欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜

水戸直樹

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第12話 金貨一枚の迷惑料

 夜。

 王都の外れ、裏通りにある小さなレストラン。
 看板娘がカウンターのテーブルを拭いていた。

「ねえ、マスター」

 グラスを磨いていた店主が顔を上げる。

「最近さ、傭兵とか、ごろつきの客、減ったよね」

「ああ」

「夜が静かなのは助かるけど……」

 看板娘は、店内をぐるりと見回した。

「その分、売り上げも落ちてない?」

「いや、そうでもない」

「え? そうなの?」

 店主は、ふっと鼻を鳴らす。

「いざこざが減ったのと、金払いのいい妙な常連がついた」

「妙?」

「昨日も来た、綺麗どころだ」

「ああ……あの人?」

 看板娘は、思い出すように頷いた。

「一人で来て、一人で食って、一人で帰る。しかも――」

「しかも?」

「よく食う。大の男三人前は軽い」

「あ……そういえば」

「昨日もな、皿を山にして帰っていった」

 そこまで話したところで、扉が開く。

 黒い外套を羽織った、軽装の女性貴族。
 ココアベージュの髪をした、若い女だった。

「いらっしゃいませ」

「おまかせで。五人分、お願いします」

 看板娘と店主の視線が合い、無言で頷き合う。

 この庶民向けの店には、少しだけ場違いなほど整った顔立ち。
 だが、女は気負った様子もなく席についた。

 店主がフライパンを振るい始める。

 男性客二人組が、ちらちらと視線を向ける。
 だが女は意にも介さず、厨房の様子を楽しそうに眺めていた。

「お待ちどうさま」

「わあ……! これ、全部食べていいんですか?」

 思わず、少女のような声が漏れる。

 看板娘は一瞬、手を止めた。

 ――貴族様なのに。

 そんな考えが、胸をよぎる。

「ごゆっくりどうぞ」

 そう声をかけ、席を離れた。

 しばらくして。

 女を遠巻きに見ていた酔客たちが、席を立つ。

「おーい、姉ちゃん」

「一人で飯食うのは寂しいだろ?」

 ふらついた足取りで、二人の男が近づく。

 看板娘は、思わず声を潜めた。

「マスター……」

「ああ」

 止める間もなく、男の一人が手を伸ばす。

「黙ってないで返事してくれよ。俺たちと――」

 次の瞬間。

 ドン、と鈍い音。

 「ぐっ……?」

 二人の男が、同時に前のめりに膝をついた。

 そのまま、床に倒れる。

 手にフォークとナイフを握った女は、動いたように見えなかった。

 店内が、しんと静まり返る。

「……あの客には、あれがあるんだ」

「え、今のなに?」

 看板娘が瞬きを繰り返す。

 女は、ちらりと倒れた二人を見ただけで、何事もなかったように皿へ視線を戻した。

 そして、小さく頭を下げる。

「お騒がせしました。あとで連行しますので、このままで」

 穏やかで、どこか申し訳なさそうな声。

 そのまま、食事を再開する。

「……」

「……」

 やがて、最後の皿が空になる。

 女は立ち上がり、代金の横に金貨を一枚、そっと置いた。

「ごちそうさまでした。これ、ご迷惑料です」

「い、いや、こんなに……。それに、あんたが悪いわけじゃ……」

「……お腹が空いていて、つい」

 一瞬だけ、はにかむように微笑む。

「また来ます」

 そう言って、倒れた二人をひょいと担ぎ上げた。

「えっ」

「ちょっ……」

 女は、そのまま夜の通りへ消えていった。

 扉の外に出ていき、頭を下げて見送る店主。

 残された看板娘は、しばし扉を見つめたまま、動けない。

 ただ、カウンターに残された金貨が、静かに光っていた。

◇◇◇

 重厚なカーテンで外光を遮った執務室。

 机の前に控えた男が、声を低く落とす。

「……侯爵さま。最近、王太子殿下のご機嫌が……」

 書類から目を離さぬまま、侯爵は鼻で笑った。

「選りすぐりの女たちを侍女に据えてやっているはずだが」

「……オデット嬢が去ってから、殿下は『言いなりの女は面白くない』と。すぐに飽きてしまわれます」

 ペン先が、ぴたりと止まる。

「飽きるなら、新しい女を用意しろ。王太子に余計な知恵をつけさせるな」

「承知しました」

 一拍置いて、部下は言いにくそうに続ける。

「それから、女と子どもの供給が……契約していた組織が襲撃を受け、消されています」

 侯爵の視線が、ゆっくりと持ち上がった。

「……そんな契約の事実はない」

 低く、冷たい声。

「組織など、私は知らん。そうだろう?」

「……はい」

 短い沈黙の後、侯爵は椅子に深く背を預けた。

「聖女と共に、聖騎士も呼び寄せる。やつらが来たら邪魔者も消す」

 暖炉の火が、ぱちりと音を立てる。

「それまでは、些細な足跡の一つも残すな」

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