欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜

水戸直樹

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第14話 聖なる女

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 街道沿いの宿場町。

「おい、聞いたか?」
「聖女様だってよ」
「王都に向かう途中で、今夜はここに泊まるらしい」

 昼過ぎから、町は妙にざわついていた。
 荷車が道端に寄せられ、露店の火がいつもより早く入った。

「黒い髪の、すげえ綺麗な人だったって」
「本物の聖女様か?」
「婆ちゃんの脚、治してもらえねえかな……」

 宿の前には、すでに人だかりができている。

「まだ出てこねえのか」
「そりゃ疲れてるだろ」
「毎日、奇跡だの祈りだのって話だしな」

◇◇◇

 宿の二階、奥の部屋。

 薄いカーテンの向こうで、ざわめきが途切れずに続いている。

「……あのさ。外、すごくない?」

 ベッドに腰掛けた女が、半分だけ振り返って言った。

 黒髪。大陸には珍しい顔立ち。
 聖女エリカ。

「人が多いですね」
「さすが聖女様だ」
「ここまで声が届いてます」

 両脇には、甲冑を脱いだ二人の若い男。
 聖騎士の装束を着ていても、視線は無意識にエリカを追っていた。

「はぁ、みんな必死すぎるのよね。悪いけどウザいわぁ」

 唇の端が、わずかに吊り上がる。

「癒しを求める方も、多いかと」

「“癒し”ねえ」

 エリカは、ベッドに仰向けになる。
 胸元の留め具を、指先でひとつ外した。

「アタシさ、タダ働きのいい子ちゃんやりたくないんだよね」

 聖騎士の一人が、わずかに息を呑む。

「ですが……下で待っている方々が……」

「明日でいいでしょ」

 即答だった。

「キリがないのよ、アンタらもそれくらい分かるでしょ?」

「……ですね」
「次を求められます」

「だから一日三人まで。貢物が多い順で」

 エリカは横目で二人を見る。

「あ、でも。若くて、いい男なら優先で」

 寝返りを打ち、枕に頬を押しつける。

「食べ物と、酒。強いの」

「かしこまりました」
「お酒は……いつもの、で?」

「うん。それと――」

 一拍。

「あとで、どっちか残って」

 言い方は軽い。
 命令でも、誘いでもない声音。

 聖騎士たちは一瞬、言葉を失い、顔を見合わせた。

「……承知しました」

「ありがと」

 満足そうに、目を閉じる。

 外では、祈るような声が重なっている。

「聖女様……」
「どうか……」

 その音を、エリカは天井を見つめたまま聞いていた。

 小さく息を吐く。

「王都に着いたら、王子サマだっけ?」

 片目だけ開ける。

「顔、いいんでしょ。楽しみだわ」

 聖騎士の肩が、わずかに強張った。

「それとさ――」

 エリカは、思い出したように言う。

「メイリーン……だっけ。王子にしつこく婚約迫ったっていう女」

 鼻で、笑う。

「ふぅん。アタシと張り合おうだなんて、勇気あるじゃない」

 一瞬だけ、瞳に冷たい光が宿った。

「聖女に勝てるわけないのに、痛い女」

 次の瞬間、その表情は消える。

「……王都に行ったら、どう“分からせて”やろうか」

 外に向かって、手を振るような仕草。

「今日は休み。窓、閉めて」

「はい」

 カーテンが引かれ、ざわめきは遮断された。

 部屋に残ったのは、酒の匂いと、
 聖女の気だるい呼吸だけだった。

◇◇◇

 その夜、公爵家所有の城館。

 元・王太子付き侍女シビラは、久しぶりに家族と同じ屋根の下で過ごしていた。

「姉ちゃん!このベッド、フカフカだよ!」

「ほんとだね。これ、何でできてるんだろ?藁でも綿でもないし……シビラ、知ってる?」

「ううん……。でも、これ、私がいた東宮のより、いいかも」

 言いかけて、言葉が止まる。

「……王太子殿下のベッドでも、ここまでじゃ……」

 胸の奥が、ひやりと冷えた。

「シビラ?どうした?」

 父の声に、はっと顔を上げる。

「ううん、なんでもない」

 そう言いながらも、冷や汗が伝うのが自分でも分かった。

「……あ、そうだ。ここのお庭の井戸のお水、美味しいの。みんなの分、汲んでくるね」

 早口で言い切って、外へ出る。

◇◇◇

 裏口を出たところに、一頭の馬が大人しく立っていた。

 黒いフードをかぶった人物が、その首元を撫でている。

「つぶあん、ここで待っててね。すぐ戻るから」

 女の声。

 馬は鼻を鳴らし、甘えるように頭を寄せた。

「もう、つぶあん~!この、かわい子め~」

 思わず、笑いがこぼれた。

「あははっ。……つぶあん、って」

 女が振り向く。

「シビラさん、こんばんは」

「あっ……。あの、すみません。私のこと、ご存知なんですか?」

「あ、ごめんなさいね」

 女は、するりとフードを外した。

「化粧が手間で、これで顔を隠してただけなの」

「あ……!」

 あの日の人。

「セレスさん……!」

 命を奪われかけた自分を、
 助けてくれた人。

「あの……、ありがとうございました!」

 深く頭を下げる。

「ううん。こちらこそ」

 セレスは、少しだけ視線を落とした。

「ここでの暮らしは慣れたかしら?」

「は、はい。オデット様もジャイアナ様も……みなさん、よくしてくれて。家族まで……」

 やはり、早口になってしまう。

 セレスは静かに頷くと、

「……ちょっとだけ、触っていいかしら?」

 シビラに近づいた。

「あ、はい……?」

 肩先に、そっと手のひらが当てられる。

 セレスの唇が、小さく動いた。

(……)

 淡い光が、ぽわりと滲む。

 すぐに、消えた。

「あ……あれ?」

 背中が、軽い。
 体が、すっと楽になる。

 胸の奥にあったものが、言葉にならないまま静まった。

「少しだけ、お祈りしておいたわ」

 セレスは微笑む。

「じゃ、またね」

 手を振り、館へ入っていく。

 その背中を、
 シビラは何も言えないまま見送った。

 夜の空気だけが、静かに流れていた。

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