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第10話 消えた女たち
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東宮、王太子の私室。
窓辺に立つミサラサ王太子は、薄く笑みを浮かべていた。
「……あの侍女を従わせるのが楽しみだ」
王太子は指先で杯を弄ぶ。
これまで、欲しいと言った女が手に入らなかったことはない。
侯爵を通せば、尚更だ。
「……地味女にも、思い知らせてやれる――」
言葉が途切れた。
使者が進み出る。
「……侍女オデットの件ですが、侯爵様より伝言を」
王太子は振り返らず、続きを促した。
「オデットは待て、と。代わりに別の女を用意するとのことです」
杯が止まる。
「必ず連れてくるという話ではなかったのか?」
低く、苛立ちを含んだ声。
使者は一瞬だけ言葉に詰まり、口を開く。
「その代わり、特別優れた女を用意すると。……神聖国の聖女を」
王太子の指が、杯の縁で止まった。
「……は?」
初めて、視線が使者に向く。
「聖女、だと?」
「はい。侯爵様は、殿下のお力を示すには最適だと」
短い沈黙。
ミサラサは、ふっと鼻で笑った。
「……なるほど。あの女の代わりに、聖女か」
声に、わずかな愉悦が滲む。
「少しは待ってやる。だが――」
指が、杯を軽く叩く。
「オデットも必ず連れてこい」
「は」
使者は一礼し、続けた。
「それと、別件ですが――」
別の伝令が慌ただしく入室する。
「ご報告です。公爵令嬢メイリーン様が、東宮の居室を退去なさいました」
「……何だと?」
「『侍女の安全を守るため』とのことです。夜のうちに荷物を引き払い、ご本人はすでに西棟へ――」
王太子の指が、杯を強く握り締める。
女が消えた。
俺が手に入れるより先に、逃げただと?
◇◇◇
王宮の西。
威容を放つ古代魔法建築――禁図書館。
その玄関前。
重厚な扉の前に、メイリーンは立っていた。
いつもの眼鏡、落ち着いた佇まい。
石畳を歩く二人の影が現れる。
「メイ様っ!」
オデットが駆け寄る。
「おかえりなさい」
穏やかな、短い言葉。
同時に、腕が伸びた。
オデットは一瞬だけ逡巡し、それから身を預ける。
柔らかい抱擁。
「大丈夫……です。ちょっと、恥ずかしいかも……」
背後で呵呵とした笑い声。
「ははは、たまには甘えるといいのだ」
白騎士ジャイアナが、腕を組んで立っていた。
「ふふ、おつかれさま。……ジャイアナもありがとう」
「お安い御用なのだ」
オデットは、そっと身を離す。
因縁ある実父との邂逅。
そこには、愛情と呼べるものは何一つなかった。
知らずに強張っていた緊張は、主君に柔らかく包まれ解きほぐれた。
照れを隠すように、表情を引き締める。
「退去しておいて正解でした。メイ様の読み通り、侯爵は私を取り込みに」
「ええ。……ひとまず東宮での目的は達したわ」
メイリーンは、扉に手をかける。
「やはり、女たちが消えている。存在の記録ごと、ね」
オデットの視線が揺れる。
「それは、私にしようとしたこと……だけではなく?」
「ええ。王太子の玩具にされた者と……それだけじゃない。それは、表向きのカモフラージュ」
一息、置いて。
「……うん。中でお茶にしましょう。そこで話すわ」
重い扉が、静かに開く。
禁じられた知識の眠る場所へ。
――王宮の裏側が、ゆっくりと牙を剥き始めていた。
窓辺に立つミサラサ王太子は、薄く笑みを浮かべていた。
「……あの侍女を従わせるのが楽しみだ」
王太子は指先で杯を弄ぶ。
これまで、欲しいと言った女が手に入らなかったことはない。
侯爵を通せば、尚更だ。
「……地味女にも、思い知らせてやれる――」
言葉が途切れた。
使者が進み出る。
「……侍女オデットの件ですが、侯爵様より伝言を」
王太子は振り返らず、続きを促した。
「オデットは待て、と。代わりに別の女を用意するとのことです」
杯が止まる。
「必ず連れてくるという話ではなかったのか?」
低く、苛立ちを含んだ声。
使者は一瞬だけ言葉に詰まり、口を開く。
「その代わり、特別優れた女を用意すると。……神聖国の聖女を」
王太子の指が、杯の縁で止まった。
「……は?」
初めて、視線が使者に向く。
「聖女、だと?」
「はい。侯爵様は、殿下のお力を示すには最適だと」
短い沈黙。
ミサラサは、ふっと鼻で笑った。
「……なるほど。あの女の代わりに、聖女か」
声に、わずかな愉悦が滲む。
「少しは待ってやる。だが――」
指が、杯を軽く叩く。
「オデットも必ず連れてこい」
「は」
使者は一礼し、続けた。
「それと、別件ですが――」
別の伝令が慌ただしく入室する。
「ご報告です。公爵令嬢メイリーン様が、東宮の居室を退去なさいました」
「……何だと?」
「『侍女の安全を守るため』とのことです。夜のうちに荷物を引き払い、ご本人はすでに西棟へ――」
王太子の指が、杯を強く握り締める。
女が消えた。
俺が手に入れるより先に、逃げただと?
◇◇◇
王宮の西。
威容を放つ古代魔法建築――禁図書館。
その玄関前。
重厚な扉の前に、メイリーンは立っていた。
いつもの眼鏡、落ち着いた佇まい。
石畳を歩く二人の影が現れる。
「メイ様っ!」
オデットが駆け寄る。
「おかえりなさい」
穏やかな、短い言葉。
同時に、腕が伸びた。
オデットは一瞬だけ逡巡し、それから身を預ける。
柔らかい抱擁。
「大丈夫……です。ちょっと、恥ずかしいかも……」
背後で呵呵とした笑い声。
「ははは、たまには甘えるといいのだ」
白騎士ジャイアナが、腕を組んで立っていた。
「ふふ、おつかれさま。……ジャイアナもありがとう」
「お安い御用なのだ」
オデットは、そっと身を離す。
因縁ある実父との邂逅。
そこには、愛情と呼べるものは何一つなかった。
知らずに強張っていた緊張は、主君に柔らかく包まれ解きほぐれた。
照れを隠すように、表情を引き締める。
「退去しておいて正解でした。メイ様の読み通り、侯爵は私を取り込みに」
「ええ。……ひとまず東宮での目的は達したわ」
メイリーンは、扉に手をかける。
「やはり、女たちが消えている。存在の記録ごと、ね」
オデットの視線が揺れる。
「それは、私にしようとしたこと……だけではなく?」
「ええ。王太子の玩具にされた者と……それだけじゃない。それは、表向きのカモフラージュ」
一息、置いて。
「……うん。中でお茶にしましょう。そこで話すわ」
重い扉が、静かに開く。
禁じられた知識の眠る場所へ。
――王宮の裏側が、ゆっくりと牙を剥き始めていた。
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