嘘つき王と影の騎士

篠雨

文字の大きさ
75 / 86
第4章

第73話:新たな夢

しおりを挟む
  嵐のような涙の夜が明け、セシルの心には、これまでにない静かな闘志が宿っていた。

 朝の光が差し込むキッチンで、セシルは昨日ネルソンさんの家族から贈られた野花を小さな瓶に生け、それを見つめながら口を開いた。

「アルヴィス。僕、薬師になろうと思う」

 朝食の準備をしていたアルヴィスの手が、一瞬止まった。彼は振り返り、セシルの顔をじっと見つめる。その瞳には驚きと、そしてどこか予感していたような複雑な色が混じっていた。

「……趣味としてではなく、本格的に、ということですか」

「うん。この街にはちゃんとした医者がいないだろう? みんな遠くの街まで馬車を出している。僕が持っている知識があれば、少なくともこの近所の人たちの助けにはなれるはずだ」

 セシルは自分の両手を見つめた。かつて奇跡を演じるためだけに白く保たれていた指先。今は、薬草をすり潰した時の淡い緑色の染みが残っている。

「僕は二十四年間、誰かが決めた役割を演じるためだけに生きてきた。でも、これからは自分の意志で、誰かの隣に立ちたいんだ。魔法でも呪術でもない、自分の手で作り出した薬で、誰かの痛みを和らげたい」

 それは、セシルが生まれて初めて口にした「自分の未来」への希望だった。

 アルヴィスは、セシルの言葉を咀嚼するように黙り込んでいた。彼の本心としては、セシルにはただ安全な家の中で、自分の庇護の下で穏やかに笑っていてほしいという願いがある。外に出れば、また誰かに利用されるのではないか、その美しい容姿が災いするのではないか――。そんな騎士としての、そして恋人としての独占欲が胸をかすめる。

「……セシル。それは、貴方の体がまた削られることにはなりませんか? 王宮にいた頃のように、自分を後回しにして、誰かのために命を削るような……」

「アルヴィス」

 セシルは立ち上がり、アルヴィスの大きな手を両手で包み込んだ。

「今度は違うよ。僕が僕でいるために、やるんだ。誰かに強いられたんじゃない。僕が、やりたいんだ。……君に守ってもらうだけじゃなく、僕も君が愛したこの街を、自分の力で守れるようになりたい」

 セシルの真っ直ぐな瞳に、アルヴィスはついに降参したように溜息をついた。けれど、その溜息はどこか誇らしげで、温かい。

「……貴方がそう言うのなら、私に止める権利はありません。ただ、条件があります」

「条件?」

「無理は絶対にしないこと。そして、私が貴方の最大の助手であり、護衛であることを忘れないでください」

 アルヴィスがふっと笑う。その笑顔に、セシルもパッと表情を明るくした。

「もちろん! アルヴィスがいなきゃ、重い薬草の袋も運べないし、怖い顔をして患者さんを整列させることもできないからね」

「……最後のは余計です」

 二人の間に、柔らかな笑い声が響く。

 それは、過去の清算を終え、対等なパートナーとして新しい人生の一歩を踏み出す、希望に満ちた朝の光景だった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

ハッピーライフのために地味で根暗な僕がチャラ男会計になるために

ミカン
BL
地味で根暗な北斗が上手く生きていくために王道学園でチャラ男会計になる話 ※主人公へのいじめ描写ありのため苦手な方は閲覧ご注意下さい。

俺が王太子殿下の専属護衛騎士になるまでの話。

黒茶
BL
超鈍感すぎる真面目男子×謎多き親友の異世界ファンタジーBL。 ※このお話だけでも読める内容ですが、 同じくアルファポリスさんで公開しております 「乙女ゲームの難関攻略対象をたぶらかしてみた結果。」 と合わせて読んでいただけると、 10倍くらい楽しんでいただけると思います。 同じ世界のお話で、登場人物も一部再登場したりします。 魔法と剣で戦う世界のお話。 幼い頃から王太子殿下の専属護衛騎士になるのが夢のラルフだが、 魔法の名門の家系でありながら魔法の才能がイマイチで、 家族にはバカにされるのがイヤで夢のことを言いだせずにいた。 魔法騎士になるために魔法騎士学院に入学して出会ったエルに、 「魔法より剣のほうが才能あるんじゃない?」と言われ、 二人で剣の特訓を始めたが、 その頃から自分の身体(主に心臓あたり)に異変が現れ始め・・・ これは病気か!? 持病があっても騎士団に入団できるのか!? と不安になるラルフ。 ラルフは無事に専属護衛騎士になれるのか!? ツッコミどころの多い攻めと、 謎が多いながらもそんなラルフと一緒にいてくれる頼りになる受けの 異世界ラブコメBLです。 健全な全年齢です。笑 マンガに換算したら全一巻くらいの短めのお話なのでさくっと読めると思います。 よろしくお願いします!

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

死に戻り騎士は愛のために願う 〜10回だけの奇跡〜

湯川岳
BL
「一生苦しむがいい。その呪いは俺からのプレゼントだ」 幼い頃に出会った友から呪いを貰ってしまったユーリ。 時は流れ、シューベルト家次男のアルトを追って騎士団に入隊をし、副団長まで上り詰めたユーリ。 毎日アルトの世話をしていく内に心惹かれていく。 「キスしてみろよ。それでオレが嫌じゃなければ……考えてやってもいい」 ユーリはアルトに口付けをする。そして呪いがこの時を待っていたかのように発動してしまった。 意識が乗っ取られ、目を覚ませばそこにあったはずの幸せは鮮やかな赤で染まっていた。 その日を境に始まったのは、暗くて長い道のりだった。 ※アルト編、ユーリ編。どちらから先に読まれても大丈夫です。 エンディング異なります。それもお楽しみ頂けたら幸いです。 ※最後はハッピーエンド確定。4話までだいぶ暗めの話なので苦手な方はお気をつけ下さい。 ※タイトル変えてみました。 旧:死に戻り騎士の願い 表紙素材:ぱくたそ

昨日の自分にサヨナラ

林 業
BL
毎晩会えるだけで幸せだった。 いつか一緒に過ごせたらと夢を見る。 目が覚めれば現実は残酷だと思い知る。 隣に貴方がいればそれだけでいいのにと願う。

『聖クロノア学院恋愛譚 』記憶を失ったベータと王族アルファ、封印された過去が愛を試すまで

るみ乃。
BL
聖クロノア学院で、記憶と感情が静かに交差する。 「君の中の、まだ知らない“俺”に、触れたかった」 記憶を失ったベータの少年・ユリス。 彼の前に現れたのは、王族の血を引くアルファ・レオンだった。 封じられた記憶。 拭いきれない心の傷。 噛み合わない言葉と、すれ違う想い。 謎に包まれた聖クロノア学院のなかで、 ふたりの距離は、近づいては揺れ、また離れていく。 触れたいのに、触れられない。 心を開けば、過去が崩れてしまう。 それでも彼らは、確かめずにはいられなかった。 ――やがて、学院の奥底に眠る真実が、静かに目を覚ます。 過去と向き合い、誰かと繋がることでしか見えない未来がある。 許し、選びなおし、そしてささやかな祈り。 孤独だった少年たちは、いつしか「願い」を知っていく。 これは、ふたりの愛の物語であると同時に、 誰かの傷が、誰かの救いへと変わっていく物語。 運命に抗うのは、誰か。 未来を選ぶのは、誰なのか。 優しさと痛みが交差する場所で、物語は紡がれる。

聖女の兄で、すみません!

たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。 三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。 そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。 BL。ラブコメ異世界ファンタジー。

オレにだけ「ステイタス画面」っていうのが見える。

黒茶
BL
人気者だけど実は人間嫌いの嘘つき先輩×素直すぎる後輩の (本人たちは気づいていないが実は乙女ゲームの世界である) 異世界ファンタジーラブコメ。 魔法騎士学院の2年生のクラウスの長所であり短所であるところは、 「なんでも思ったことを口に出してしまうところ。」 そして彼の秘密は、この学院内の特定の人物の個人情報が『ステータス画面』というもので見えてしまうこと。 魔法が存在するこの世界でもそんな魔法は聞いたことがないのでなんとなく秘密にしていた。 ある日、ステータス画面がみえている人物の一人、5年生のヴァルダー先輩をみかける。 彼はいつも人に囲まれていて人気者だが、 そのステータス画面には、『人間嫌い』『息を吐くようにウソをつく』 と書かれていたので、うっかり 「この先輩、人間嫌いとは思えないな」 と口に出してしまったら、それを先輩に気付かれてしまい・・・!? この作品はこの1作品だけでも読むことができますが、 同じくアルファポリスさんで公開させていただいております、 「乙女ゲームの難関攻略対象をたぶらかしてみた結果。」 「俺が王太子殿下の専属護衛騎士になるまでの話。」 とあわせて「乙女ゲー3部作」となっております。(だせぇ名前だ・・・笑) キャラクターや舞台がクロスオーバーなどしておりますので、 そちらの作品と合わせて読んでいただけたら10倍くらい美味しい設定となっております。 全年齢対象です。 BLに慣れてない方でも読みやすいかと・・・ ぜひよろしくお願いします!

処理中です...