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第2章:地脈の鳴動
第14話:瞳に映るもの
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その日の公務は、王都の地下を流れる巨大な排水地脈の再調整だった。
湿った冷気と、澱んだ魔力の匂いが立ち込める暗い地下通路。レオの放つ黄金の魔力が頼りなげに周囲を照らす中、背後にはいつものように、軍靴の音を響かせないエルヴィンの影があった。
「……ねえ、エルヴィン。さっきから一言も喋らないけど、何か怒ってる?」
反響する自分の声に耐えかねて、レオが振り返った。
エルヴィンは、腰に差した剣の柄に軽く手をかけたまま、無表情で立ち止まった。松明の火に照らされた彼の顔は、彫刻のように硬く、生気を感じさせない。
「いいえ。私はただ、レオ様が作業に集中できるよう、周囲を警戒しているだけです」
「嘘だ。君、僕のことを見る時、たまにすごく……なんだろう、変な目をするよね。聖勇者様なんて一度も呼んでくれないし、ずっと『レオ様』って。それって、僕を認めてないからでしょ?」
レオは、自分でも驚くほど子供じみた口調で捲し立てた。
疲れのせいか、それともこの閉塞感のせいか。エルヴィンの「不器用で生真面目な壁」を、どうしても抉りたかった。
「……呼び方に意味などありません」
「あるよ! 君の兄さんは、僕を殺しそうな目で見た。でも君は、僕を見ているようで、見ていない。僕がこの国を良くしてることも、地脈を『最適化』して豊かにしてることも、君にとっては価値がないの?」
レオの問いかけが地下通路に虚しく響く。
しばらくの沈黙の後、エルヴィンがゆっくりと視線を上げた。その時、彼は初めて、仮面のような無表情を僅かに崩した。
それは微笑みでも怒りでもない。強いて言うなら、嵐が過ぎ去った後の廃墟を見つめるような、静かな「憐れみ」に近い色だった。
「……価値がない、とは思いません。事実、貴方の力で潤っている民は大勢いる。ですが、レオ様」
エルヴィンが一歩、レオに歩み寄った。
その歩幅には迷いがなく、平凡な才能しか持たないと言いながらも、日々の地道な鍛錬によって培われた圧倒的な「重み」があった。
「貴方のしていることは、積み木を高く積み上げているだけだ。土台を固めることも、崩れた時の備えもせず、ただ見栄えの良い『正解』を積み上げている。……兄は、その積み木が崩れた時に、誰が下敷きになるかを知っていました」
「……っ」
「私が貴方を『勇者』と呼びたくないのは、拒絶だけが理由ではありません。……貴方が、あまりにも無防備な子供に見えるからです。いつかその積み木が崩れる時、貴方が真っ先に押し潰されることを、誰も教えてあげていない」
それは、エルヴィンが初めて見せた、彼なりの「不器用な誠実さ」だったのかもしれない。
認めないから呼ぶのではない。いつか壊れてしまう「脆い仮初の王」に対して、過分な敬称をつけることを、彼の生真面目さが拒んでいた。
「……僕は、間違ってない。僕が、一番効率よくやってるんだ」
レオは震える声で言い返したが、エルヴィンは既に元の無表情に戻っていた。
「さあ、作業を。ここが終われば、次はカスティエ公爵閣下の主催される宴に向かわねばなりません。レオ様、時間は待ってくれませんよ」
再び始まった歩調。
背中から刺さる視線は、もはや恐怖ではなかった。それは、いずれ訪れるレオの破滅をただ見届けようとする、冷徹な執行官の視線だった。
レオは自分の放つ黄金の光が、この暗闇の中でいかにも不自然で、浮いた存在であるかを痛いほどに実感していた。
湿った冷気と、澱んだ魔力の匂いが立ち込める暗い地下通路。レオの放つ黄金の魔力が頼りなげに周囲を照らす中、背後にはいつものように、軍靴の音を響かせないエルヴィンの影があった。
「……ねえ、エルヴィン。さっきから一言も喋らないけど、何か怒ってる?」
反響する自分の声に耐えかねて、レオが振り返った。
エルヴィンは、腰に差した剣の柄に軽く手をかけたまま、無表情で立ち止まった。松明の火に照らされた彼の顔は、彫刻のように硬く、生気を感じさせない。
「いいえ。私はただ、レオ様が作業に集中できるよう、周囲を警戒しているだけです」
「嘘だ。君、僕のことを見る時、たまにすごく……なんだろう、変な目をするよね。聖勇者様なんて一度も呼んでくれないし、ずっと『レオ様』って。それって、僕を認めてないからでしょ?」
レオは、自分でも驚くほど子供じみた口調で捲し立てた。
疲れのせいか、それともこの閉塞感のせいか。エルヴィンの「不器用で生真面目な壁」を、どうしても抉りたかった。
「……呼び方に意味などありません」
「あるよ! 君の兄さんは、僕を殺しそうな目で見た。でも君は、僕を見ているようで、見ていない。僕がこの国を良くしてることも、地脈を『最適化』して豊かにしてることも、君にとっては価値がないの?」
レオの問いかけが地下通路に虚しく響く。
しばらくの沈黙の後、エルヴィンがゆっくりと視線を上げた。その時、彼は初めて、仮面のような無表情を僅かに崩した。
それは微笑みでも怒りでもない。強いて言うなら、嵐が過ぎ去った後の廃墟を見つめるような、静かな「憐れみ」に近い色だった。
「……価値がない、とは思いません。事実、貴方の力で潤っている民は大勢いる。ですが、レオ様」
エルヴィンが一歩、レオに歩み寄った。
その歩幅には迷いがなく、平凡な才能しか持たないと言いながらも、日々の地道な鍛錬によって培われた圧倒的な「重み」があった。
「貴方のしていることは、積み木を高く積み上げているだけだ。土台を固めることも、崩れた時の備えもせず、ただ見栄えの良い『正解』を積み上げている。……兄は、その積み木が崩れた時に、誰が下敷きになるかを知っていました」
「……っ」
「私が貴方を『勇者』と呼びたくないのは、拒絶だけが理由ではありません。……貴方が、あまりにも無防備な子供に見えるからです。いつかその積み木が崩れる時、貴方が真っ先に押し潰されることを、誰も教えてあげていない」
それは、エルヴィンが初めて見せた、彼なりの「不器用な誠実さ」だったのかもしれない。
認めないから呼ぶのではない。いつか壊れてしまう「脆い仮初の王」に対して、過分な敬称をつけることを、彼の生真面目さが拒んでいた。
「……僕は、間違ってない。僕が、一番効率よくやってるんだ」
レオは震える声で言い返したが、エルヴィンは既に元の無表情に戻っていた。
「さあ、作業を。ここが終われば、次はカスティエ公爵閣下の主催される宴に向かわねばなりません。レオ様、時間は待ってくれませんよ」
再び始まった歩調。
背中から刺さる視線は、もはや恐怖ではなかった。それは、いずれ訪れるレオの破滅をただ見届けようとする、冷徹な執行官の視線だった。
レオは自分の放つ黄金の光が、この暗闇の中でいかにも不自然で、浮いた存在であるかを痛いほどに実感していた。
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