完結|ひそかに片想いしていた公爵がテンセイとやらで突然甘くなった上、私が12回死んでいる隠しきゃらとは初耳ですが?

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5章 筋書きならお任せください

14話 第二王子の篭絡⑤

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 ソーマはひとつ頷き、長い長い話をしてくれた。未来予知シミュレーションでなく、実際に経験した話を。

「――わたしも魔力を秘めるゆえ、主人公を邪魔する存在と見做され、ふらぐ危機を招くのですね」
「……うん」
「二回目にあなたを信じていれば」
「いや、僕が君を戸惑わせた。申し訳ない」

 ソーマが唇を引き結ぶ。責任を感じているようだ。わたしは記録を中断し、ソーマの手に手を重ね、微笑みかける。

 四回目の処刑の話では、ソーマがぎゅっと目を瞑る。

「君は自分の命を大事にして」

 わたしは申し訳ない気持ちになった。以前の自分なら、初恋に破れ、国のためと言われれば、死をも聞き入れてしまう気がする。

 六・七回目の事故や病気に見舞われた話では、ますますソーマの顏が曇る。

「ソーマ。わたしはここにいます」

 以前も伝えた一言を囁く。こんな記憶を独りで抱えていたのかと、わたしの胸も痛む。

 八回目の戦死の話では、ソーマの紅眼から一筋、涙が伝ったように錯覚した。

「パルラディが休戦協定を破るとは。ステヴァン殿下はわたしにも親しくしてくださる、友好的な方ですのに」
「……原作どおりだ。彼も『悪役』なんだ。原作の『強制力』を痛感した」
「魔法で攻め込まれる……そう言えば、どんな方法で封印が解けるのですか?」

 一周目、解放こそしていないが方法は知っているふうだった。だがソーマはたちまち消極的な物言いになる。

「この答えだけは時間を置かせてほしい。この話をするなら他の話はしない」
「……手遅れにならないなら、それで構いません」

 他の話と天秤に掛けられては敵わない。まだまだ聞きたいことは多い。

 十回目。ソーマは自分自身がわたしの死亡ふらぐだと疑い、自ら命を絶ったという。わたしは手記を取り落とした。反射的にソーマを抱き締める。

「わたしのために死を選ぶなど、二度としないでください」
「わ、ぁ!? へへ。何てことないよ。日本で情報収集した上で、やり直せるし」

 苦痛だったろうに何でもない声色で言う。わたしのほうが息苦しくなる。一周目も、
『何度だって、君の命を守るためなら、自分からでも擲てる』
 と――。

 背中がひやりとした。まるで、毎回死んでいるような口ぶりではないか?

「待ってください。わたしの死亡ふらぐを壊すためのやり直しテンセイの方法は、まさかあなたの死なのですか?」

 わたしは勢いよく顔を上げた。事実、わたしも死ぬと同時に今日に戻っていた。
 ソーマが視線を外す。話し過ぎたという表情だ。だが、問いは取り下げない。

「君を喪って生き永らえても意味がない」

 遠回しの肯定。

「……物語の外ニホンでも?」

 蝋燭の火が揺れる。まだまだ夜は明けない。ソーマは観念した横顔で、頷く。

「毎回、僕が事故で死ぬ日に戻る。別の世界で死んだ人の意識が、この世界にもともといた人の中で目覚めるのが転生だから」

 わたしは息が止まった。「魔法は何かを奪ってしまうこともある」という、幼い兄の声がよみがえる。

「わたしの二倍、死を繰り返したのですか」
「そうだよ」

 ソーマはさらりと認めた。死を経験し過ぎて麻痺してしまっているのか。わたしは自分の生が尽きる瞬間の怖さを思い出して、蒼褪める。

「記憶をもとに、そちらの世界で、ご自分の死を回避することもできるでしょう?」
「そしたら君を救えない。どの君の気高さも無念も、憶えてる」

 国より自分よりわたしが大事だと、彼は何度も言った。一周目は受け入れられず、本気では困るとも思った。今は種類の異なる苦みがこみ上げる。

「かと言って、どうして独りで、何度も、死の苦しみを味わうのです。わたしも、頼りなくても、一緒に『すろうらいふえんど』を叶えたかった。わたしの幸せには、あなたが……、ソーマも、幸せに……っ」

 言葉がまとまらない。声が滲んで、自分が泣いているのに気づいた。悲しみと悔しさ、そして愛しさがとめどなく溢れる。

「優しい子。何もできずに死んで終わりじゃなく、この君のいる世界でまた生きられるだけで、充分幸せだよ。いつも君が迎えてくれるから、死ぬのは怖くなくなった。僕は、君を守れればそれでいいんだ」

 ソーマこそ優しく、わたしの頬を拭った。それでいて、表情は必ずやり遂げるという決意に満ちている。

「なのに十二回目は、君に庇われた。今回は、無能な僕に優しくしないで」

 彼の感覚では、ついさっき起きた悲劇だ。

「……それは聞けない相談です」

 わたしはソーマにぴたりと寄り添い、生の証の体温を分けながら、自分の知らない「十二回目の自分」を想像した。十年の片想いに準じて身体を張り兼ねない。

『私のほうも、ほんの三か月の想いではないとわかってほしい』――。
 ソーマも、合わせて十年近く試行錯誤している計算ではなかろうか。
 もっとも、わたしは想いを秘めて想像の戯曲を書き連ねていただけ。ソーマは自らの命を懸けていた。重みも一途さも桁違いだ。

 そこまで懸けてくれるのは「オシ」だから?

「もうひとつ。『オシ』とは何ですか?」
「それも知ってるの。僕の定義では、好きになっちゃいけない人、かな。それもフラグな気がするんだ。九回目とか」

 ソーマが自嘲まじりの溜め息を吐く。
 そんな。疑問点や謎の単語について大体聞けたと思ったら、告白の機会を封じられてしまった。

(やはり、わたしの生死と恋愛は別の話……。いえ、むしろソーマに生きて幸せになってもらうには、恋心は今度こそ葬らないといけないのかもしれません)

 「男性同士が結ばれる」キョウセイリョクは、わたしたちには働かない。それに反すると、「主人公が欲しいものを手に入れる」キョウセイリョクに捕まるというのか。

 ――それなら。
 わたしは告白の段取りを変更して、万年筆を握り直す。

「それは『悪役』ゆえでしょう? でしたら、筋書きを配役から変えるのです。わたしもあなたも死なず、国は安寧で、すろうらいふできるように」
「いや僕の命は別に」
「あなたはあなたの命に拘泥されませんが、遺されるわたしの気持ちを想像したことはありますか? 二周目のわたしは手段を選びませんし、決してあなたを死なせません」
「はい。申し訳アリマセン」

 指を突きつけると、ソーマはお手上げと両手を挙げた。
 わかればよろしい。話を再開する。

「一周目は、原作で定められた未来から外れ過ぎないようにしても、うまくいきませんでした。あなたが『悪役』でわたしが『脇役』である限り、生き残れない」
「……うん」
「それなら一から、わたしたちが『主人公』の物語を創り、生きましょう」

 人生は物語だ。物語だからこそ、白い頁を埋めていくのも可能なはず。まだ書かれていない頁を、自ら書く。そして世界を根底から変える。

 ソーマはというと、小さく口を開けている。

「その発想はなかった……。昔の仕事が細かいリテイクばっかりだったし。中途半端に修正するんじゃなく、丸ごと差し替えるのか」
「鍵は、キョウセイリョクの外の部分です。たとえばあなたは、この万年筆をわたしに貸してくださったのを知りませんでしたが、公爵が取った行動です。このように、わたしたちの意思で物語を積み重ねていけば」

 今だってするする言葉が出てくる。定められたのではなく、わたしの意思として。

「なるほど。十三回目をループしたのは、この展開につながるフラグを建てられたからかも」
「わたしが時間遡行したのもこのためかと。戯曲を書くのは得意ですよ」


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