61 / 105
六十話〜割りのいい仕事〜
しおりを挟む買い出しに行った翌日の夕刻。
突然ユーリウスから次の休日に一緒に街へ出掛けたいと言われた。
「え、正気ですか?」
「それはどういう意味だ」
「ユーリウス様がわざわざ私とお出掛けしたいとか信じられません。もしかして、体調が悪いんじゃないですか⁉︎」
「体調は頗る良好だ」
もし正気なら体調でも悪いのかと思ったが、どうやら違うらしい。
エレノラは訝しげな顔をする。
「私と一緒は嫌だというのか?」
クズ男とお出掛けとか普通に嫌ですけど? とは流石に言えないので言葉を飲み込んだ。
「……私はこう見えて忙しいんです。ユーリウス様の気まぐれに付き合っている時間はありません」
どうせただの気まぐれだろう。
エレノラは口を尖らせる。
冗談じゃない。こっちは色々あって超絶金欠で馬車馬として働かなくてはならないというのに、どうして駄犬のお世話までしなくてはならないのか。そんな暇はエレノラにはないと突っぱねた。
「それなら報酬をだそう」
だがユーリウスがまさかの提案をしてきた。
なんと”報酬”を払うという。
”報酬”ーーなんて素敵な響きだ。
「それとは別に好きな物を何でも買ってやる」
更に何でも好きな物まで買ってくれるらしい。
ただより怖いものは無い! だがしかし! これは歴とした駄犬の付き添いに対する報酬だ。
いやでも、報酬といってもクズ男の事だ。もしかしたら「ほら、芋娘には芋がお似合いだ」と芋を投げて寄越すかも知れない。それを地面に這いつくばり必死に拾う未来が見える……。
あり得過ぎる。寧ろ絶対にそうとしか思えない。例え気まぐれだとしても、わざわざ休日に芋と街へ一緒に出掛けたいと言い出すなど裏がない筈がない!
「因みに報酬はこれくらいでどうだ?」
だがユーリウスが報酬額を提示した瞬間、エレノラの頭からはそんな考えは全て吹っ飛んだ。そして度肝を抜く。
何故なら今現在、クロエから貰っている日給の約五十倍だったからだ。
一瞬思考が停止する。
(これは夢……? え、本当に? 聞き間違いではない?)
いや確かにこの耳で聞いた。
これは夢かと思うくらい現実味がない。
だがしかし! これは紛れもなく現実だ。
「不満ならーー」
「行きます‼︎ 何処へでも行かせて頂きます‼︎」
臨時収入だわ! しかも超高額の! とエレノラは歓喜した。
そしてその数日後ーー
「若奥様。本当にこちらの装いで宜しいのですか?」
「ええ、構わないわ」
ボニーはいつも通りの服装や髪型のエレノラに戸惑っている。
実は今日はユーリウスの仕事が休みで、約束通りこれから街へ出掛ける予定だ。
「それにしましても、まさか若旦那様が若奥様をデートに誘われるなど驚きました」
「ボニー、だから今日はデートじゃなくてただの付き添いだから」
一緒に出掛けると話すと使用人達は皆「デートですか⁉︎」と騒がしくなった。いくら否定してもデートの認識を変えてくれずにいる。
それに付き添いは付き添いでも、これは割りのいい仕事と同じだ。
「若奥様。いくら若奥様が寛大でも、受け入れるならば他所の女性との関係を綺麗に清算してからにするべきです。絆されないで下さいね」
支度を終え部屋を出る際に、深刻な表情のボニーから何故かそんな事を言われた。
デート云々の話をしていた筈なのに、急にどうしたのだろうとエレノラは目を丸くした。
「お待たせしました」
「あ、ああ……」
門の前に用意された馬車の前を行ったり来たりと謎の行動をしているユーリウスに声を掛けると、彼はピタリと制止した。
「あの、乗らないんですか?」
今度は黙り込みこちらを凝視してくるので、流石のエレノラも困惑する。
「今日の、ドレスは、よ、良く似合って、いる」
「いつもと同じ服装ですが……」
辿々しく話すユーリウスから何だか知らないが服装を褒められた。
だがエレノラが身に付けているのはいつもと変わらない機能性を重視した所謂安物のドレスだ。という事は要するに、お前には安物のドレスがお似合いだ! という意味だろうか……。いくら事実でも失礼過ぎる。
「そ、そうか……」
少しバツの悪そうな彼は今度は馬車の扉の前に立つと、エレノラへと手を差し出してきた。
(何何何⁉︎ もしかして、手の中に針でも仕込んでるとかじゃないわよね⁉︎)
普通に捉えればエスコートしてくれているように見えるが、ユーリウスに限ってあり得ない。
だがここで機嫌を損ねたら報酬が……と葛藤する。
そして出した結論はーー
ちょん。
彼の指先に指先だけ触れておいた。
これなら危険は回避出来るし、好意を無下にした事にはならないだろう。我ながら頭がいい。
(凄い顔をしているけど、一体どうしたのかしら……)
不意に目が合うと、睨まれているように感じるも何処か困り顔にも照れているようにも見える。こんな複雑な表情の人間は初めて見た……。
エレノラは見なかった事にしてそのまま馬車に乗り込んだ。
749
あなたにおすすめの小説
冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
【完結】不倫をしていると勘違いして離婚を要求されたので従いました〜慰謝料をアテにして生活しようとしているようですが、慰謝料請求しますよ〜
よどら文鳥
恋愛
※当作品は全話執筆済み&予約投稿完了しています。
夫婦円満でもない生活が続いていた中、旦那のレントがいきなり離婚しろと告げてきた。
不倫行為が原因だと言ってくるが、私(シャーリー)には覚えもない。
どうやら騎士団長との会話で勘違いをしているようだ。
だが、不倫を理由に多額の金が目当てなようだし、私のことは全く愛してくれていないようなので、離婚はしてもいいと思っていた。
離婚だけして慰謝料はなしという方向に持って行こうかと思ったが、レントは金にうるさく慰謝料を請求しようとしてきている。
当然、慰謝料を払うつもりはない。
あまりにもうるさいので、むしろ、今までの暴言に関して慰謝料請求してしまいますよ?
【完結】旦那は堂々と不倫行為をするようになったのですが離婚もさせてくれないので、王子とお父様を味方につけました
よどら文鳥
恋愛
ルーンブレイス国の国家予算に匹敵するほどの資産を持つハイマーネ家のソフィア令嬢は、サーヴィン=アウトロ男爵と恋愛結婚をした。
ソフィアは幸せな人生を送っていけると思っていたのだが、とある日サーヴィンの不倫行為が発覚した。それも一度や二度ではなかった。
ソフィアの気持ちは既に冷めていたため離婚を切り出すも、サーヴィンは立場を理由に認めようとしない。
更にサーヴィンは第二夫妻候補としてラランカという愛人を連れてくる。
再度離婚を申し立てようとするが、ソフィアの財閥と金だけを理由にして一向に離婚を認めようとしなかった。
ソフィアは家から飛び出しピンチになるが、救世主が現れる。
後に全ての成り行きを話し、ロミオ=ルーンブレイス第一王子を味方につけ、更にソフィアの父をも味方につけた。
ソフィアが想定していなかったほどの制裁が始まる。
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵令息から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。
木山楽斗
恋愛
「君とは一年後に離婚するつもりだ」
結婚して早々、私は夫であるマグナスからそんなことを告げられた。
彼曰く、これは親に言われて仕方なくした結婚であり、義理を果たした後は自由な独り身に戻りたいらしい。
身勝手な要求ではあったが、その気持ちが理解できない訳ではなかった。私もまた、親に言われて結婚したからだ。
こうして私は、一年間の期限付きで夫婦生活を送ることになった。
マグナスは紳士的な人物であり、最初に言ってきた要求以外は良き夫であった。故に私は、それなりに楽しい生活を送ることができた。
「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」
一年が経った後、マグナスはそんなことを言ってきた。
それに関しては、私も納得した。彼の言う通り、流石に離婚までが早すぎると思ったからだ。
それから一年後も、マグナスは離婚の話をしなかった。まだ様子を見たいということなのだろう。
夫がいつ離婚を切り出してくるのか、そんなことを思いながら私は日々を過ごしている。今の所、その気配はまったくないのだが。
せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?
石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。
彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。
夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。
一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。
愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。
ローザリンデの第二の人生
梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。
彼には今はもういない想い人がいた。
私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。
けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。
あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。
吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。
※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。)
1/10 HOTランキング1位、小説、恋愛3位ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる