偽りの聖者と泥の国

篠雨

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第2章:地脈の鳴動

第12話:比較

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「……なんだよ、この効率の悪さは」

 レオは、王都外縁部の運河の前で、イラ立ちを隠さずに呟いた。

 地脈の微調整を依頼されたが、この一帯は過去の強引な魔術の跡が複雑に絡み合い、レオの「最適化」でも、いつものように一瞬で全てを解決とはいかなかったのだ。

 作業開始から一時間が経過した。レオの額にはじんわりと汗が滲み、現代人としての忍耐はとうに底を突いている。

 その時、背後で作業を見守っていた民衆の間から、ボソリと小さな声が漏れた。

「……なぁ、前の王様……セシル様なら、もっと手際よくやってたんじゃないか?」

 レオの指先が、ぴくりと止まった。

 聞こえないふりをしたが、その呟きは波紋のように周囲に広がっていく。

「そういえば、セシル様はここを通りかかるたびに、一瞬で水の濁りを取ってくださったわ」

「勇者様は『簡単だ』って仰ってたけど……なんだか、セシル様の方が私たちの暮らしを分かっていたような気がするなぁ」

 つい一ヶ月前、セシルを「嘘つきの独裁者」と罵り、石を投げたのは誰だったか。

 レオは、耳の奥が熱くなるのを感じた。

「……セシルさんは、非効率なやり方で無理やり動かしてただけだよ」

 レオは振り返らずに、努めて冷静な声を出す。

「僕は、もっと根本的なところを直してるんだ。時間がかかるのは当たり前だろ? 僕の方が、ずっと正しいんだから」

「でもさぁ、勇者様。理屈はいいから、早くしてくれよ。セシル様の時は、私たちが頼む前に、血を吐きながらでもすぐに魔法をかけてくれたんだ」

 ――血を吐きながら。

 民衆にとって、セシルの献身は「当然受けるべきサービス」だった。そして今、彼らはレオの「クリーンな奇跡」に慣れきってしまい、少しでも思い通りにいかないと、かつての「便利な搾取対象」を懐かしみ始めたのだ。

「……っ、そんなにセシルさんがいいなら、あの日、追い出さなきゃよかったじゃないか!」

 耐えきれず叫んだレオの声に、広場が静まり返った。

 民衆は気まずそうに顔を見合わせ、やがて一人が不満げに吐き捨てた。

「そんなに怒らなくたっていいだろう……。私たちはただ、『勇者様ならもっと凄いことができるはずだ』って期待してるだけなのに」

 勝手な期待。そして、それが満たされないと知るや否や始まる比較。

 
 レオは、自分がどれだけこの国に尽くしても、彼らにとっては「セシルという便利な道具」の代わりでしかないことを突きつけられた。
 

 かつて自分が「悪」と断じたセシルの十二年は、民衆にとっては「至れり尽くせりの介護」だったのだ。そして今の自分は、そのレベルに達していない「不甲斐ない後任」として、彼らの目に映っている。

 傍らで控えていたエルヴィンが、感情の欠片もない声で告げた。

「レオ様、作業を続けてください。感情を優先させて、予定を遅らせるわけにはいきません」

「……わかってるよ!」

 レオは八つ当たり気味に地面を叩いた。

 
 称賛の雨は、いつの間にか、レオを苛立たせる冷たい毒雨へと変わっていた。
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