完結|ひそかに片想いしていた公爵がテンセイとやらで突然甘くなった上、私が12回死んでいる隠しきゃらとは初耳ですが?

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5章 筋書きならお任せください

15話 再演の幕開け

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 翌日。
 緊急議会にて、公爵の禁忌破りに関する処遇を「仮死状態からの回復ゆえ咎めなし」に着地させる。母からの婚約の勧めもやんわりかわす。そして、

「新しく雇った洞窟管理役の素行がどうもよくありません。盗み食いしたり、騎士の剣を雑に扱ったり、このせか……社会の常識に欠けると言わざるを得ません」

 と、さり気なくニコの任を解いた。

 出た芽を摘むのでなく、種を撒かせない。これでニコは兄にも物語にも関われない、わたしたちに手出しできないと踏んだのだが――。

 公爵の静養三日目。深夜に客間を訪ねたわたしは、はしたなくも地団駄を踏んだ。

「あの男、家に帰らず騎士団に入り、ペトルの下についたようです」
「ああ。幼馴染騎士のサブストに、そんなifがあったかも」

 執務机に腰掛ける公爵――ソーマのほうは、特段驚く素振りもない。
 まだ寝台にいてほしいのに「昔は病み上がりでもこの時間までふつうに働いていた」らしい。

 しかもまた、彼の口から聞き慣れない単語が飛び出した。ちゃんと聞こうと持参の手記を開く。

「オサナナジミキシのさぶすと、とは」
「ふふ、声優さんもびっくりの棒読みだ」

 ソーマが小さく笑う。何だか目の前のわたしではなく、創作の登場人物――「優しく無垢な弟王子」を愛おしんでいるように見える。自分自身に嫉妬してしまう。

「説明するから、いやでなければ、座ってくれないかな」

 そうと知らないソーマは、ぽん、と自身の膝を示す。一周目は有無を言わせずだったのが、「エドゥアルド」という「悪役」を演じていないときの彼は控えめらしい。

 今は人目もない。わたしはいそいそ体重を預けた。定位置という感じで落ち着く。

「サブストーリーは、登場人物の過去や起こり得た未来のひとつだ。コンスタンティネとニコが結ばれるのが『正史』だけれど、婚約者のエドゥアルド、実は王太子に気のあるペトルやシメオンと3ぴ……ごほん、もし結ばれたら、がサービスで書かれてるんだ」
「……美しく清廉な兄に惹かれるのはわかります。ゆえにペトルとシメオンは、わたしの死亡ふらぐに関わってくるのですね」

 一周目の婚約式でわたしたちを裏切ったのも、そう定められているから。だとしても割り切れない。
 他にも正史の細かな部分を聞いたが、

「そんな顏しないで」

 とソーマに苦笑される。不服が顔に出てしまった。

「ニコが将来の王婿の座にかなければ国が破滅する、なんてとんだ笑い話です」
「『始まりの魔法遣いたち』も、ニコの意識が転生者に乗っ取られるとは思わなかったんだよきっと」
「ニコの対策は他にも筋書きに盛り込んでいますので、まあよいです」

 歯がゆくも切り替える。

「てかニコはともかく、ペトルとシメオンの攻略、本当にやるの?」

 対照的にソーマの声が沈んだ。
 戯曲の初稿を見せたときから渋っていたものの、「すろうらいふのためです」と呑み込んでもらう。

 「びいえるげえむ」のキョウセイリョクを逆手に取った展開を。



 公爵の静養六日目。客間に悲鳴が響く。ソーマが兄に「書簡のとおり婚約解消を了承する」と伝えている。

(わたしの書いた戯曲を、本当に彼に演じていただく日がくるとは)

 昂揚してしまう。「再演」の筋書きは、一周目の死亡ふらぐ破壊に比べてあくどいのに。
 覚えのない書簡を突きつけられ傷心の兄に、ペトルは義憤を募らせているだろう。その忠誠を、じる。

 みなが寝静まった夜。遅くまで王と王妃に婚約解消の件を慰留されていたソーマが、やっと石階段を下りてくる。
 そこにペトルが躍り出て、

「『王太子殿下を最後まで護れるのは、おれだ』」

 と斬りつけるのを――あえて止めない。
 ソーマは「さぶすと」の知識でペトルの待ち伏せを知っており、軽傷で済んだ。

(悪役王子たるもの、幼馴染が公爵を殺して兄との駆け落ちを試みるという「もしも」を利用するのです)

 ペトルが、わたしの指示で警備していた他の騎士に捕らわれ連行されていくのを、置物の陰から粛々と見送る。
 葬儀士の黒い式服ローブをすっぽり被れば、夜闇に同化できる。

 はずが、背中に熱を感じた。ソーマの紅眼だ。振り返らなくともわかる。それだけで心音が高まる。わたしの恋心は相変わらず乱れやすい。
 ソーマは、「悪の主人公」が負担でないか案じてくれているのだ。一周目はわからなかった彼の深い愛情が、今はよくわかる。

(わたしもソーマの怪我の具合が気掛かりですが……)

 振り返らない。振り返れない。一周目と同じ結末にしないために。


 魔法戦争によって不毛の地となり果てた、居住不可地区。
 廃屋と見紛う塔の石牢に、粗末な下衣姿のペトルが座り込んでいる。連日の雨でじめじめしていた。
 わたしはひとり、仄暗い柵の前に立つ。

「ペトル」

 彼がずっと護ってきた主君――兄とよく似た声と姿。ペトルがうっそり顔を上げた。

「ユーリィ殿下……なぜ、ここに」
「わたしはペトルの気持ちがわかりますよ。兄上を護りたかったのでしょう」

 情を込めて語り掛ければ、ペトルは彼らしくもなく泣きそうに顔を歪める。
 無精髭が伸び、自慢の体躯もしぼんでいた。正気に戻ったら犯した罪の重さを自覚したのだろう、数日にわたって水しか口にしていないという。

 彼はキョウセイリョクもわたしの罠も知らない。明かすつもりはない。一周目でソーマに剣を振るった罪を償わせる。そして。
 ペトルと目を合わせ、微笑みかける。

「もちろん後悔もわかっています。ゆえにあなたが処刑されてしまわないよう、わたしが守りましょう。それを伝えにきました」

 柵の隙間から手を差し入れ、ペトルの剥き出しの腕を思わせぶりにさすった。
 ペトルの体温が上がる。野生の気配が満ちる。


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