ヒールオメガは敵騎士の腕の中~平民上がりの癒し手は、王の器に密かに溺愛される

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6 王の器と精霊の化身の覚醒

1 番の証明

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 聖堂に屋根裏部屋があるなんて、聞いたことがない。

「あるんだよ。聖堂は丸屋根だが、合議の間の天井は丸くなかったろ」

 だがエリセイの言うとおり、小ぢんまりとした部屋に行き着いた。

 木の寝台、一人用の木机と椅子、暖炉でもういっぱいだ。
 明かり取りの高窓から淡い夕陽が射し込んでいる。

「もとは管理人の部屋だろう。今は近くの村の者がたまに掃除に来るくらいだから、坊っちゃんたちが合議中にのっぴきならなくなった場合に備えて、寝具を整えといたんだ。まさか自分で使うとはなあ」

 エリセイが苦笑いで寝台に腰掛ける。

(とにかく、治癒を)

 父の小屋の寝台並みに軋むのも構わず、自分も隣に乗り上げた。
 エリセイの剣を提げた帯革と騎士服に手を伸ばすが、指先がもつれてうまく脱がせられない。

「おっ、ふたりきりになるなり積極的じゃないか。俺も早くこうしたかったから歓迎だが」
「それより傷を……傷を出せ」

 切実に求める。
 エリセイは急に艶然と微笑み、自分の騎士服に手を掛けた。見せつけるかのごとくゆっくり上衣の留め具を外し、黒い下着インナーも首から引き抜く。

 がっしりした首、筋肉に覆われた肩と腕、厚い胸板、割れた腹――逞しい上半身が露わになった。こちらの肌より一段濃い色なので、陰影がくっきりと浮かぶ。
 脇腹の創傷は掠り傷とは言えないが、思ったより深手でもない。

「母君の厨子が知らぬ間に服の中で移動してた」

 盾になってくれたらしい。
 でも痛そうだ。血の臭いもする。

(早く癒してやりたい)

 跪礼するみたいに上体を折り畳み、傷を何度も手で撫でた。
 精霊王から授けられた加護を分けるために。

 万一痛くないよう、触れるか触れないかの力加減を心掛けるうち、血が止まる。
 頭上でエリセイが熱っぽい息を吐いた。

(まだ足りない)

 さらに唇を寄せれば、傷口が徐々に塞がっていく。
 自分が癒す側に回ってみると不思議なものだ。

「ん……、んっ」

 自分から他人に口づけるのははじめてなので拙いものの、エリセイが癖毛を掻き混ぜてくる。調子が戻ってきたか。

「……ふう。どうだ、もう痛まないか」

 ひとしきり癒して身体を起こすと、エリセイは余裕たっぷりに口角を上げた。

「スフェンのおかげでな。で、どうだ。おまえさんと俺が運命の番だって認めるか」

 言い回しを真似して問われる。
 はっと我に返った。

(守りたい一心で、夢中で癒して……)

 そう、癒せた。
 しかも、律しきれない発作状態である。全身が火照っている。
 さすがに頷かざるを得ない。

「おお。のんびりを封印して駆けずり回った甲斐があった」

 エリセイがすがすがしく笑う。

 自分は彼にとって特別ではないと、何度も言い聞かせた。そう思っておけば叶わなくとも傷つかない。
 でも、誰よりも特別だというなら――嬉しい。

(それきりのはずがまた出会えたのも、叶ったのも、不思議だ)

「っと、俺の血でずいぶん唇が赤くなってる。目に毒だ」

 嬉しさを噛み砕けないでいたら、エリセイが屈み込んできた。
 唇をぺろりと舐められる。

(血か。治癒以外に一切気を払っていなかった)

 手の甲で唇を拭おうとするも、エリセイの大きな手に止められた。

「んっ、」

 再度唇が重なる。
 やわらかく、熱い。至近距離にある緑眼が、「目を閉じて」と促してくる。

 まだ戸惑いながらも従った。
 それを合図に、下唇を食まれる。上唇も。ちゅ、ちゅっと音を立てて血を舐め取られた。

 次は口の中まで舌が入ってくる。

「ん、ぁ……なに……っ、……」

 エリセイの舌は厚く、ねじ込まれるとしゃべるのもままならない。
 目を閉じているぶん、咥内で自在に動く彼の舌の感触を鋭敏に感じてしまう。
 歯と肉の境目や、上顎のざらざらしたところを舌先が掠めると、身体の芯がじんと痺れた。

(そんなところまで、血がついているか?)

 血の味はしない。それでも顎に手を添えられ、口を大きく開かせられる。
 半信半疑で応じる。

「う、ぅん……、は……ぁ」

 舌同士を絡め合わせるのが気持ちよくて、つい声が漏れた。
 どっと唾液が分泌し、溢れて口の端を伝う。ちらりと目を開ければ、その色は赤でなく透明だったが、口づけをやめられない。
 エリセイも同じ状態のようだ。ここぞと唇を貪ってくる。

「スフェン、おいで」

 腰を抱き寄せられる。慣れた様子だ。

「エリ、セイ……っ」

 もう片方の手で雀斑や耳、騎士服越しに胸までくすぐり出したので、名を呼ぶ。
 しかし何の窘めにもならない。

(エリセイの、大きくて暖かい手には、安心するし、逆らえない)

 行為はいつしか、傷を癒すものから、官能を喚び起こすものに変わっていた。
 エリセイがやっと舌を解く。
 すうう、と深く息を吸い込んだ。芳香を味わっている。

「やっぱり甘い、いい匂いだ」

 治癒は済んだのに、発情発作は収まらない。
 身体の奥深くまで甘い熱で満たされない限りは――。
 言葉にしなくとも目を合わせただけで、エリセイはこちらの欲を理解した。

「っ」

 騎士服の上衣をみるみる脱がされる。腕を上げたりと、柄にもなく協力する。
 白い騎士服を脱いだ今は、使命はいったん横に置いておき、ただの「スフェン」ということにしよう。

「はあ……」

 ぎゅっと抱き締められ、肌を直接触れ合わせる心地よさに息を吐く。エリセイが「人肌に勝る暖房具はない」と言っていたのはこれか。

「こんな感覚は、はじめてだ」
「そりゃよかった」

 エリセイの弾む声が、耳のすぐ近くで聞こえる。
 もはや完全に彼にしなだれかかっていた。服を脱ぐと体格差が強調されるが、悔しさを安心感が上回る。
 ただ、はじめてだけに、このあとどう動けばいいかわからない。

 エリセイがおもむろに腕の力をゆるめる。
 体温が名残惜しくて「あ……」と上目遣いに見上げると、合議での演説時に劣らず真剣な緑眼とぶつかった。

「スフェン。番の儀式をしないか」
「番の儀式?」

 耳慣れぬ単語に、小首を傾げる。

「ほんとは居城に戻ってからと思ってたんだが。冬の夜は長いし大丈夫だろう」
「具体的に何をするんだ。……結婚の宣誓か?」

 半ばお預け状態なのもあり、説明を急かす。
 以前、「番う」とは結婚かと考えた。それなら運命の番と認めて即しなくてもいい気がする。

「いや。結婚同然ではあるがな。史料を総合すると、アルファと結婚したオメガの芳香が他の男にも効き続けてるのは、儀式によって正式に番ってないからだ。番えば、相手を見つけるための芳香は要らなくなる。運命の番も、繁殖周期の他は近づく度じゃなく癒しが必要なときのみの発情になるとさ」
(正式に違う、儀式か)

 エリセイは合議の準備をしつつ、体質に関する調査も継続していたらしい。
 声を潜めて明かす。

「儀式の方法は、お互い発情して達する瞬間に、アルファがオメガの項を噛むこと」
「……どんな冗談だ」

 半眼でエリセイの胸板をはたいた。さすがに肉体的過ぎる。

「ほんとだって。番うとは何なのか突き止めようと、密会前に王城書庫の床にばらばら落ちてる頁まで漁ったんだぞ。試してみればわかる」

 だがエリセイは譲らない。
 上半身裸で寝台を降り、跪きさえした。

「スフェン。結婚より強い絆を、俺と結んでほしい」

 その緑眼は、祈るようにただひとりを見つめている。
 くしくも、書庫で発作めいた症状が出た自分をあれこれ世話してくれたときと同じ体勢だ。

(あの偶然を、運命だと感じなかったのではない。運命が何か知らなかったに過ぎない)

 だが、「結婚同然」「結婚より強い」と聞いて、却って躊躇いがよぎった。
 騎士にしては細い腕で、きゅっと膝を抱える。

「わたしで、いいのか? 父君に、貴族のオメガとの縁談を勧められているのではないか」

 エリセイは数度瞬きしたのち、これみよがしに溜め息を吐いた。
 興醒めさせたか。
 だが次の瞬間、膝を抱える腕のさらに上から抱き込まれる。優しく、強く。

「俺がスフェン以外に目移りする男に見えるか?」
「そうじゃない、」
「うちの城に潜伏中、父もおまえさんを至極気に入ってた」
「えっ?」

 合議までの期間、身分を伏せてエリセイの居城に世話になったのだが、彼の父は常ににこにこしていた。
 戦いを好まない性分ゆえと思っていた。

「それに、俺が誰と番いたくてこうなってるか、わかれ」

 エリセイはこちらの手を、自らの下半身へと導く。

「っ!」

 熱く硬いものが下衣を押し上げていた。すごく窮屈そうだ。

「愛してる。信じてもらえるまで何度でも言う。今、スフェンと愛し合うのに何の障壁もない。俺たちが頑張ってなくしたんだよ。このときのために頑張ってきたと言っても過言じゃない。障壁も制約も他に優先すべきこともないなら、スフェンはどうしたい?」

 畳みかけられ、目の奥が熱くなった。
 先に信じてくれるのも、愛してくれるのもエリセイだ。
 まだ未来の見えない時点でも、命を救ってさえくれた。

(馴れ合うつもりはない、なんて)

 彼と一緒だから、今日この日に辿り着けた。

「……わたしも、愛するエリセイと番いたい」

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