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一生の懺悔を
自分は生きていた。助命を誰かが申し出たのだという。爵位は剥奪され、貴族ではなく平民となった。公爵家に仕える兵士となったのだ。
そして彼は、死んだ。部下から聞き取った。彼はアルバの命令に疑問を呈さなかったという。躊躇いもなく首を掻き切って死んだと、血のついた指輪を返却された。一人にしてくれと、震える声で頼んだ。
「助命嘆願書を書いたのは、奥様ですよ。アルバ様。不思議ですね、貴方は奥方に死んで欲しくて、奥方は貴方に生きて欲しかった」
「…………ああ」
「惨めな方です。貴方に支配された人生を送るなんて」
「……………………ああ」
「そして、貴方は馬鹿な方です。『生きてくれ』と、言えばよかったでしょう……っ」
ああ、と搾り出した声は震えていた。彼に贈った指輪は自分の小指に嵌まらないくらいの小ささで。この小さな指で彼はペンを握り、俺の頬を撫でて、背中を掻き抱き、短剣を握った。
後は転げ落ちるように、ただ後悔の日々を送った。彼の遺体は公爵家に引き渡され、骨は公爵家の墓ではなく、木の下に埋められた。何処まで彼を愚弄する気かと怒りを覚えたが、数年経つと、公爵家の人が代々眠る墓場にはアルバは入れないから、墓参りができることは良かったことなのかもしれないと独善的な俺は思った。声は思い出せず、その暖かさを忘れ、ふとすれ違う人に彼の匂いを覚えて振り返る。狂う寸前の、苦痛な日々。息をするだけで肺が痛み、針を刺されたかのような胸の痛みが襲う。それは初めて知った喪失のいたみなのか、番を失ったアルファの愚かな後悔なのか分からなかった。
そんな時に聖人が現れたと聞いた。それはどんな願いも叶えることのできる異邦人だと。リオールに会いたいと、身勝手ながら思った。公爵家に命令されて、聖人を手に入れるために暗躍した。公爵家は家の繁栄を願い、アルバは殺した妻に会うために、聖人を手に入れたいという思いだけは共通だった。まあ、手になど入らないのだが。
処刑を待つ。はめ殺しの鉄格子の奥に星が見えた。乾いた唇で、息を吐いた。指先はカサつき、温度がない。外気温を遮るものはなく、野晒しのようにただ寒かった。見上げた深い色の空に星が流れる。お前に会いたいと、三度も言えない。無理じゃないか。ふ、と口元を緩めた。お前はあの日、何を願ったんだ。三回も言えたのか? 横顔ばかり眺めず、聞いていれば良かった。
「……君は、僕に何を願いたかったんだ?」
聖人と王子が鉄格子越しに立っているのが見えた。幻覚かと思っていたが、質問を投げかけられたことに本物だと気がついた。聖人の腰を王子が抱き、仲睦まじい様子だ。聖人はただの男にしか見えない。こんな彼に願って、リオールに会えるとは思えない。くだらなくて鼻で笑った。盲信していた。
「妻に会いたかった、それだけだ」
「……お前が殺したんだろう」
「そうだな」
王子は眉を顰め、侮蔑の表情を浮かべる。本当の理由を言っていないと思ったのだろう。疑わしげな顔だ。それでいい。
「死んだら俺は地獄に行く。天国で眠る妻にはもう二度と会えないと思ったから」
「…………救えないな、お前」
「本当に、救えない」
笑った。化け物を人間にしたのはリオールであり、人間を化け物にしたのもまたリオールであった。
「死刑囚にも最期の願いを聞かれる権利がある。言ってみろ」
「……公爵家の裏手にある大きな木に花を手向けておいてくれないか」
聖人は悲しげな顔をして首を横に振った。アルバは察してしまった。彼の命に何の敬意もない連中だ。彼の墓は、公爵の愛人であった母親と同様に木の下に埋められたはずだ。きっと彼の安らげる場所だと思っていた。
「木は伐採されて庭園になったはずだ。公爵夫人が自慢していたからな」
何処まで、彼の命を弄べば気が済むのだ。怒りを覚えた。激しく、激しく、苛立った。今回の件で公爵家は厳しく処罰されたはずだ。自分の命と道連れにしてやったことには誇りに思う。目を閉じる。ただ、ただ、彼の人生は何だったのかと憤りを覚える。俺や、親に利用され尽くした。
「では、祈りを。俺ではなく、妻に」
「…………君は彼を愛していたんですね」
「愛などではない。ただ彼が哀れなんだ。俺を含めて彼を利用尽くした」
聖人は手を組んで、目を閉じ祈りの言葉を述べる。アルバはただ、祈る資格もなく目を開けたままそれを見ていた。かん、と王子は何かを蹴り入れた。それは短剣であった。見せ物にされるより潔く死ねというのだ。聖人には見えていないだろう。二人は立ち去った。
窓の外を見る。冬の空は星が綺麗に見えるらしい。そう、リオールが言っていた。そうなのだろうか。
短剣を逆手に持つ。何の躊躇いもなかった。血の気が引く体。寒くて、冷たい指先に指輪が触れた。ちゃり、と音がする。ひどく、寒い。陽だまりに手を伸ばしたのに結局は届かずに、体はもう動かない。声も出ない。会いたかったんだ、ただその暖かさに、その優しさに。生きて欲しかったんだ、誰にも利用されて欲しくなかったんだ、笑って、ほしい————
そして彼は、死んだ。部下から聞き取った。彼はアルバの命令に疑問を呈さなかったという。躊躇いもなく首を掻き切って死んだと、血のついた指輪を返却された。一人にしてくれと、震える声で頼んだ。
「助命嘆願書を書いたのは、奥様ですよ。アルバ様。不思議ですね、貴方は奥方に死んで欲しくて、奥方は貴方に生きて欲しかった」
「…………ああ」
「惨めな方です。貴方に支配された人生を送るなんて」
「……………………ああ」
「そして、貴方は馬鹿な方です。『生きてくれ』と、言えばよかったでしょう……っ」
ああ、と搾り出した声は震えていた。彼に贈った指輪は自分の小指に嵌まらないくらいの小ささで。この小さな指で彼はペンを握り、俺の頬を撫でて、背中を掻き抱き、短剣を握った。
後は転げ落ちるように、ただ後悔の日々を送った。彼の遺体は公爵家に引き渡され、骨は公爵家の墓ではなく、木の下に埋められた。何処まで彼を愚弄する気かと怒りを覚えたが、数年経つと、公爵家の人が代々眠る墓場にはアルバは入れないから、墓参りができることは良かったことなのかもしれないと独善的な俺は思った。声は思い出せず、その暖かさを忘れ、ふとすれ違う人に彼の匂いを覚えて振り返る。狂う寸前の、苦痛な日々。息をするだけで肺が痛み、針を刺されたかのような胸の痛みが襲う。それは初めて知った喪失のいたみなのか、番を失ったアルファの愚かな後悔なのか分からなかった。
そんな時に聖人が現れたと聞いた。それはどんな願いも叶えることのできる異邦人だと。リオールに会いたいと、身勝手ながら思った。公爵家に命令されて、聖人を手に入れるために暗躍した。公爵家は家の繁栄を願い、アルバは殺した妻に会うために、聖人を手に入れたいという思いだけは共通だった。まあ、手になど入らないのだが。
処刑を待つ。はめ殺しの鉄格子の奥に星が見えた。乾いた唇で、息を吐いた。指先はカサつき、温度がない。外気温を遮るものはなく、野晒しのようにただ寒かった。見上げた深い色の空に星が流れる。お前に会いたいと、三度も言えない。無理じゃないか。ふ、と口元を緩めた。お前はあの日、何を願ったんだ。三回も言えたのか? 横顔ばかり眺めず、聞いていれば良かった。
「……君は、僕に何を願いたかったんだ?」
聖人と王子が鉄格子越しに立っているのが見えた。幻覚かと思っていたが、質問を投げかけられたことに本物だと気がついた。聖人の腰を王子が抱き、仲睦まじい様子だ。聖人はただの男にしか見えない。こんな彼に願って、リオールに会えるとは思えない。くだらなくて鼻で笑った。盲信していた。
「妻に会いたかった、それだけだ」
「……お前が殺したんだろう」
「そうだな」
王子は眉を顰め、侮蔑の表情を浮かべる。本当の理由を言っていないと思ったのだろう。疑わしげな顔だ。それでいい。
「死んだら俺は地獄に行く。天国で眠る妻にはもう二度と会えないと思ったから」
「…………救えないな、お前」
「本当に、救えない」
笑った。化け物を人間にしたのはリオールであり、人間を化け物にしたのもまたリオールであった。
「死刑囚にも最期の願いを聞かれる権利がある。言ってみろ」
「……公爵家の裏手にある大きな木に花を手向けておいてくれないか」
聖人は悲しげな顔をして首を横に振った。アルバは察してしまった。彼の命に何の敬意もない連中だ。彼の墓は、公爵の愛人であった母親と同様に木の下に埋められたはずだ。きっと彼の安らげる場所だと思っていた。
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何処まで、彼の命を弄べば気が済むのだ。怒りを覚えた。激しく、激しく、苛立った。今回の件で公爵家は厳しく処罰されたはずだ。自分の命と道連れにしてやったことには誇りに思う。目を閉じる。ただ、ただ、彼の人生は何だったのかと憤りを覚える。俺や、親に利用され尽くした。
「では、祈りを。俺ではなく、妻に」
「…………君は彼を愛していたんですね」
「愛などではない。ただ彼が哀れなんだ。俺を含めて彼を利用尽くした」
聖人は手を組んで、目を閉じ祈りの言葉を述べる。アルバはただ、祈る資格もなく目を開けたままそれを見ていた。かん、と王子は何かを蹴り入れた。それは短剣であった。見せ物にされるより潔く死ねというのだ。聖人には見えていないだろう。二人は立ち去った。
窓の外を見る。冬の空は星が綺麗に見えるらしい。そう、リオールが言っていた。そうなのだろうか。
短剣を逆手に持つ。何の躊躇いもなかった。血の気が引く体。寒くて、冷たい指先に指輪が触れた。ちゃり、と音がする。ひどく、寒い。陽だまりに手を伸ばしたのに結局は届かずに、体はもう動かない。声も出ない。会いたかったんだ、ただその暖かさに、その優しさに。生きて欲しかったんだ、誰にも利用されて欲しくなかったんだ、笑って、ほしい————
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