欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜

水戸直樹

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第13話 足取りの、その先

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 朝。

 王都の外れ、石畳の細い路地に面した家の扉が叩かれた。

「こちらは王太子付き侍女、シビラ嬢のご実家で間違いないか?」

 衛士を従えた調査官の声は、淡々としていた。

 少し遅れて、扉が開く。
 顔を出した婦人は、白い手をエプロンの端で強く握りしめている。

「……間違いありません。私はシビラの母です」

「王宮へ提出された捜索願いの件で参った」

「は、はい……」

 一瞬、婦人の喉が鳴った。

「……シビラは、見つかったのでしょうか?」

 調査官は首を横に振る。

「まだだ。何か、手がかりになるものはないか?」

 沈黙。

 婦人は一度だけ振り返り、戸口脇の棚に置かれた封筒に目を留めた。

「……この手紙を最後に、何も」

 王宮で住み込みを始めてから届く、娘の手紙。

『お父さん、お母さん、お元気ですか?
私は元気です。体に気をつけてください』

 調査官は目を落とし、数行を追うだけで顔を上げた。

「……他には?」

 低く、逃がさぬ声。

 婦人の肩が、わずかに揺れた。

「……手紙は、すべて取ってあります。持ってきます」

 奥へ下がり、束を抱えて戻る。
 調査官は上から数枚を流し読みし、すぐに返した。

「どれも同じだな」

 役に立たない。
 そう判断するのに、時間はかからなかった。

「残念だが、こちらにも目撃情報はない。“全力で探している”。何かあれば、すぐ王宮へ申し出るように」

「……はい。私たちも、探し回ってみます」

 一瞬、言葉を選び――続ける。

「……留守にすることも増えますが……」

 調査官の眉が、わずかに動いた。

「家を空けるのか?」

「……娘を探さないと」

 息詰まるような空白。

「……家族が動いてくれるなら心強い。小さな手がかりでも必ず知らせろ」

 それ以上の追及はなかった。

 扉が閉まる。
 外の足音が、石畳を遠ざかっていった。

◇◇◇

 路地を抜けながら、調査官が低く呟く。

「……消えた侍女、家にも戻っていない」

 痩せ型の衛兵が、鼻を鳴らした。

「……わざわざご苦労なこった。その女、どうせ消す予定だったんだろ?」

「声を落とせ。……我々は『娘を探す』役目だ」

「ちっ。めんどうくせえな。『娘を逃したやつを捕えろ』でいいのによ」

 調査官が即座に遮る。

「よせ。声がでかい」

 二人はそのまま、路地の奥へと消えていった。

◇◇◇

 閉めた扉に、そっと耳を当てる。
 調査官の足音が消えたのを確認すると、シビラの母は小走りで台所に戻る。

 そこには山と盛られた皿と、せわしなくフォークを動かす若い女。

 「セレスちゃん!あいつら、帰ったよ」

 「ほはっはへふ」(よかったです)

 「はぁっ、肝が冷えたよ~」

 「んぐっ……完璧な演技でした……おかわりください」

「全部、セレスちゃんに言われた通りできてよかったぁ……」

 あの夜、長女シビラからの“本当の手紙”を届けてくれた。
 自分の娘と、そう変わらない年頃の女騎士。

「……“留守”が伝わったので、狙い通りです。しばらく家を空けて問題ないかと……サラダおかわりください」

「うん、早くシビラに会いたい」

◇◇◇

 同じ頃。

 王宮の西に広がる公爵領。
 整えられた屋敷の裏庭では、若い女たちが身体を伸ばしていた。

「息を吐くのだー。ゆっくりー。反動、つけなくていいぞー」

 タンクトップ姿の白騎士ジャイアナが、いつも通りの調子で声を張る。

 素朴な服に着替えた女たちは、つい先日まで王宮で侍女として働いていた者たちだ。

 動きは揃っていない。
 だが、誰一人、立ち止まらない。

 浅かった呼吸が、少しずつ整っていく。
 肩の力が抜け、表情が和らぐ者もいた。

「そう、それくらいでいいのだ」

 ジャイアナは、それ以上は言わなかった。

「お姉さまー、みなさんに話していいー?」

 二階の窓から、ハニーブロンドの女性が顔を出す。
 主君メイリーンが単独任務中で、手持ち無沙汰なオデットだ。

「おー! オデットー! 大丈夫なのだー!」

 大きく手を振る。

「シビラさーん! ご家族の方々、じきにこちらへ来られるそうです!」

 呼ばれた名に、彼女の肩が小さく跳ねた。

「……あっ。は、はい!」

 少し遅れて、返事が返る。

「他のみなさんも、ご実家からお手紙きてますよー」

 その声に、庭の空気がふっと緩んだ。

 小さく名前を呼ぶ者。
 顔を伏せたまま、何度も頷く者。

「今日はここまでー」

 ジャイアナが手を叩く。

「昼ごはんだー。動いたあとは、ちゃんと食うのだー」

「ええ! 食堂、広く使えるようにしておきますね!」

 オデットが軽やかに駆け出す。

 娘たちは連れ立って館へ向かった。
 振り返る者は、もういない。

 裏庭には、先ほどまでの緊張が嘘のように、
 穏やかな風だけが残っていた。

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