有能でイケメンクズな夫は今日も浮気に忙しい〜あら旦那様、もうお戻りですか?〜

秘密 (秘翠ミツキ)

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五十九話〜買い出し〜

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 遡る事一日前ーー

 その日、エレノラが診療所に行くとクロエから買い出しを頼まれた。
 クロエを見送り先に裏庭の畑に水遣りを済ませていると出掛け際の事を思い出す。

 ユーリウスが朝庭に来るのはもはや日課と言ってもいい。当初は気不味さを感じていたが慣れとは凄いもので、今は然程気にならなくなった。
 いつも大して会話もしないし、したとしても何を言いたいのかさっぱり分からない。後はただ黙って背後に立ってこちらを見ている。そして時間になるとトボトボと去って行く。
 例えるならば可愛くない駄犬が、朝夕と毎日庭に出没している感覚だろうか。特に害もないし。
 そう思っていたが、今朝はやけにしつこかった。
 今日は仕事が休みで暇だったのかも知れないが、エレノラだって診療所に行く時間は当然決まっているので遅刻すると焦った。
 新手の嫌がらせか⁉︎  と思ったくらいだ。
 今時通せん坊なんて、うちの弟達だってやらないというのに……。
 そしてようやく諦めた駄犬クズから解放をされたエレノラは慌てて馬車に飛び乗った。

 水遣りを済ませたエレノラは小屋に戻り、街へ出掛ける支度を始めるが、正面の扉が開く音が聞こえた。
 もしかして……と思っていると、満面の笑みを浮かべたアンセイムが現れた。

「やあ、エレノラ嬢」

「アンセイム様、ご機嫌よう」

 前回の訪問から然程経っていないというのに、王太子がこうも頻繁に城を抜け出していいのだろうかと苦笑してしまう。
 だが追い返す権利はエレノラにはないので、いつも通りアンセイムを招き入れ一人分のお茶を淹れると彼の前に置いた。

「おや、もしかして出掛けるのかい?」

 彼は優雅にお茶を飲みながらマントを着たエレノラを見て眉を上げる。
 
「はい。今日はクロエ様から買い出しを頼まれていまして、これから街へ行くつもりなんです」

「それは良い事を聞いた」

 何故か嬉しそうにそんな事を言われ意味が分からず小首を傾げた。

「僕も行こう」

「え、アンセイム様もご一緒にですか?」

「ああ、荷物持ちになるよ」

(荷物持ち⁉︎)

 驚愕して心の中で思わず悲鳴を上げる。

「だ、ダメです! アンセイム様にそんな事はさせられません!」

 王太子に荷物持ち……考えただけで怖過ぎる。背筋が凍るようだ。
 全力で拒否をするが、結局アンセイムの優しい圧に負けて一緒に行く事になってしまった。
 


 馬に乗ると程なくして街へと到着をする。
 古くなった調合道具の買い替えにお茶っ葉や茶菓子ーー二人はクロエから渡されたメモ用紙を確認しながら順番に店を回った。
 
 そして店から出る度に、宣言通りアンセイムはエレノラから荷物を流れるような仕草で取り上げると持ってくれる。
 慌てて取り戻そうとするが、体格差もある彼から取り戻す事は出来ず諦めるしかなかった。

「アンセイム様、これで買い出しは全部です。お付き合い下さって、ありがとうございました」

「少しでも君の役に立てて嬉しいよ。それより、お腹が空いてきたな」

 昼頃、買い出しを終えた。
 後は帰るだけだがそろそろお腹が空いてきたと思っていると、どうやら彼も同じだったようだ。

「丁度お昼だし、何か食べないかい?」

 いつもなら屋敷から昼食を持参しているので断る所だが、今日は駄犬クズのせいで時間ギリギリとなり持ってくるのを忘れてしまった。
 朝クロエから買い出しを頼まれたので、勿体ないがついでに買おうかと悩んでいた。

「エレノラ嬢は嫌いな食べ物はある?」

 するとアンセイムに嫌いな食べ物を聞かれて、以前ユーリウスからも同じ事を聞かれた事を思い出す。
 あの時も思ったが、普通は好きな食べ物を聞くのではないだろうか……。
 あんな駄犬クズと同列にするのは失礼だが、思考が似ていると思った。流石、上司と部下だ。



「これ、結構美味しいんだ」

 アンセイムはお気に入りの食べ物を屋台で買ってくると差し出してきた。
 エレノラはお礼を言って受け取ると、その場で齧り付く。
 薄いパンにふんだんに野菜や肉を挟んだ食べ物で、かなりボリュームが感じられる。味は見た目同様庶民的で懐かしく、エレノラの口に良く合う。
 最近は屋敷で出される高級な食事に慣れてしまったが、久々に食べると美味しいと歓喜する。

「はは、可愛いな、口元にソースが付いているよ」

「え……っ⁉︎」

 アンセイムはそう言うと、エレノラの口元のソースを指で拭いその指を舐めてしまう。
何が起きたのか一瞬理解出来ずに固まるエレノラは、暫くして我に返った。

「あ、アンセイム様‼︎ 何をするんですか⁉︎」

「はは、僕の指は汚れてないから汚くないよ」

「違います! そういう事ではーー」

 ふとアンセイムを見れば全く同じ物を食べていた筈なのに、彼の口元は全く汚れていない。
 エレノラも気を付けて食べていたが、こういった豪快な庶民的な食べ物は綺麗に食べるのが中々に難しい。
 何だか急に羞恥心が込み上げてきて、顔が熱くなるを感じた。
 


「ああ、ほら、あのお店が僕のお気に入りだよ。行こう」

 昼食を済ませ診療所に戻ろうとしたが、アンセイムから「今度は僕に付き合って」と言われた。
 クロエからは今日は買い出しだけで薬の調合はないと言われてはいるが、油を売っている暇はないので断ると「少しだけだから」と悲しげな子犬のような眼差しで言われて思わず了承してしまった。

「あ、あの」

シュウ‼︎

 不意に手を握られた。
 エレノラが戸惑って声を上げると肩に乗っていたミルがアンセイムを威嚇する。

「逸れてしまったら大変だから、今だけは見逃して欲しい」

 だがアンセイムは全く意に介さずミルにそう言った。
 するとミルは訝しげにしながらも黙り込むと、エレノラのスカートのポケットに潜っていった。

「さて、エレノラ嬢、行こう」

 今度は無邪気な子犬のような眼差しを向けられ、何だか脱力してしまい諦めた。



 


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