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第9話 婚外子という名の切り札
王宮の奥、来客用ではない静かな執務区画。
オデットは扉の前に立っていた。
隣には彼女の義姉、白騎士ジャイアナ。
「じゃあ、私はここで待ってるのだ」
「ええ、同行ありがとう」
深く息を吸い、背筋を伸ばす。
呼ばれた理由は告げられていない。
だが、呼び出した相手の名を聞いた時点で、ある程度の予想はついていた。
軽く扉を叩く。
「……入りなさい」
低く、抑えた声。
扉を開けると、整然とした執務室が広がっていた。
書類の山。無駄のない調度。
机の向こうに座る男が、ゆっくりと視線を上げる。
ライカイ侯爵。
王妃の弟にして、王国の内政を預かる男。
「久しぶりだな。よく出世してくれた」
労わるような声音だった。
オデットは一礼する。
「……恐縮です。侯爵様に呼んでいただけるとは思っておりませんでした」
侯爵は口元だけで笑った。
「ここでは侯爵様などと、他人行儀で呼ばずともよい。『父』と呼んでくれんのか」
一瞬、空気が張りつめる。
オデットは顔を上げず、静かに答えた。
「……愛人の子の私には畏れ多いです。どうぞ用件をおっしゃってください」
礼を失わない、静かな拒絶。
侯爵は気にした様子もなく、話を進める。
「ミサラサ王太子が、お前のことを気に入ったようだ。美しく、聡明なお前を、手元に置きたいと」
オデットは眉一つ動かさない。
「……私はメイリーン様の侍女です。前にもお断りしたはずですが」
侯爵の目が、わずかに冷えた。
「将来の国王の寵愛を受ける機会だぞ。お前のためを思っての提案だ」
その言葉に、オデットは初めて顔を上げる。
怯えも、期待もない。
ただ、澄んだ視線。
「“侯爵様”のご配慮には感謝いたしますが……いらぬ疑いを持たれるのは、互いによくありません。今後は、お呼びたてになりませぬよう」
「……そうか。穏便に済ませようと思っていたのだがな」
静かな声。
だが、それは警告だった。
オデットは一歩も退かない。
「……最後まで穏便になさることを、お勧めします。侯爵様のためを思っての提案です」
侯爵の視線が、刃のように細くなる。
「……公爵家の権力をあてにしているのだろうが……
お前の選択が、メイリーン嬢に迷惑をかけることにならねばいいがな」
「失礼いたします」
それだけを告げ、オデットは踵を返した。
背中に何かを投げつけられることはなかった。
それが、かえって不気味だった。
扉を出ると、廊下の壁際に長身の女が立っている。
白騎士ジャイアナ。
腕を組み、番犬のように黙して待っていた。
「オデット、大丈夫なのだ?」
心配を隠さない声。
オデットは、ふっと笑う。
「ええ。お姉さまが、すぐ外にいてくれたから。怖いことなんて、なかったわ」
ジャイアナは、にかっと笑った。
「それなら良かったのだ。一緒に帰るのだ」
「ええ」
並んで歩き出しながら、オデットは小さく息を吐く。
「……メイ様に合流しましょう。このまま禁図書館へ」
一拍、置いて。
「侯爵が動き出したわ」
――私なら、操れると思ったのかしらね。
オデットは小さく笑った。
オデットは扉の前に立っていた。
隣には彼女の義姉、白騎士ジャイアナ。
「じゃあ、私はここで待ってるのだ」
「ええ、同行ありがとう」
深く息を吸い、背筋を伸ばす。
呼ばれた理由は告げられていない。
だが、呼び出した相手の名を聞いた時点で、ある程度の予想はついていた。
軽く扉を叩く。
「……入りなさい」
低く、抑えた声。
扉を開けると、整然とした執務室が広がっていた。
書類の山。無駄のない調度。
机の向こうに座る男が、ゆっくりと視線を上げる。
ライカイ侯爵。
王妃の弟にして、王国の内政を預かる男。
「久しぶりだな。よく出世してくれた」
労わるような声音だった。
オデットは一礼する。
「……恐縮です。侯爵様に呼んでいただけるとは思っておりませんでした」
侯爵は口元だけで笑った。
「ここでは侯爵様などと、他人行儀で呼ばずともよい。『父』と呼んでくれんのか」
一瞬、空気が張りつめる。
オデットは顔を上げず、静かに答えた。
「……愛人の子の私には畏れ多いです。どうぞ用件をおっしゃってください」
礼を失わない、静かな拒絶。
侯爵は気にした様子もなく、話を進める。
「ミサラサ王太子が、お前のことを気に入ったようだ。美しく、聡明なお前を、手元に置きたいと」
オデットは眉一つ動かさない。
「……私はメイリーン様の侍女です。前にもお断りしたはずですが」
侯爵の目が、わずかに冷えた。
「将来の国王の寵愛を受ける機会だぞ。お前のためを思っての提案だ」
その言葉に、オデットは初めて顔を上げる。
怯えも、期待もない。
ただ、澄んだ視線。
「“侯爵様”のご配慮には感謝いたしますが……いらぬ疑いを持たれるのは、互いによくありません。今後は、お呼びたてになりませぬよう」
「……そうか。穏便に済ませようと思っていたのだがな」
静かな声。
だが、それは警告だった。
オデットは一歩も退かない。
「……最後まで穏便になさることを、お勧めします。侯爵様のためを思っての提案です」
侯爵の視線が、刃のように細くなる。
「……公爵家の権力をあてにしているのだろうが……
お前の選択が、メイリーン嬢に迷惑をかけることにならねばいいがな」
「失礼いたします」
それだけを告げ、オデットは踵を返した。
背中に何かを投げつけられることはなかった。
それが、かえって不気味だった。
扉を出ると、廊下の壁際に長身の女が立っている。
白騎士ジャイアナ。
腕を組み、番犬のように黙して待っていた。
「オデット、大丈夫なのだ?」
心配を隠さない声。
オデットは、ふっと笑う。
「ええ。お姉さまが、すぐ外にいてくれたから。怖いことなんて、なかったわ」
ジャイアナは、にかっと笑った。
「それなら良かったのだ。一緒に帰るのだ」
「ええ」
並んで歩き出しながら、オデットは小さく息を吐く。
「……メイ様に合流しましょう。このまま禁図書館へ」
一拍、置いて。
「侯爵が動き出したわ」
――私なら、操れると思ったのかしらね。
オデットは小さく笑った。
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