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一生の後悔を
しおりを挟む小さな唇、大きな瞳は化け物である自分を大きく映し、その顔はアルバを懸命に見上げる。オメガである自分の妻、リオールは自分の命令で死んだ。首を掻き切って。
「アルバ」
その声はいつも俺を慈しむように名前を呼ぶ。小さな事で幸せを感じ、小さな事で笑う。呑気で、暖かくて、小さくて、力がなかった。誰にも大事にされて来なかった最悪で、最愛の妻だった。
彼のことを語るならば何処からだろう。結婚前からか。彼は公爵家の愛人の子どもだ。家の中でどんな扱いをされていたか、彼は被害的に話すことはなかった。甘いものを食べるとこんな美味しいものは初めて、と唇を綻ばせる。アルバの家より家柄がいいのに、彼の暮らしはいいものではなかったらしい。発育の悪い体から推して知る。彼と自分の手は一回り二回りも大きさが違った。
子どもは要らなかった。アルバ自身も親から愛された覚えはなかったし、むしろ自分の血を分けたものなど気味が悪いと思っていた。特に話し合いはせず、アルバ側が避妊をしていた。リオールは子どもが欲しかっただろうか。聞けばよかったと後悔した。発情期でないと体格の大きいアルバを受け入れるのは大変だと思い、周期を把握していた。それ以外でも抱いたことは認める。彼に対する気持ちを抑えることは、アルバにはできなかった。
一緒に本を読んだ。文字が読めないというから教えた。リオールは昼間、一人で何度も復習をし、夜の僅かな時間の講義を懸命に受けていた。オメガは頭が悪いと思っていたアルバは、それでもリオールに教えることは無意味だと思わなかった。
公爵家と彼は切って離せないものだ。公爵家の支配はリオールを苦しめていた。気丈にいつだって笑っていたが、きっと家との繋がりは夫への裏切りだと思ったのだろう。罪悪感など抱く必要はないのに。
彼は陽だまりのような人だった。暖かくて優しくて、冬のようだったアルバの心に訪れた、春だった。
「お覚悟を決めてくだされ、アルバ様」
明日の朝、戦死するか投降するか二つに一つ。どちらにせよ死ぬことは確定していた。自分が死んだらリオールは、公爵家に戻されるか、新しい人と結婚させられるか、為政者に命ごと陵辱されるか。戦場で星を見上げてそう思った。
彼が陽だまりであるならば、自分は闇そのものだった。どうあっても自分の手は血で汚れている。それでも——ああ、彼はきっと耐えられない。耐えて欲しくない。番のアルファを亡くしたオメガの予後は良くない。精神が疲弊し、肉体はボロボロ。死ぬことさえもある。アルバは腹心の部下を呼び出し、自分の懐剣を渡した。母の形見だった。
「なんでしょうか」
「これを持って領地に戻れ。妻に、リオールに、死んでくれと伝えてこい」
「……アルバ様っ」
責めるように部下はアルバの名前を呼んだ。狂え。自分は化け物だ。彼をもう誰にも利用させたくない。唇が切れて血が流れる。
「命令だ。やれ。死ぬのを見届けるまで帰ってくるな」
「……貴方は、貴方は!」
自分が死ぬのが先か、城が落ちるのが先か。リオールは、悲しむだろうか。悲しむだろう。野良犬が死んだだけで涙を流せる男なのだ。化け物の死だって泣けるだろう。
「リオールが躊躇った場合は、逃してやれ。ただ、死んだように偽装するんだ。金を握らせて、名前を捨てさせろ」
「貴方は自分の妻に死んで欲しいほど憎んでるのですか……」
目を閉じて、息を吸った。火薬の匂い、血と埃と死の匂い。陽だまりのような暖かい匂いとは真逆の、冷たく暗い死を待つだけの戦場の匂い。暁が訪れる。血のように赤い、朝焼けが空を染める。
揺れる髪。彼は自分のそばでいつだって笑っていた。『流れ星が見えたら、流れ終わるまでに願い事を三回いうと叶うんですって』彼は星を指さしていた。俺はその横顔しか見ていなかった。星なんて興味がない。願いなんて興味がない。ただ、彼の願いには興味があった。あの時、夜空を見て彼は何を願ったのだろう。
「憎んでる」
髪に触れ、その優しい匂いを嗅ぎ、指を絡め、唇を合わせ、穏やかに眠る。自分はそんな平凡を過ごしてはいけなかった人間なのだ。
愛してると、ついぞ言葉にはしなかった。愛など貰ったことがないから、この穏やかで激しく狂うような気持ちが愛だとは知らなかった。
「公爵家にはキチンと彼が死んだ証拠を見せなくてはいけないから、持ち帰ってこい」
死ぬにしろ生きるにしろ、公爵家には死んだことを知って貰わなくてはいけないから。今になってもなお、まだ生きていて欲しいと思う気持ちともう誰にも支配されて欲しくないという気持ちが渦巻く。部下には行けと命令をした。部下は後ろ髪引かれるように何回もアルバを振り返る。
朝日が登る。もう星に願うには遅い時間だった。
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