偽りの聖者と泥の国

篠雨

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第1章:主人公

第9話:エルヴィン

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 アルヴィスが城を去った後、近衛騎士団は象徴を失い、沈黙に包まれていた。

 カスティエ公爵の命により、新たなレオの守護騎士として呼び出されたのは、前団長の弟――エルヴィンだった。

 レオは、中庭のガゼボで彼を待っていた。

 アルヴィスを怒らせてしまった後悔から、その弟である彼とは何とか打ち解けたい。レオは自分に言い聞かせていた。兄は怖かったけれど、弟ならきっと、現代のゲームに出てくる「忠実な騎士キャラクター」のように、自分を支えてくれるはずだと。

「……お待たせいたしました、レオ様」

 現れた青年は、兄のアルヴィスによく似ていたが、その佇まいは対照的だった。

 アルヴィスが放っていた覇気や、周囲を圧倒するような天性の才気はない。代わりに、磨き抜かれた武具を一点の曇りもなく整え、規律をそのまま形にしたような、どこまでも「平凡で生真面目」な空気を纏っていた。

「あ、君がエルヴィン君? ……ええと、これからよろしくね」

 レオが人懐っこい笑顔で手を差し出した。

 しかし、エルヴィンはその手を見ることもなく、ただ深く、型通りの礼を尽くしただけだった。

「これよりレオ様の守護を命じられました、エルヴィンです。上からの命令に従い、貴方の身辺を警護いたします」

「そっか、ありがとう! ……あのさ、君の兄さんのことは……」

「……」

 エルヴィンの眉が、一瞬だけ微かに動いた。

 彼は兄のアルヴィスを、誰よりも敬愛していた。不器用で表情の乏しい自分とは違い、光り輝く才能を持ち、王を守り抜こうとした誇り高い兄。その兄が、すべてを捨てて泥の中へ消えなければならなかった理由が、目の前にいる、自分を「君」と呼ぶ無知な少年にあった。

「その話は、必要ありません」

 エルヴィンの声は低く、平坦だった。

 彼はレオを「聖勇者様」や「英雄様」とは決して呼ばなかった。ただ「レオ様」と。それは敬意ではなく、公爵から与えられた「守るべき対象(オブジェクト)」の名前を呼んでいるに過ぎなかった。

「レオ様、移動の時間です。街道の浄化作業があるとお聞きしています」

「え、あ、うん……。でも、まだお茶も飲んでないし……」

「スケジュールは分単位で決まっています。効率を重んじる貴方なら、理解できるはずだ」

 エルヴィンは無表情のまま、レオの背後に回って促した。

 彼には、兄のようなカリスマ性はない。だが、一度決めた規律を頑ななまでに守り抜く不器用な誠実さが、今はレオを追い詰める「冷酷な管理」として機能していた。

 レオは、エルヴィンの横顔を盗み見た。

 冷たい。

 民衆のような熱狂も、アルヴィスのような激しい憎悪もない。ただ「仕事だから」という理由だけで、自分を監視し続ける視線。

 レオが「良かれと思って」最適化したこの国で、最初に隣に立った騎士は、レオに心を閉ざし、ただ淡々と彼を磨耗させる歯車の一部だった。

「……行こう、エルヴィン」

 レオの声に、エルヴィンは短く「はい」とだけ答え、一度も目を合わせることなく歩き出した。
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