ヒールオメガは敵騎士の腕の中~平民上がりの癒し手は、王の器に密かに溺愛される

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4 ソコロフとアナトリエ

5 ヒールオメガの力

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 氷霧は晴れ、木造の小屋の中にいる。
 狭さも物の配置も、父の小屋によく似ていた。横たわる寝台の向かいに暖炉があって――。

(エリセイ?)

 濃灰の外套を纏った大男が、火の前にしゃがみ込んでいる。
 思わず上体を起こすと寝台が軋んだ。

「おお、起きたか。早速肉を食べて体力回復だ」

 振り向いた男は、やはりエリセイだ。
 呑気に笑いながら、木串に刺した兎の丸焼きを差し出してくる。

「……焦げている」
「いろいろ思い出してたらつい、な。食えなくはないだろ。俺の燻製肉を好まないスフェンのために獲ってきたんだぞ」

 香ばしいを通り越していることを指摘すれば、エリセイは口を尖らせた。だが仕草と裏腹に、緑眼には安堵と慈愛と満足感のようなものが浮かぶ。

(夢の続きか)

 二回続けて死後の世界に現れてくれるのは嬉しいが……眉を顰めざるを得ない。

「よもや君まで死んだのではあるまいな」

 不審を口にすると、エリセイは真顔になった。
 いつかみたいに五拍見つめ合ったのち、

「違う違う、スフェンが生きてるんだよ」

 と返ってくる。吹き出し笑いを添えて。
 生きている――?
 自分の身体を見下ろせば、白い騎士服でなく兎の毛皮をつなぎ合わせたものを着ている。

 その中に手を突っ込んでみる。
 上半身に斜めに走る傷痕に、指先が触れた。肌が少し引き攣れてはいるが、塞がっている。

(え?)

 次にエリセイの手ごと串肉を引き寄せ、齧りつく。エリセイの手は熱い。焦げた肉は苦い。緑眼を見上げると、心臓が早鐘を打つ。
 心臓が、動いている。

 エリセイを守って死んだはずが、生きているらしい。

「なぜ……?」

 呆然と訊く。
 エリセイは対照的に得心顔で寝台に腰掛けた。本調子でないこちらを肩に寄り掛からせてくれた上で、厨子を取り出す。

「まず、このお守りのおかげで即死を免れた」

 懐に入れていたほうのものだ。血に染まった精霊王像がほぼ真っ二つになっている。

「そして、ヒールオメガは『互いを癒すことができる』だろ?」
「? 癒しとは、盾になるという意味ではないのか」

 だろ? と言われても疑問は晴れない。
 具体的な説明を求めると、エリセイは渋い顔になった。

「スフェンはたぶん史料を読み違えてるな。俺が話そうとしたところに、プナイネンの若造の横槍が入ったんだった」

 素行はともかく家督を継いだプナイネン公であるルドルフを「若造」呼ばわりとは、勇ましい。もちろん窘めない。

「じゃあ、癒せるかもとも知らずに命を張ったのか。改めておまえさんの忠誠心はすごいな」
「……それより、早く仕組みを教えてもらえるか」

 ぎゅむっと抱き締められるも、ここが精霊界でないなら居たたまれない。照れ隠しも兼ねて、本題に戻るよう促す。

「ああ。癒しってのは、治癒能力だ。命を救える。たとえ死ぬほどの怪我であっても」
(治癒能力だと?)

 息を呑んだ。彼はそれを目撃したわけか。

「昔々、人間の男と恋に落ちた精霊王がいてだな」
「それはわたしもソコロフ城の書庫で読んだ。善き王だろう」
「おっ、話が早くて助かる。精霊王は、愛する男が戦いで傷つく度、不死身の力を分けて治癒してやったんだ」

 盾でなく、治癒。
 確かに読み違いのようだ。読解力はエリセイのほうが上なので異論はない。

「男は精霊王直々の加護によって生き抜き、ついに戦いを収め、善き王になった。ただ、善き王の子どもたち――次代の王も、精霊との混血とはいえ、不死身じゃない。だから精霊王は、その伴侶に癒しの加護を授けたってわけだ。それがヒールオメガ」
「わたしはヒールオメガなのか……?」

 エリセイはゆっくり話してくれるが、それでも理解が追いつかない。
 そもそも前提に実感がなかった。

 オメガの中でも特別な力を持ち、アルファの中でも王に相応しい男の番である、ヒールオメガ。
 ニキータがそうではないかと考えていたが、まさか自分も?
 当代に一人いればよさそうなものだが。

「癒せたからにはそうだな」
「いや、オメガがアルファを癒す力だろう。逆ではないか」
「番のアルファに触れてもらえば、自分自身も癒せる。ほら、伝承書に『オメガもまた精霊のように不死身ではない』ってあったろ。番が末永く添い遂げられるようにって計らいだと考えてる」
「ふむ……『ゆえに加護を互いの番に』の先に書かれていたのは、『与え合える』だったのか」

 王城書庫でエリセイと一緒に読み進めた本の、破れていた頁を思い起こす。
 身を以って解読することになるとは思わなかった。

 精霊たちに死という概念はない。精霊界に常に在る。その力を加護として授けられた――。

(わたしにそんな力があったとは。弓や槍が当たらないのも、ヒールオメガの特徴だったのか?)

 まだ半信半疑な一方、エリセイは鉱物を掘り当てたみたいな顔で続ける。

「アナトリエ城の書庫に入り浸って、歴代のアナトリエ公の日記を探してみた。そしたら、身内の公位継承権争いとか、王位をめぐる他家との対立で大怪我を負ったのに、何なら葬送の準備もされたのに、以降も夫夫ふうふで統治を続けてる記述がいくつかあったんだよ。そちらさんの記録も見れば、生き返りの王と伴侶がもっといそうだ」

 イスの歴史において、戦乱は今に限った話ではない。
 勝利を収めた善王たちは決まってアルファで、ヒールオメガと癒し合いながら生き残ったようだ。

(二大貴族の戦いによって、史料が散逸したり埋もれたりせずにいれば)

 オメガの体質の仕組みや役割が知られ、単に発情発作のある迷惑な存在とは思われなかったはずだ。口惜しく思う。

「それで百年前の両公子は、一人のヒールオメガをめぐって……待て」

 疑問点はまだある。
 ちゃっかり腰に回ったままのエリセイの腕を、ぺしんとはたいた。

 百年前の公子たちは、癒されず亡くなった。なぜなら。

「互いを癒すことができるのは、[運命の番]のみだ。わたしたちは違う」

 エリセイの得意顔につられて納得しそうになった。
 自分たちは運命ではない。自分で言って哀しくなるが、事実だから仕方ない。

「癒せたのなら、俺たちも[運命の番]ってことだと思わんか?」

 だが、エリセイはなおも大真面目に自説を説く。

「俺のほうも、以前書庫で剣を突きつけられた傷が、スフェンに触れたらすぐ治った。雪室を掘ったときの腰の痛みも、スフェンにさすってもらったら消えた」
「掠り傷で、腰だって痛いうちに入らない程度だったろう」

 否定が口を衝いた。
 自分がエリセイにとって特別だったら嬉しいが、早とちりなら余計落胆が大きくなる。

「おまえさんは死ぬほどの傷だったよ。この小屋じゃなくアナトリエ城まで行ってたら間に合わなかったと思う。守りたい人の血肉を抉ったときの感覚が、今も俺の手に染みついてる……」
「っ」

 エリセイの大きな手が震えているのが見えて、反射的に両手で包み込んだ。
 死ぬならエリセイの剣によってがいい、なんて。エリセイにはいい迷惑だ。

「それは済まない。ああすれば君も両公子も死なせず収められると思ったのだ」
「スフェンらしいな。だが二度とやらんでくれ」

 これには何も言い返せない。
 あんな窮地は二度と招くまい。――と、言うか。

 密会前と変わらぬ物腰のエリセイを見上げる。怪我人なので騎士的対応をしてくれているだけに違いない。

「……君こそ、わたしたちが君たちを陥れたと、見限ったのではなかったのか」
 手紙交換と史料調査の日々むなしく、ソコロフとアナトリエの宿命に呑まれたと思った。ひしひしと決別を感じた。
「誓って、陥れてはいない」
「あーうん、わかってるよ」

 どうしても行き違いを解きたくて前掛かれば、エリセイはあっさり受け入れる。
 では、なぜレクスに剣を向けたのだろう。

「ただどっちにしても、坊っちゃんが置かれた状況は同じだった。だから俺が派手に立ち回って、その隙にオメガのおまえさんに坊っちゃんを連れ出してほしかったんだ」
「え?」
「なのに目で合図してもちっとも伝わらないどころか、俺の剣を避けもしなかった。俺の強さを知ってるくせに」

 エリセイが深々と溜め息を吐く。
 一騎打ち中に彼がニキータに視線を向けたのは、愛する主人を見つめたのでなく、こちらへの合図だったのか。

(まったく読み取れなかった)

 言われてみれば、オメガは他のオメガの芳香を嗅ぎ取れず、欲も刺激されない。

「……済まない」

 鈍過ぎた申し訳なさと、失望されていなかった安堵とが入り混じる。

 ここが現実の父の小屋で、エリセイが敵方ながら「埋める」と嘯いて逃げ込み介抱してくれたのは、もう疑わない。

(それにしても、死ぬほどの傷をどう塞いだのだろう)

 それでもヒールオメガの実感が湧かないのは、具体的な癒しの方法が思い当たらないのもある。
 さっきエリセイは「番のアルファに触れてもらえば」とか言っていた。

 ふと、都合のいい夢だと解釈したエリセイとの触れ合いが脳裏をよぎる。

「では……癒しの方法とは、もしかして……」

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