ヒールオメガは敵騎士の腕の中~平民上がりの癒し手は、王の器に密かに溺愛される

七角@書籍化進行中!

文字の大きさ
23 / 37
4 ソコロフとアナトリエ

4 精霊界にて

しおりを挟む
 かすかに目を開けると、真っ白な氷霧に取り巻かれていた。

(精霊界も冬なのだろうか)

 死後の世界はしんとして、寒くはないものの、もう少し賑やかで緑豊かでもいいのに、などと思う。
 ふかふかしたものに寝転がっていて、手脚を動かせない。
(エリセイがわたしを埋めると言っていたっけ。そのせいかな……)

「スフェン! スフェン、俺だ、わかるか?」

 緑を求めたためか、はたまたエリセイのことを考えたためか、エリセイのみずみずしい緑が唯一の色として目に飛び込んできた。

(ふふ、合言葉を決める前のような台詞だ)

 懐かしさに笑みを浮かべる。
 死んで最初に好きな人の幻を見せてくれるとは、精霊王はなかなか粋だ。

 ただエリセイの声色は生前みたいにのんびりしておらず、必死で、悲愴ですらある。

(せっかく守れたのだからそんな顔をするな) 

 重い腕をぎしぎし持ち上げ、頬の傷痕を撫でてやった。

「低温で運んだからうまくいったか? 待て、目を瞑るな」

 すかさず大きな手を重ねられ、暖かさを感じた。心地よくて瞼が落ちる。

「スフェン――スフェン。どうしてこんなことになった。坊っちゃんたちをくっつける任務が完了したら、大っぴらにおまえさんに愛してると言おうと思ってたのに……のんびりしてた俺のせいだ」

 エリセイの頬に当てたままの手に、水滴が伝った。
 まさか泣いているのか? 死後の世界でもエリセイに調子を狂わされ、困惑する。

(わたしはエリセイにとって特別ではないはず)

 だから「愛してると言おうと思ってた」というのは、願望の投影だろう。
 なんて、もうない胸の中心をぎゅっと握り潰されたみたいに感じていたら。

「本当に最期なら、誓いたい。俺の人生唯一の愛は、永遠にスフェンのものだ」

 唇に熱くやわらかいものが押し当てられた。エリセイの唇だ。
 まるで加護を、命を込めるかのような口づけ。
 熱が唇から全身へゆるやかに拡がり、つま先がぴくりと動く。感覚も復活し、身体の下に敷いてあるのが毛皮だとわかった。

「……出血が止まった? これは、そうか! ちょっと失礼する」

 エリセイは何やら口早に言うと、それまでの触り方と一転、こちらの騎士服をごそごそ剥ぎ出す。
 そう、死後の世界でも騎士服を着ている。

「スフェン、」

 抵抗できないのにかこつけ、左の肩口から右の脇腹に掛けて、エリセイの熱い唇が辿った。時折舌も這わされる。

(何、をする)

 エリセイは常に騎士的対応をしてくれた。ちゃっかり抱き締めたりはしても、こちらの意思を無視することはなかったのに。
 いや、願望の投影ならば、彼にこんなふうに触ってほしかったということか。

「……ん、……は、ぁ……っ」

 死後はじめて声が出た。ただし甘ったるくて、自分のものとは思えない。

「よしよし。後で好きなだけ剣を突きつけていいから、こっちも可愛がらせてくれ」

 エリセイは喜ぶ様子で、深く息を吸う。傷以外のところも触り始める。

「ぁ、」

 胸の小さな突起にかぷりと吸いつかれ、また声が出た。

 執拗に舌で転がされるうち、くすぐったいような、経験したことのない痺れを感じる。
 それでもやめてほしくはなくて、エリセイの唇に胸を押しつけるみたいに身じろぐ。

「可愛い。ほんとに」

 エリセイはこちらの身体をしっかりと支え、下腹部にまで指を忍ばせた。

「……~っ」

 やがて、暖炉の木が爆ぜる音に紛れて、粘ついた水音が聞こえてくる。
 身体が熱い。頭がぼんやりして、瞼の裏でちかちかと「精霊の囁き」が起こる。

(発作と、似ている。死後まで発作があるとは。
ずっと律してきたが、幻のエリセイになら、身を任せてもいい、よな……)

 自分に言い訳して、生きている間は知らなかった快感に浸る。エリセイの手つきはやや早急だが丁寧で、情愛に満ちていた。

「はあ……」

 大きな手に愛撫されながら、先ほどの「愛してる」の響きも思い返して、噛み締める。

「……エリセイ。わたしも、愛していた。君を守れて誇りに思う」

 どうせ死んでいるし、本物のエリセイは当分精霊界にはやってこないからと、秘めていた恋心を打ち明けた。
 エリセイに触れられる度にふくらんで、抑えられない。

「君がアルファだからでは、ない。わたしの騎士としての、オメガとしての努力を褒めてくれて、嬉しかった。君は自分が思うより慧く、いざとなったらやる男だ。容貌も悪くない。それと、その大きくて暖かい手が、とても好きだった……」

 言葉にしてみるとべた惚れだ。
 実際に伝えたら、エリセイはどんな反応をしただろう。その機会はもうないが。

「スフェン」

 幻のエリセイは、いつの間にか騎士服の前をはだけていて、胸板をじかに傷に触れ合わせてきた。

「ぁ……ん」

 やはり安心する。熱い肌の感触が気持ちよくて、にじり寄る。

「まったく、おまえさんは」

 唇で髪を掻き分けられた。耳に息が吹きかかる。

「俺のほうが愛してる。スフェンを可愛いと思ったのは、オメガだからじゃない。一本気に頑張るところが健気で可愛いし、尊敬もしたんだ。何よりスフェンだけが俺の忠誠心を掬い上げて称えてくれた。それに、俺の手にこんなに可愛く応えてくれる。上目遣いで見られる度、早くこうしたい、よぼよぼになるまで我慢はできんって思ってた」

 エリセイも、どこが好ましいと思っているか教えてくれた。いい勝負ではないか。

「ソコロフとアナトリエなのにな」

 小さく笑う。
 ソコロフとアナトリエでなければ斬り合わずに済んだ。
 でも、ソコロフとアナトリエでなければこの形で出会えなかった。

 身体に回されたエリセイの腕に力がこもる。

「二大家の戦いは、無益だ。それでも俺はアナトリエ家近衛騎士に叙されたとき、坊っちゃんを、うちの連中を守ると誓ったが。一人の男として守りたいのは、本当に守るべきものは、スフェン、おまえさんだ。覚悟が足りなかった罰は俺が受けるものなのに、こんな傷をつけちまって……。スフェンを精霊界から連れて帰れるなら、地位も名誉も何もいらない。生涯俺が守るから、どうか癒えてくれ」

 まるで運命みたいに言い募られ、ずいぶん都合のいい死後の夢だと思った。

 びくん、と身体が跳ねる。
 欲の解放と、エリセイの体温の心地よさとで意識がとろけた。



 今度は、何かが焦げる臭いに目を開けた。薄明るい。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

恵方巻を食べてオメガになるはずが、氷の騎士団長様に胃袋を掴まれ溺愛されています

水凪しおん
BL
「俺はベータだ。けれど、クラウス様の隣に立ちたい」 王城の厨房で働く地味な料理人ルエンは、近衛騎士団長のクラウスに叶わぬ恋をしていた。身分も属性も違う自分には、彼との未来などない。そう諦めかけていたある日、ルエンは「伝説の恵方巻を食べればオメガになれる」という噂を耳にする。 一縷の望みをかけ、ルエンは危険な食材探しの旅へ! しかし、なぜかその旅先にはいつもクラウスの姿があって……? 勘違いから始まる、ベータ料理人×氷の騎士団長の胃袋攻略ラブファンタジー!

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる

ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。 ・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。 ・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。 ・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。

抑制剤の効かない薬師オメガは森に隠れる。最強騎士団長に見つかり、聖なるフェロモンで理性を溶かされ、国を捨てた逃避行の果てに番となる

水凪しおん
BL
「この香りを嗅いだ瞬間、俺の本能は二つに引き裂かれた」 人里離れた森で暮らす薬師のエリアルは、抑制剤が効かない特異体質のオメガ。彼から放たれるフェロモンは万病を癒やす聖なる力を持つが、同時に理性を失わせる劇薬でもあった。 ある日、流行り病の特効薬を求めて森を訪れた最強の騎士団長・ジークフリートに見つかってしまう。エリアルの香りに強烈に反応しながらも、鋼の理性で耐え抜くジークフリート。 「俺が、貴方の剣となり盾となる」 国を救うための道具として狙われるエリアルを守るため、最強の騎士は地位も名誉も投げ捨て、国を敵に回す逃避行へと旅立つ。 シリアスから始まり、最後は辺境での幸せなスローライフへ。一途な騎士と健気な薬師の、運命のBLファンタジー。

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

憎くて恋しい君にだけは、絶対会いたくなかったのに。

Q矢(Q.➽)
BL
愛する人達を守る為に、俺は戦いに出たのに。 満身創痍ながらも生き残り、帰還してみれば、とっくの昔に彼は俺を諦めていたらしい。 よし、じゃあ、もう死のうかな…から始まる転生物語。 愛しすぎて愛が枯渇してしまった俺は、もう誰も愛する気力は無い。 だから生まれ変わっても君には会いたく無いって願ったんだ。 それなのに転生先にはまんまと彼が。 でも、どっち? 判別のつかないままの二人の彼の愛と執着に溺死寸前の主人公君。 今世は幸せになりに来ました。

処理中です...