靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき

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26 攻勢と逃げ

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カラバスお兄様の発言のせいで屋敷内の空気は微妙でも、日々はそれなりに過ぎていく。私は女主人代行として屋敷や使用人たちの管理などの仕事に精を出し、聴講生として魔術学校に通ったり、お茶会に出かけたりと忙しく過ごすことで、カラバスお兄様の発言を深く考えないようにしていた。

そういえば、魔術学校に通っているおかげで経路コントロールは何とか身につけたが、私は解魔(物や人にかけられた魔法や呪いを解くこと。祓魔と呼ぶ国もあるそうだ)以外の魔法は絶望的に下手なポンコツらしい。

初等科1年生クラスの「机の上にある物を動かしてみましょう」という授業ですら、積み木が1ミリも動かず終わったほどだ。最初は「我が国ただ一人の解魔師様」に敬意を払って丁寧に丁寧に教えてくれていた先生方も、もはやさじを投げている。まあ、今まで魔法なんて使わず生活していたのだし、魔法で物を動かせなくても手で動かせばいいのだから、できなくってもいいけど。

今日は魔術学校に行く日ではないので、自室で使用人へのお給料や手当てについて見直していた。物価が上がっているのでお給料を増やしたいのと、出産、病気、怪我などでお休みをとる使用人にわずかながらでも手当てを出したいと考えたのだ。

ちょうど今日はアレンお兄様が非番なので、今日のうちにご相談して了承いただかないと。リビングで寛いでいるアレンお兄様に案を説明すると「いい考えだ」と了承してくれた。

「本当に、もうすっかり女主人が板について…」とお兄様が言いかけ、はっと言葉を途中でとめる。ダイニングでのカラバスお兄様の言葉を思い出したのだろう。妙な雰囲気になる予感がしたので、そそくさと別れの挨拶をして自室に急ぐ。

と、その途中で、今度はカラバスお兄様に遭遇する。妙な空気から逃げてきたのに、その妙な空気を作り出した張本人に会ってしまうなんて…間が悪い。カラバスお兄様は自室で仕事していたのか、珍しくメガネをかけていて、シャツに絵具がついている。

「メガネが似合っているな」なんて考えていたら、妙な空気製造機は「あ、デイジー!」と嬉しそうに私に歩み寄ると、頬にキスをした。最近は顔を見るたびキスをくれるのがお決まりだ。

「お兄様、ちょっとキスしすぎです!ところ構わず…」
「だってしたいんだもん。デイジーは嫌なの?」

キラキラした目でメガネの奥からいたずらっぽく聞かれると、不思議と怒る気にはなれない。イケメンはずるい、と思う。

「嫌ではないのですが…恥ずかしいです」
「嫌じゃないならいいじゃない。僕、容赦しないっていったでしょ」

そう言ってお兄様は私の髪にもキスをして、絵具の匂いを微かに残して立ち去った。

「もう…何なんだろう、これ…」

自室に駆け込み、ドアを閉めて天井を見上げてつぶやくと、こびとの二人がムクリと起き上がって言った。

「デイジー、逃げてても何も解決せえへんで」
「さよう。デイジーが決めるまで、終わらないのだからね」

決めるって言ったって、何をどう決めたらいいんだろう。お兄様たちのことは好きで、大切で、それは間違いない。でも…

「誰かひとりを選んで結婚なんて、考えたこともなかった。私は今のままで幸せなのに」

それが本音だ。

「今のままっていうのはな、どっちつかずの状態で三人を独り占めし続けるってことやで」
「それが、あの三人にとって幸せなのか、デイジーにとって正しいのか、考えてごらん」
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