ヒールオメガは敵騎士の腕の中~平民上がりの癒し手は、王の器に密かに溺愛される

七角@書籍化進行中!

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4 ソコロフとアナトリエ

6 保留と再出発

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「ああ。すごく可愛かったぞ。治癒って目的がなければ、じっくり堪能したかったなあ」

 おそるおそる尋ねた意味がないくらい、満面の笑みで返された。
 目撃どころではない。

 死んでいると思って口づけや愛撫を許し、求めもしたのが悔やまれる。
 と言うか、傷への口づけ以外のあれこれは必要だったか?

「怪我人に何ということをするのだ、君は!」

 赤面を隠せない。剣を突きつけたいのに、愛剣は壁に立て掛けられていて手が届かない。

「いやいや、俺だって厳かに別れの挨拶をしようとしただけだ。苦情は精霊王に言ってくれ」

 代わりに逞しい肩に拳を見舞うも、エリセイにはじゃれつきにしか感じないらしく、にまにましている。

(人の痴態を思い出すなっ)

 どうしたらいいのかわからなくなる。
 だがエリセイは自重してくれない。

「甘い芳香も発してた。やっぱり運命に違いない」
「し、周期の発情発作に過ぎない。前回の発作から数か月経っているし。今まで何度も会っていたが周期は狂わなかったではないか」
「書庫ではじめて会ったときも周期の発作だったのか? 小屋で酒を飲んだときも?」

 半ばむきになって反論すれば、エリセイが顎に手を当てて考え込む。
 彼の言うとおり運命の番だと裏付ける要素もあれば、当て嵌まらない要素もあるのだ。

 エリセイの背中を守りたいと思った。
 だが、そばにいても発作は起こらない。習慣で自律できているだけだろうか。

(わたしがエリセイの背中に敬意に似た感情を抱いたのは、運命の番の条件を知る前だ。運命でなくとも純粋な恋情だと思いたいと言うか……)

 こちらも口を噤む。
 恋心の扱いが下手なばかりに、どちらにせよ命を救ってもらったことを感謝しそびれた。

 我ながら可愛くないが、いきなり振る舞いを変えられない。

(それに、本当に運命の番だったとしても、結ばれてめでたしめでたし、とはいかない)

 自分は今もソコロフ家近衛騎士だ。
 生を実感したら、気に掛かるのは主人のこと。
 微妙な空気を変えるのも兼ねて、

「それより、運命の番の条件の三つ目について、殿下たちにお伝えしなければ」

 と立ち上がる。

「……っ」

 たちまち蹲った。傷に刺すような痛みが走る。命は取り留めたが、即もとどおりとはいかないらしい。
 エリセイの膝に座らせられる。

「とことんおまえさんらしいな。わかった、俺たちが運命の番かどうか結論を出すのは急がなくて構わないよ。ただ、治癒中に俺が言ったことに一片も嘘はない。それは信じてほしい」

 エリセイの体温を感じながら、せめてと素直に頷いた。
 夢うつつに聞いた「愛してる」は決して忘れないし、それだけでよぼよぼになるまで生きていける。

 エリセイはほっと目もとを和ませたのち、表情を切り替えた。

「実は、坊っちゃんたちの密会から二日半経ってるんだ」
「!」

 思ったより長く昏睡していたようだ。

「坊っちゃんは俺の相棒に託した。レクスの動きはない。スフェンは死んだことになってる。それでも務めを果たそうってか」
「当然だ」

 今度は意気込んで頷く。たとえ主人に知られずとも、忠誠を尽くすのは変わらない。

「よし。スフェンの快復を見せれば、『癒し』の力がわかりやすい。癒す方法を説明するのは照れるが、主人のためなら致し方ないよなあ」

 すっかりいつもの口調で茶化された。
 無言でエリセイの胸板をはたく。
 主人の役に立つには、自分がどうやって命をつなぎとめたかまで報告するしかないのか……。

「はは。それと、プナイネンの若造も何とかしたい。スフェンを狙ってるだろ」
「ルドルフか。レクス殿下への対抗意識で、殿下の近衛騎士にちょっかいを出しているだけだ」
「いやそれだけじゃない。おまえさんは自分の可愛さをもう少し自覚しろ。二度どころか百度だって言ってやるぞ」

 不毛な言い合いまで始まる。
 エリセイは開き直った顏だ。こちらだって、自分を可愛いと思うなんてオメガとして負けも同然なので、簡単には聞き入れられない。
 努力はしてやることにして、話を戻す。

「ルドルフには『盾になれ』と言われた。レクス殿下とわたしの話を盗み聞いて、自分と番わせようと考えたんだ。我々以上に情報を持っているわけではないな」
「スフェンは若造の番じゃない、俺のだ」
「まだ君のでもない」

 動向を探る者の存在を共有していたのに裏をかかれた悔しさも相俟ってか憤慨するエリセイに、釘を刺す。
 説得力がないのでその膝からも下りた。今度は慎重に。

 隅の棚に畳んで置いてある、白い騎士服を手に取る。
 裂けた上衣はざっくり縫い合わせてあり、血の染みもできる限り綺麗にしようとしてくれたのが窺われた。
 改めて、この出血量でよく生きているものだと思う。

「あー、服には加護が効かないみたいでな、もとどおりにはほど遠いが」
「充分だ。ありがとう」

 騎士服のみならず、この服にこもった敬意や使命をも大切に扱ってくれたエリセイに礼を言い、袖を通す。
 加護に劣らず力が漲った。
 エリセイはこちらを見つめ、はにかむように頬の傷痕を掻く。

「先にアナトリエ城へ向かわせてもらえないか? 坊っちゃんには俺以上に頼りになる味方がいない。レクス殿下なら、あと数日うまく立ち回れるだろ」
「もちろん。どなただと思っている」

 そうと決まればと暖炉を片づけ、それぞれ厨子を懐に収める。

 主人たちの恋は、まだ潰えていない。ソコロフとアナトリエでも。
 自分たちの恋に報いるためにも、叶えにいく。


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