25 / 37
4 ソコロフとアナトリエ
6 保留と再出発
しおりを挟む
「ああ。すごく可愛かったぞ。治癒って目的がなければ、じっくり堪能したかったなあ」
おそるおそる尋ねた意味がないくらい、満面の笑みで返された。
目撃どころではない。
死んでいると思って口づけや愛撫を許し、求めもしたのが悔やまれる。
と言うか、傷への口づけ以外のあれこれは必要だったか?
「怪我人に何ということをするのだ、君は!」
赤面を隠せない。剣を突きつけたいのに、愛剣は壁に立て掛けられていて手が届かない。
「いやいや、俺だって厳かに別れの挨拶をしようとしただけだ。苦情は精霊王に言ってくれ」
代わりに逞しい肩に拳を見舞うも、エリセイにはじゃれつきにしか感じないらしく、にまにましている。
(人の痴態を思い出すなっ)
どうしたらいいのかわからなくなる。
だがエリセイは自重してくれない。
「甘い芳香も発してた。やっぱり運命に違いない」
「し、周期の発情発作に過ぎない。前回の発作から数か月経っているし。今まで何度も会っていたが周期は狂わなかったではないか」
「書庫ではじめて会ったときも周期の発作だったのか? 小屋で酒を飲んだときも?」
半ばむきになって反論すれば、エリセイが顎に手を当てて考え込む。
彼の言うとおり運命の番だと裏付ける要素もあれば、当て嵌まらない要素もあるのだ。
エリセイの背中を守りたいと思った。
だが、そばにいても発作は起こらない。習慣で自律できているだけだろうか。
(わたしがエリセイの背中に敬意に似た感情を抱いたのは、運命の番の条件を知る前だ。運命でなくとも純粋な恋情だと思いたいと言うか……)
こちらも口を噤む。
恋心の扱いが下手なばかりに、どちらにせよ命を救ってもらったことを感謝しそびれた。
我ながら可愛くないが、いきなり振る舞いを変えられない。
(それに、本当に運命の番だったとしても、結ばれてめでたしめでたし、とはいかない)
自分は今もソコロフ家近衛騎士だ。
生を実感したら、気に掛かるのは主人のこと。
微妙な空気を変えるのも兼ねて、
「それより、運命の番の条件の三つ目について、殿下たちにお伝えしなければ」
と立ち上がる。
「……っ」
たちまち蹲った。傷に刺すような痛みが走る。命は取り留めたが、即もとどおりとはいかないらしい。
エリセイの膝に座らせられる。
「とことんおまえさんらしいな。わかった、俺たちが運命の番かどうか結論を出すのは急がなくて構わないよ。ただ、治癒中に俺が言ったことに一片も嘘はない。それは信じてほしい」
エリセイの体温を感じながら、せめてと素直に頷いた。
夢うつつに聞いた「愛してる」は決して忘れないし、それだけでよぼよぼになるまで生きていける。
エリセイはほっと目もとを和ませたのち、表情を切り替えた。
「実は、坊っちゃんたちの密会から二日半経ってるんだ」
「!」
思ったより長く昏睡していたようだ。
「坊っちゃんは俺の相棒に託した。レクスの動きはない。スフェンは死んだことになってる。それでも務めを果たそうってか」
「当然だ」
今度は意気込んで頷く。たとえ主人に知られずとも、忠誠を尽くすのは変わらない。
「よし。スフェンの快復を見せれば、『癒し』の力がわかりやすい。癒す方法を説明するのは照れるが、主人のためなら致し方ないよなあ」
すっかりいつもの口調で茶化された。
無言でエリセイの胸板をはたく。
主人の役に立つには、自分がどうやって命をつなぎとめたかまで報告するしかないのか……。
「はは。それと、プナイネンの若造も何とかしたい。スフェンを狙ってるだろ」
「ルドルフか。レクス殿下への対抗意識で、殿下の近衛騎士にちょっかいを出しているだけだ」
「いやそれだけじゃない。おまえさんは自分の可愛さをもう少し自覚しろ。二度どころか百度だって言ってやるぞ」
不毛な言い合いまで始まる。
エリセイは開き直った顏だ。こちらだって、自分を可愛いと思うなんてオメガとして負けも同然なので、簡単には聞き入れられない。
努力はしてやることにして、話を戻す。
「ルドルフには『盾になれ』と言われた。レクス殿下とわたしの話を盗み聞いて、自分と番わせようと考えたんだ。我々以上に情報を持っているわけではないな」
「スフェンは若造の番じゃない、俺のだ」
「まだ君のでもない」
動向を探る者の存在を共有していたのに裏をかかれた悔しさも相俟ってか憤慨するエリセイに、釘を刺す。
説得力がないのでその膝からも下りた。今度は慎重に。
隅の棚に畳んで置いてある、白い騎士服を手に取る。
裂けた上衣はざっくり縫い合わせてあり、血の染みもできる限り綺麗にしようとしてくれたのが窺われた。
改めて、この出血量でよく生きているものだと思う。
「あー、服には加護が効かないみたいでな、もとどおりにはほど遠いが」
「充分だ。ありがとう」
騎士服のみならず、この服にこもった敬意や使命をも大切に扱ってくれたエリセイに礼を言い、袖を通す。
加護に劣らず力が漲った。
エリセイはこちらを見つめ、はにかむように頬の傷痕を掻く。
「先にアナトリエ城へ向かわせてもらえないか? 坊っちゃんには俺以上に頼りになる味方がいない。レクス殿下なら、あと数日うまく立ち回れるだろ」
「もちろん。どなただと思っている」
そうと決まればと暖炉を片づけ、それぞれ厨子を懐に収める。
主人たちの恋は、まだ潰えていない。ソコロフとアナトリエでも。
自分たちの恋に報いるためにも、叶えにいく。
おそるおそる尋ねた意味がないくらい、満面の笑みで返された。
目撃どころではない。
死んでいると思って口づけや愛撫を許し、求めもしたのが悔やまれる。
と言うか、傷への口づけ以外のあれこれは必要だったか?
「怪我人に何ということをするのだ、君は!」
赤面を隠せない。剣を突きつけたいのに、愛剣は壁に立て掛けられていて手が届かない。
「いやいや、俺だって厳かに別れの挨拶をしようとしただけだ。苦情は精霊王に言ってくれ」
代わりに逞しい肩に拳を見舞うも、エリセイにはじゃれつきにしか感じないらしく、にまにましている。
(人の痴態を思い出すなっ)
どうしたらいいのかわからなくなる。
だがエリセイは自重してくれない。
「甘い芳香も発してた。やっぱり運命に違いない」
「し、周期の発情発作に過ぎない。前回の発作から数か月経っているし。今まで何度も会っていたが周期は狂わなかったではないか」
「書庫ではじめて会ったときも周期の発作だったのか? 小屋で酒を飲んだときも?」
半ばむきになって反論すれば、エリセイが顎に手を当てて考え込む。
彼の言うとおり運命の番だと裏付ける要素もあれば、当て嵌まらない要素もあるのだ。
エリセイの背中を守りたいと思った。
だが、そばにいても発作は起こらない。習慣で自律できているだけだろうか。
(わたしがエリセイの背中に敬意に似た感情を抱いたのは、運命の番の条件を知る前だ。運命でなくとも純粋な恋情だと思いたいと言うか……)
こちらも口を噤む。
恋心の扱いが下手なばかりに、どちらにせよ命を救ってもらったことを感謝しそびれた。
我ながら可愛くないが、いきなり振る舞いを変えられない。
(それに、本当に運命の番だったとしても、結ばれてめでたしめでたし、とはいかない)
自分は今もソコロフ家近衛騎士だ。
生を実感したら、気に掛かるのは主人のこと。
微妙な空気を変えるのも兼ねて、
「それより、運命の番の条件の三つ目について、殿下たちにお伝えしなければ」
と立ち上がる。
「……っ」
たちまち蹲った。傷に刺すような痛みが走る。命は取り留めたが、即もとどおりとはいかないらしい。
エリセイの膝に座らせられる。
「とことんおまえさんらしいな。わかった、俺たちが運命の番かどうか結論を出すのは急がなくて構わないよ。ただ、治癒中に俺が言ったことに一片も嘘はない。それは信じてほしい」
エリセイの体温を感じながら、せめてと素直に頷いた。
夢うつつに聞いた「愛してる」は決して忘れないし、それだけでよぼよぼになるまで生きていける。
エリセイはほっと目もとを和ませたのち、表情を切り替えた。
「実は、坊っちゃんたちの密会から二日半経ってるんだ」
「!」
思ったより長く昏睡していたようだ。
「坊っちゃんは俺の相棒に託した。レクスの動きはない。スフェンは死んだことになってる。それでも務めを果たそうってか」
「当然だ」
今度は意気込んで頷く。たとえ主人に知られずとも、忠誠を尽くすのは変わらない。
「よし。スフェンの快復を見せれば、『癒し』の力がわかりやすい。癒す方法を説明するのは照れるが、主人のためなら致し方ないよなあ」
すっかりいつもの口調で茶化された。
無言でエリセイの胸板をはたく。
主人の役に立つには、自分がどうやって命をつなぎとめたかまで報告するしかないのか……。
「はは。それと、プナイネンの若造も何とかしたい。スフェンを狙ってるだろ」
「ルドルフか。レクス殿下への対抗意識で、殿下の近衛騎士にちょっかいを出しているだけだ」
「いやそれだけじゃない。おまえさんは自分の可愛さをもう少し自覚しろ。二度どころか百度だって言ってやるぞ」
不毛な言い合いまで始まる。
エリセイは開き直った顏だ。こちらだって、自分を可愛いと思うなんてオメガとして負けも同然なので、簡単には聞き入れられない。
努力はしてやることにして、話を戻す。
「ルドルフには『盾になれ』と言われた。レクス殿下とわたしの話を盗み聞いて、自分と番わせようと考えたんだ。我々以上に情報を持っているわけではないな」
「スフェンは若造の番じゃない、俺のだ」
「まだ君のでもない」
動向を探る者の存在を共有していたのに裏をかかれた悔しさも相俟ってか憤慨するエリセイに、釘を刺す。
説得力がないのでその膝からも下りた。今度は慎重に。
隅の棚に畳んで置いてある、白い騎士服を手に取る。
裂けた上衣はざっくり縫い合わせてあり、血の染みもできる限り綺麗にしようとしてくれたのが窺われた。
改めて、この出血量でよく生きているものだと思う。
「あー、服には加護が効かないみたいでな、もとどおりにはほど遠いが」
「充分だ。ありがとう」
騎士服のみならず、この服にこもった敬意や使命をも大切に扱ってくれたエリセイに礼を言い、袖を通す。
加護に劣らず力が漲った。
エリセイはこちらを見つめ、はにかむように頬の傷痕を掻く。
「先にアナトリエ城へ向かわせてもらえないか? 坊っちゃんには俺以上に頼りになる味方がいない。レクス殿下なら、あと数日うまく立ち回れるだろ」
「もちろん。どなただと思っている」
そうと決まればと暖炉を片づけ、それぞれ厨子を懐に収める。
主人たちの恋は、まだ潰えていない。ソコロフとアナトリエでも。
自分たちの恋に報いるためにも、叶えにいく。
22
あなたにおすすめの小説
恵方巻を食べてオメガになるはずが、氷の騎士団長様に胃袋を掴まれ溺愛されています
水凪しおん
BL
「俺はベータだ。けれど、クラウス様の隣に立ちたい」
王城の厨房で働く地味な料理人ルエンは、近衛騎士団長のクラウスに叶わぬ恋をしていた。身分も属性も違う自分には、彼との未来などない。そう諦めかけていたある日、ルエンは「伝説の恵方巻を食べればオメガになれる」という噂を耳にする。
一縷の望みをかけ、ルエンは危険な食材探しの旅へ! しかし、なぜかその旅先にはいつもクラウスの姿があって……?
勘違いから始まる、ベータ料理人×氷の騎士団長の胃袋攻略ラブファンタジー!
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる
ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。
・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。
・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。
・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。
抑制剤の効かない薬師オメガは森に隠れる。最強騎士団長に見つかり、聖なるフェロモンで理性を溶かされ、国を捨てた逃避行の果てに番となる
水凪しおん
BL
「この香りを嗅いだ瞬間、俺の本能は二つに引き裂かれた」
人里離れた森で暮らす薬師のエリアルは、抑制剤が効かない特異体質のオメガ。彼から放たれるフェロモンは万病を癒やす聖なる力を持つが、同時に理性を失わせる劇薬でもあった。
ある日、流行り病の特効薬を求めて森を訪れた最強の騎士団長・ジークフリートに見つかってしまう。エリアルの香りに強烈に反応しながらも、鋼の理性で耐え抜くジークフリート。
「俺が、貴方の剣となり盾となる」
国を救うための道具として狙われるエリアルを守るため、最強の騎士は地位も名誉も投げ捨て、国を敵に回す逃避行へと旅立つ。
シリアスから始まり、最後は辺境での幸せなスローライフへ。一途な騎士と健気な薬師の、運命のBLファンタジー。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
憎くて恋しい君にだけは、絶対会いたくなかったのに。
Q矢(Q.➽)
BL
愛する人達を守る為に、俺は戦いに出たのに。
満身創痍ながらも生き残り、帰還してみれば、とっくの昔に彼は俺を諦めていたらしい。
よし、じゃあ、もう死のうかな…から始まる転生物語。
愛しすぎて愛が枯渇してしまった俺は、もう誰も愛する気力は無い。
だから生まれ変わっても君には会いたく無いって願ったんだ。
それなのに転生先にはまんまと彼が。
でも、どっち?
判別のつかないままの二人の彼の愛と執着に溺死寸前の主人公君。
今世は幸せになりに来ました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる