55 / 86
第3章:氷解のゆりかご
第53話:存在の肯定、存在の証明
しおりを挟む
アルヴィスはセシルの手を握ったまま、その瞳をじっと見つめ返した。そこにはもう、セシルを威圧するような騎士の鋭さはなく、ただ一人の男としての、祈るような静謐さがあった。
「……セシル。貴方は、魔力を失った自分には価値がないと言った。民に『偽物』と罵られたことを、誰よりも貴方自身が、真実だと思い込もうとしている」
図星を指され、セシルはびくりと肩を揺らした。二十年間、己の内に秘めた呪術の痛みと、民に見せてきた「魔力」という名の光。そのギャップに誰よりも苦しみ、嘘が暴かれた瞬間に「自分は空っぽになった」と信じて疑わなかった。
「だが、私にとっては逆だ」
アルヴィスの声が、セシルの鼓膜を優しく揺らす。
「魔力という奇跡の衣を剥ぎ取られ、王冠を捨て、たった一人の人間として私の前にいる……今の貴方が、私は何よりも愛おしい」
「……っ、そんなはず、ないだろう……! 私はもう、君に何も……恩返しも、利益も、何も返してあげられないのに……!」
「何もいらないと言っているんだ、セシル!」
遮るようなアルヴィスの強い言葉に、セシルは息を呑んだ。
「貴方が私のために何かを成す必要も、何かの役に立つ必要もない。……ただ、明日も目を開け、私の隣で呼吸をしていてくれれば、それでいい。貴方が、貴方であればいいんだ」
——貴方が、貴方であればいい。
その言葉は、セシルの二十年を全否定し、同時に全肯定するものだった。
国を背負わなくていい。奇跡を起こさなくていい。身を削って誰かの身代わりにならなくていい。ただ、この世に存在していること。それ自体が「価値」なのだと、アルヴィスは断言したのだ。
「誰が貴方を嘘つきだと呼ぼうと、私は貴方が流してきた本物の血を知っている。誰が貴方を無力だと笑おうと、私は貴方が守ろうとしたものの気高さを知っている。……世界中が貴方を否定しても、私が貴方を肯定する。私が、貴方の存在の証明になる」
アルヴィスの大きな手が、セシルの頬を包み込む。その親指が、今も止まらないセシルの涙を、壊れ物に触れるような仕草で拭った。
「もう自分を責めないでくれ。……自分を、お荷物だなんて呼ばないでくれ。貴方が生きているだけで、私は……救われているんだから」
アルヴィスの瞳に、一筋の光が溜まり、こぼれ落ちた。
それは、忠誠でも憐れみでもない。一人の男が、愛しい人の生を心から願い、その存在を寿ぐための、純粋な祈りの涙だった。
セシルは、自分の内側で何かが崩れ落ちる音を聞いた。
二十年間、自分を縛り付けていた「王としての責任」という名の重い鎖が、アルヴィスの涙の熱によって、今、静かに溶け始めていた。
「……あ、……ぁ……っ」
喉の奥から、嗚咽(おえつ)が漏れる。
初めて、自分が「生きていてもいいのだ」という許しを得た。
何者でもない、空っぽなはずの自分を、この男がまるごと受け止めてくれた。
セシルは震える唇を噛み締め、視界が滲む中、アルヴィスの顔を食い入るように見つめた。その表情に一切の嘘がないことを悟った瞬間、彼の凍てついた世界に、本物の春が訪れようとしていた。
「……セシル。貴方は、魔力を失った自分には価値がないと言った。民に『偽物』と罵られたことを、誰よりも貴方自身が、真実だと思い込もうとしている」
図星を指され、セシルはびくりと肩を揺らした。二十年間、己の内に秘めた呪術の痛みと、民に見せてきた「魔力」という名の光。そのギャップに誰よりも苦しみ、嘘が暴かれた瞬間に「自分は空っぽになった」と信じて疑わなかった。
「だが、私にとっては逆だ」
アルヴィスの声が、セシルの鼓膜を優しく揺らす。
「魔力という奇跡の衣を剥ぎ取られ、王冠を捨て、たった一人の人間として私の前にいる……今の貴方が、私は何よりも愛おしい」
「……っ、そんなはず、ないだろう……! 私はもう、君に何も……恩返しも、利益も、何も返してあげられないのに……!」
「何もいらないと言っているんだ、セシル!」
遮るようなアルヴィスの強い言葉に、セシルは息を呑んだ。
「貴方が私のために何かを成す必要も、何かの役に立つ必要もない。……ただ、明日も目を開け、私の隣で呼吸をしていてくれれば、それでいい。貴方が、貴方であればいいんだ」
——貴方が、貴方であればいい。
その言葉は、セシルの二十年を全否定し、同時に全肯定するものだった。
国を背負わなくていい。奇跡を起こさなくていい。身を削って誰かの身代わりにならなくていい。ただ、この世に存在していること。それ自体が「価値」なのだと、アルヴィスは断言したのだ。
「誰が貴方を嘘つきだと呼ぼうと、私は貴方が流してきた本物の血を知っている。誰が貴方を無力だと笑おうと、私は貴方が守ろうとしたものの気高さを知っている。……世界中が貴方を否定しても、私が貴方を肯定する。私が、貴方の存在の証明になる」
アルヴィスの大きな手が、セシルの頬を包み込む。その親指が、今も止まらないセシルの涙を、壊れ物に触れるような仕草で拭った。
「もう自分を責めないでくれ。……自分を、お荷物だなんて呼ばないでくれ。貴方が生きているだけで、私は……救われているんだから」
アルヴィスの瞳に、一筋の光が溜まり、こぼれ落ちた。
それは、忠誠でも憐れみでもない。一人の男が、愛しい人の生を心から願い、その存在を寿ぐための、純粋な祈りの涙だった。
セシルは、自分の内側で何かが崩れ落ちる音を聞いた。
二十年間、自分を縛り付けていた「王としての責任」という名の重い鎖が、アルヴィスの涙の熱によって、今、静かに溶け始めていた。
「……あ、……ぁ……っ」
喉の奥から、嗚咽(おえつ)が漏れる。
初めて、自分が「生きていてもいいのだ」という許しを得た。
何者でもない、空っぽなはずの自分を、この男がまるごと受け止めてくれた。
セシルは震える唇を噛み締め、視界が滲む中、アルヴィスの顔を食い入るように見つめた。その表情に一切の嘘がないことを悟った瞬間、彼の凍てついた世界に、本物の春が訪れようとしていた。
6
あなたにおすすめの小説
ハッピーライフのために地味で根暗な僕がチャラ男会計になるために
ミカン
BL
地味で根暗な北斗が上手く生きていくために王道学園でチャラ男会計になる話
※主人公へのいじめ描写ありのため苦手な方は閲覧ご注意下さい。
俺が王太子殿下の専属護衛騎士になるまでの話。
黒茶
BL
超鈍感すぎる真面目男子×謎多き親友の異世界ファンタジーBL。
※このお話だけでも読める内容ですが、
同じくアルファポリスさんで公開しております
「乙女ゲームの難関攻略対象をたぶらかしてみた結果。」
と合わせて読んでいただけると、
10倍くらい楽しんでいただけると思います。
同じ世界のお話で、登場人物も一部再登場したりします。
魔法と剣で戦う世界のお話。
幼い頃から王太子殿下の専属護衛騎士になるのが夢のラルフだが、
魔法の名門の家系でありながら魔法の才能がイマイチで、
家族にはバカにされるのがイヤで夢のことを言いだせずにいた。
魔法騎士になるために魔法騎士学院に入学して出会ったエルに、
「魔法より剣のほうが才能あるんじゃない?」と言われ、
二人で剣の特訓を始めたが、
その頃から自分の身体(主に心臓あたり)に異変が現れ始め・・・
これは病気か!?
持病があっても騎士団に入団できるのか!?
と不安になるラルフ。
ラルフは無事に専属護衛騎士になれるのか!?
ツッコミどころの多い攻めと、
謎が多いながらもそんなラルフと一緒にいてくれる頼りになる受けの
異世界ラブコメBLです。
健全な全年齢です。笑
マンガに換算したら全一巻くらいの短めのお話なのでさくっと読めると思います。
よろしくお願いします!
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
死に戻り騎士は愛のために願う 〜10回だけの奇跡〜
湯川岳
BL
「一生苦しむがいい。その呪いは俺からのプレゼントだ」
幼い頃に出会った友から呪いを貰ってしまったユーリ。
時は流れ、シューベルト家次男のアルトを追って騎士団に入隊をし、副団長まで上り詰めたユーリ。
毎日アルトの世話をしていく内に心惹かれていく。
「キスしてみろよ。それでオレが嫌じゃなければ……考えてやってもいい」
ユーリはアルトに口付けをする。そして呪いがこの時を待っていたかのように発動してしまった。
意識が乗っ取られ、目を覚ませばそこにあったはずの幸せは鮮やかな赤で染まっていた。
その日を境に始まったのは、暗くて長い道のりだった。
※アルト編、ユーリ編。どちらから先に読まれても大丈夫です。
エンディング異なります。それもお楽しみ頂けたら幸いです。
※最後はハッピーエンド確定。4話までだいぶ暗めの話なので苦手な方はお気をつけ下さい。
※タイトル変えてみました。
旧:死に戻り騎士の願い
表紙素材:ぱくたそ
『聖クロノア学院恋愛譚 』記憶を失ったベータと王族アルファ、封印された過去が愛を試すまで
るみ乃。
BL
聖クロノア学院で、記憶と感情が静かに交差する。
「君の中の、まだ知らない“俺”に、触れたかった」
記憶を失ったベータの少年・ユリス。
彼の前に現れたのは、王族の血を引くアルファ・レオンだった。
封じられた記憶。
拭いきれない心の傷。
噛み合わない言葉と、すれ違う想い。
謎に包まれた聖クロノア学院のなかで、
ふたりの距離は、近づいては揺れ、また離れていく。
触れたいのに、触れられない。
心を開けば、過去が崩れてしまう。
それでも彼らは、確かめずにはいられなかった。
――やがて、学院の奥底に眠る真実が、静かに目を覚ます。
過去と向き合い、誰かと繋がることでしか見えない未来がある。
許し、選びなおし、そしてささやかな祈り。
孤独だった少年たちは、いつしか「願い」を知っていく。
これは、ふたりの愛の物語であると同時に、
誰かの傷が、誰かの救いへと変わっていく物語。
運命に抗うのは、誰か。
未来を選ぶのは、誰なのか。
優しさと痛みが交差する場所で、物語は紡がれる。
聖女の兄で、すみません!
たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。
三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。
そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。
BL。ラブコメ異世界ファンタジー。
オレにだけ「ステイタス画面」っていうのが見える。
黒茶
BL
人気者だけど実は人間嫌いの嘘つき先輩×素直すぎる後輩の
(本人たちは気づいていないが実は乙女ゲームの世界である)
異世界ファンタジーラブコメ。
魔法騎士学院の2年生のクラウスの長所であり短所であるところは、
「なんでも思ったことを口に出してしまうところ。」
そして彼の秘密は、この学院内の特定の人物の個人情報が『ステータス画面』というもので見えてしまうこと。
魔法が存在するこの世界でもそんな魔法は聞いたことがないのでなんとなく秘密にしていた。
ある日、ステータス画面がみえている人物の一人、5年生のヴァルダー先輩をみかける。
彼はいつも人に囲まれていて人気者だが、
そのステータス画面には、『人間嫌い』『息を吐くようにウソをつく』
と書かれていたので、うっかり
「この先輩、人間嫌いとは思えないな」
と口に出してしまったら、それを先輩に気付かれてしまい・・・!?
この作品はこの1作品だけでも読むことができますが、
同じくアルファポリスさんで公開させていただいております、
「乙女ゲームの難関攻略対象をたぶらかしてみた結果。」
「俺が王太子殿下の専属護衛騎士になるまでの話。」
とあわせて「乙女ゲー3部作」となっております。(だせぇ名前だ・・・笑)
キャラクターや舞台がクロスオーバーなどしておりますので、
そちらの作品と合わせて読んでいただけたら10倍くらい美味しい設定となっております。
全年齢対象です。
BLに慣れてない方でも読みやすいかと・・・
ぜひよろしくお願いします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる