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5章 筋書きならお任せください
14話 第二王子の篭絡⑥
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筆を執ると請け合えば、ソーマの顏がみるみる晴れていく。
魔法は遣えずとも、ふたりの記憶を駆使すれば道を切り拓けるはずだ。
「僕の転生も原作にないしな。何度も転生できたのは新しい物語を創るため、か。僕みたいな凡人が主人公なんて思いつかなかったよ」
「わたしも、第二王子なのに大それたことをと思います」
互いにはにかむ。わたしとソーマは似ているところがあるようだ。
「よし。僕も案を出すよ。元の『主人公』だけど、ニコといって、」
しかしその二音を耳にした途端、血が煮えたぎった。寝具をぐしゃりと掴む。
「あの男は断じて許しません。我がフセスラウをめちゃくちゃにしたのみならず、あなたを……っ」
「いいよ、思い出さないで」
ソーマが慌てたようにわたしの背中をさする。でも鎮まらない。
「わたしはあなたを目の前で喪いました。わたしもニコに殺されました。この二周目ではニコを、……」
「殺したい?」
十九年の人生ではじめて抱いた激情に声を詰まらせたものの、ソーマに静かに言い当てられた。
「はい。『悪役』になっても構いません」
二周目のわたしは、「優しく無垢な弟王子」ではない。そこが変わらないと喜んでいたソーマは幻滅しただろうか。
「……君は悪役顔もいいね」
こわごわ窺えば、場違いにも頬をゆるませていた。今のわたしも受け入れてくれるらしい。
ほっとしたのも束の間、ソーマが慎重に口を開く。
「ただ、ニコが主人公でなくなっても、殺さないほうがいいと思う」
「どうしてです」
「十一回目の後、作者……の上の神に、警告された」
「カミ?」
「君たちにとっては、『始まりの魔法遣いたち』みたいな」
問い詰めれば、声がさらに重くなる。怯えも見え隠れするが、わたしにはソーマの死より怖いものはない。
「ですが、生かしておけば、キョウセイリョクを操って元の未来に戻され兼ねませんよ。彼は『テンセイシャ』です」
「ニコも転生者!?」
今夜三度目の絶叫。ソーマは「申し訳ない」とわたしの耳を撫でた。却って赤くなる。
「もうテンセイしていると思います。滑落事故の原因になった、婚約解消を申し出る兄の書簡は、ニコが騙ったものでしょう」
「ああ、それで原作にない事故が起こったのか。ニコにすれば、コンスタンティネの婚約者を早く抹殺すれば、そのぶん早く魔力の封印も解ける……。一人目、か……」
ソーマが一人でぶつぶつ言う。彼の癖だ。口を挟まず待つ。
「だったらなおさら、ニコの生死は保留にさせてほしい。それと、君が二周目なのも知られずにいよう。人前では『エドゥアルド』として接してもらえるかな。僕……私も公爵として振る舞い、君との距離が近過ぎないようにする。よいな」
出された結論にはしかし、首を縦に振りがたかった。
(頭では理解できます。一周目は「公爵」と過ごす時間が増えたために、「王権簒奪をもくろんでいる」などと捏造されました。ただ、せっかく距離が縮まりましたのに)
ソーマはそんなわたしを見兼ねてか、
「今回は絶対に死なない」
と小指を絡ませてくる。ソーマの手は熱い。熱いのに、切ない。
「わかりました。大団円を迎えるまでは、単なる『弟王子』と『王太子の婚約者』ですね」
切ないけれど、失敗は繰り返さない。
野外茶会も、私室での会話も、最期のやり取りも、わたしの記憶の中にあるから平気だ。わたしの恋はもともと始まらず終わる予定だった。三か月ぶんの記憶で、充分生きていける。
気を取り直して、新たな筋書きを組み立てていく。
「新しい物語の君はある意味、原作のエドゥアルドよりずっと悪役だ」
「悪役はお嫌いですか?」
筆が乗るあまり、ニコらに一周目の報いを受けさせようとし過ぎたか。こわごわ訊けば、ソーマはうっとりと首を左右に動かした。
「主人公が善とは限らない。むしろ悪が魅力ともなる。主人公の『悪役王子』と『転生公爵』の物語を、やり直そう」
共犯とならんとするような企み声に、背筋が甘く疼く。
(壮大な恋物語の、ほんの一幕目と思うことにしましょう――)
空が白んできた。
涙の跡も消え私室に戻ろうとするわたしを、ソーマがぎこちなく呼び止める。
「……ユーリィ。憧れの『公爵』を奪う形になって、申し訳ない」
紅眼を見上げる。
わたしの初恋相手は、公爵。その人として目覚めたからソーマに惹かれたのだろうか? これはソーマに訊いても答えは出ない。
「お気遣いなく。あなたのせいではありません」
微笑んでみせ、手記を抱え直す。書き留める効果を教えてくれたのは、亡きエドゥアルド公爵だ。叶わなかった初恋を、胸の裡でやわらかい織布に包む。
一周目――初演では、ソーマは自身を「悪役公爵」と呼んだ。再演となる今は、わたしが「悪役王子」だ。
裏切り者を断罪し、最後まで生き残る。主人公かつ悪ならではの痛快劇を披露しよう。
再演が、幕を開ける。
魔法は遣えずとも、ふたりの記憶を駆使すれば道を切り拓けるはずだ。
「僕の転生も原作にないしな。何度も転生できたのは新しい物語を創るため、か。僕みたいな凡人が主人公なんて思いつかなかったよ」
「わたしも、第二王子なのに大それたことをと思います」
互いにはにかむ。わたしとソーマは似ているところがあるようだ。
「よし。僕も案を出すよ。元の『主人公』だけど、ニコといって、」
しかしその二音を耳にした途端、血が煮えたぎった。寝具をぐしゃりと掴む。
「あの男は断じて許しません。我がフセスラウをめちゃくちゃにしたのみならず、あなたを……っ」
「いいよ、思い出さないで」
ソーマが慌てたようにわたしの背中をさする。でも鎮まらない。
「わたしはあなたを目の前で喪いました。わたしもニコに殺されました。この二周目ではニコを、……」
「殺したい?」
十九年の人生ではじめて抱いた激情に声を詰まらせたものの、ソーマに静かに言い当てられた。
「はい。『悪役』になっても構いません」
二周目のわたしは、「優しく無垢な弟王子」ではない。そこが変わらないと喜んでいたソーマは幻滅しただろうか。
「……君は悪役顔もいいね」
こわごわ窺えば、場違いにも頬をゆるませていた。今のわたしも受け入れてくれるらしい。
ほっとしたのも束の間、ソーマが慎重に口を開く。
「ただ、ニコが主人公でなくなっても、殺さないほうがいいと思う」
「どうしてです」
「十一回目の後、作者……の上の神に、警告された」
「カミ?」
「君たちにとっては、『始まりの魔法遣いたち』みたいな」
問い詰めれば、声がさらに重くなる。怯えも見え隠れするが、わたしにはソーマの死より怖いものはない。
「ですが、生かしておけば、キョウセイリョクを操って元の未来に戻され兼ねませんよ。彼は『テンセイシャ』です」
「ニコも転生者!?」
今夜三度目の絶叫。ソーマは「申し訳ない」とわたしの耳を撫でた。却って赤くなる。
「もうテンセイしていると思います。滑落事故の原因になった、婚約解消を申し出る兄の書簡は、ニコが騙ったものでしょう」
「ああ、それで原作にない事故が起こったのか。ニコにすれば、コンスタンティネの婚約者を早く抹殺すれば、そのぶん早く魔力の封印も解ける……。一人目、か……」
ソーマが一人でぶつぶつ言う。彼の癖だ。口を挟まず待つ。
「だったらなおさら、ニコの生死は保留にさせてほしい。それと、君が二周目なのも知られずにいよう。人前では『エドゥアルド』として接してもらえるかな。僕……私も公爵として振る舞い、君との距離が近過ぎないようにする。よいな」
出された結論にはしかし、首を縦に振りがたかった。
(頭では理解できます。一周目は「公爵」と過ごす時間が増えたために、「王権簒奪をもくろんでいる」などと捏造されました。ただ、せっかく距離が縮まりましたのに)
ソーマはそんなわたしを見兼ねてか、
「今回は絶対に死なない」
と小指を絡ませてくる。ソーマの手は熱い。熱いのに、切ない。
「わかりました。大団円を迎えるまでは、単なる『弟王子』と『王太子の婚約者』ですね」
切ないけれど、失敗は繰り返さない。
野外茶会も、私室での会話も、最期のやり取りも、わたしの記憶の中にあるから平気だ。わたしの恋はもともと始まらず終わる予定だった。三か月ぶんの記憶で、充分生きていける。
気を取り直して、新たな筋書きを組み立てていく。
「新しい物語の君はある意味、原作のエドゥアルドよりずっと悪役だ」
「悪役はお嫌いですか?」
筆が乗るあまり、ニコらに一周目の報いを受けさせようとし過ぎたか。こわごわ訊けば、ソーマはうっとりと首を左右に動かした。
「主人公が善とは限らない。むしろ悪が魅力ともなる。主人公の『悪役王子』と『転生公爵』の物語を、やり直そう」
共犯とならんとするような企み声に、背筋が甘く疼く。
(壮大な恋物語の、ほんの一幕目と思うことにしましょう――)
空が白んできた。
涙の跡も消え私室に戻ろうとするわたしを、ソーマがぎこちなく呼び止める。
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わたしの初恋相手は、公爵。その人として目覚めたからソーマに惹かれたのだろうか? これはソーマに訊いても答えは出ない。
「お気遣いなく。あなたのせいではありません」
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一周目――初演では、ソーマは自身を「悪役公爵」と呼んだ。再演となる今は、わたしが「悪役王子」だ。
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再演が、幕を開ける。
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