のない「情熱」と「痛み」に、セシルは言葉を失った。

「……だって、君はあんなに、苦しそうな顔をしていたじゃないか。……私がいなければ、アルヴィスはもっと自由で……」 

「その苦しみは、貴方への怒りではない! 貴方を独りにし、傷つくのを許してしまった……俺自身への、そして貴方を傷つけた世界への怒りだと言っているんだ!」

 初めての、対等な「言い合い」だった。
 これまでの一方的な介抱と、それを受け入れるだけの受動的な関係ではない。互いの感情が、逃げ場のない狭い空間で真っ向から激突している。

「二度と……二度と、そんな言葉を口にするな。貴方が自分を価値がないと言うたびに、私は自分の心臓を、貴方自身の手で抉り取られるような思いがするんだ! 私にとって貴方の価値は、魔力があるとか、王であるとか、そんな安っぽいもので決まるのではない!」

 肩を掴むアルヴィスの指が、小刻みに震えている。
 セシルは、彼の怒りの正体に触れ、愕然とした。

 彼はセシルが重荷だから苦しんでいたのではない。セシルが自分を「不要なもの」として扱うことが、彼にとってはどんな裏切りよりも残酷な仕打ち——あの日「心中しろ」と突き放した自分と同じ過ちを、今度はセシル自身が自分に向けていることへの、耐えがたい悲鳴だったのだ。

「……アルヴィス……私は……」

 言い返そうとしたセシルの唇は、言葉を紡ぐ暇も与えられないまま、アルヴィスの激しい吐息と、剥き出しの独占欲に飲み込まれようとしていた。
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