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14 芸術の秋を楽しもう
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レオくんがうちに来て三日目。
最初の二日はやっぱりお父さんが恋しいのか泣いていたけど、今日はテオくんと追いかけっこしたり、枝でチャンバラごっこみたいな遊びをしたりしている。男の子に棒を持たせると無条件で元気になるのはなんでですか?
それにしても意外にレオくんと遊んでくれるテオくんがいいお兄ちゃんでびっくりするけど、考えてみればひとりでクリスタちゃんを養ってたんだもんね。口の悪さが少し改善したと思ったら口うるさくなってきてるけど、本当にいい子です。
昼食のあと、私は机の上に「紙」「絵の具」「空き箱」「えんぴつ」「どんぐり」「枝」「落ち葉」を並べた。今日は題して「芸術の秋を楽しむ日」。前世では秋に作品展とかやってたな、と思い出して。秋は食べ物も美味しいし読書も心の栄養になるけれど、今日は「つくる喜び」を感じてほしい。
「材料は用意したら、絵でも工作でも、自由にやってみよう!」
「自由って?」とクリスタちゃんが首をかしげるので、「好きなように、思うままに」と説明する。私は小さなハケで葉っぱに糊をつけ、ぺたっと紙に押しつける。五枚の葉っぱをまあるく並べれば、花のようになる。
クリスタちゃんは目を輝かせて、すぐに真似を始める。「箱に貼り付けてもいいよ」と提案したら、木の箱にどんぐりを入れたり葉っぱや枝をくっつけたりし始めた。テオくんは「俺はそんな子どもっぽい遊びはしない」と言ってたけど、クリスタちゃんに誘われて、渋々な感じで木の枝と紐で何か作り始める。
おいおい、特大の可愛いかよ。結局は妹に弱いお兄ちゃん、私の大好物です。
一方のレオくんは、紙の前に座ったまま、筆を持つ手が止まっていた。
「レオくん、絵を描くの?」
「わからない」
その小さな声は少し震えていて、「何をしたらいいかわからなくて困っている」というよりも、怖がっているように思えた。私はしゃがんで、彼と視線を合わせる。
「絵を描くの、好き?」
「好きだけど、才能がないと言われて」
アロイスさんによるとレオくんはまだ六歳。絵が上手だとか下手だとか才能があるとかないとか、あれこれ言うほうが間違ってない?子どもはみんな天才なのに。
「誰に言われたの?」と聞く。もしそれがアロイスさんだったら、今度会ったときに注意しておかないと。けれどレオくんは少しだけ唇を噛んで「絵の先生。僕の絵は色が変だって…現実にはない色だって」と答えた。ああ…子どもが紫のりんごを書いたら、赤に直させるタイプの人だね。
「私は、現実にはない色のものがあったら素敵だと思うよ。例えば金のりんごとか、青い太陽とかね」
私の想像力が貧弱すぎて、あまり例が出てこないけど。だけど想像と創造の世界は自由だもん。彼の世界を表現してほしい。
「現実はない色を登場させられるのは、レオくんの絵の中だけだよ。ここでは誰も怒らないし馬鹿にもしないから、好きなように描いて、私に見せてほしいな」
レオくんは一瞬口をきゅっと引き結んだあと、「じゃあ、描いてみる」と決意を秘めた目で答えてくれた。
そう言って筆を動かし始めたレオくんの集中力はすごかった。クリスタちゃんが「レオ、宝箱ができたから見て!」と呼んでも、顔を上げない。えんぴつで下絵を描き、粗描きし、真剣な目で絵の具を混ぜ、色を塗り重ね、細部に至るまで描き込んで仕上げていく。素人から見ても、彼が高度な絵の教育を受けてきたことと、才能に溢れていることは明らかだった。
私はお高めインスタントコーヒーを淹れてCMソングを口ずさみながら、時折レオくんに「水分補給だよ」と言ってお水を渡しつつ、その姿を見守る。子どもが夢中になる時間って可愛いけど、レオくんのあどけない顔からは鬼気迫るものすら感じる。会ったことはないけど、巨匠ってこんな感じなのかな、みたいな。工作に飽きてしまったテオくんとクリスタちゃんも、じいっとレオくんを見ている。
もう夕ご飯の時間が近くなってようやく、レオくんが「できた」と小さく声を上げた。「見ていい?」と聞くと、ほんの少し不安そうに頷いてくれる。
秋のりんご園。
けれどただのりんご園じゃない。葉の赤や金色が重なり合い、絵の具が光るはずなんてないのに、まるで光を放っているよう。りんごは金や青や黄色や紫。夕闇が迫る空にはドラゴンが飛ぶ。
「…すごい」
「ほんとだ、きれーい!」とクリスタちゃんも目を輝かせる。テオくんまで「これ、すげーな」と素直に褒めた。レオくんは照れくさそうに俯いて、指の先をいじっている。
「でも…りんごの色がおかしいかもしれない。現実には金色や銀色のりんごなんてないから」
「だから素敵なんだよ」
「レオくんの絵は、こんな場所が本当にあったら素敵だろうな」と思わせてくれる。たくさんの新しさとほんの少しの懐かしさが同居していて、レオくんが見ている世界を追体験させてくれる。
「とっても素敵だから、街でいい額を買って、この絵をおうちに飾ろう。そうしたらこのおうちまで素敵になるよ」
「飾る?ここに?」
「レオくんさえよかったらね」
レオくんの顔がぱっと明るくなった。小さな巨匠にサインを入れてもらい、翌日早速額を買ってきてリビングの壁に飾る。レオくんは「もう寝なさい」と促されるまで、ずっとずっとその絵を見つめながら、木の一本一本やりんごのひとつひとつがどう違うのかや、ドラゴンが何を考えていてどこから飛んできてどこに行くのかを話し続けていた。
夜。子どもが寝静まったあと、私ももう一度レオくんの絵の前に立つ。やっぱり何度見ても胸があたたかくなる。彼の「この世の中の、ひとつひとつに対する優しさ」が伝わってくるようで。
「見る目がないのは、先生のほうじゃんねぇ」
最初の二日はやっぱりお父さんが恋しいのか泣いていたけど、今日はテオくんと追いかけっこしたり、枝でチャンバラごっこみたいな遊びをしたりしている。男の子に棒を持たせると無条件で元気になるのはなんでですか?
それにしても意外にレオくんと遊んでくれるテオくんがいいお兄ちゃんでびっくりするけど、考えてみればひとりでクリスタちゃんを養ってたんだもんね。口の悪さが少し改善したと思ったら口うるさくなってきてるけど、本当にいい子です。
昼食のあと、私は机の上に「紙」「絵の具」「空き箱」「えんぴつ」「どんぐり」「枝」「落ち葉」を並べた。今日は題して「芸術の秋を楽しむ日」。前世では秋に作品展とかやってたな、と思い出して。秋は食べ物も美味しいし読書も心の栄養になるけれど、今日は「つくる喜び」を感じてほしい。
「材料は用意したら、絵でも工作でも、自由にやってみよう!」
「自由って?」とクリスタちゃんが首をかしげるので、「好きなように、思うままに」と説明する。私は小さなハケで葉っぱに糊をつけ、ぺたっと紙に押しつける。五枚の葉っぱをまあるく並べれば、花のようになる。
クリスタちゃんは目を輝かせて、すぐに真似を始める。「箱に貼り付けてもいいよ」と提案したら、木の箱にどんぐりを入れたり葉っぱや枝をくっつけたりし始めた。テオくんは「俺はそんな子どもっぽい遊びはしない」と言ってたけど、クリスタちゃんに誘われて、渋々な感じで木の枝と紐で何か作り始める。
おいおい、特大の可愛いかよ。結局は妹に弱いお兄ちゃん、私の大好物です。
一方のレオくんは、紙の前に座ったまま、筆を持つ手が止まっていた。
「レオくん、絵を描くの?」
「わからない」
その小さな声は少し震えていて、「何をしたらいいかわからなくて困っている」というよりも、怖がっているように思えた。私はしゃがんで、彼と視線を合わせる。
「絵を描くの、好き?」
「好きだけど、才能がないと言われて」
アロイスさんによるとレオくんはまだ六歳。絵が上手だとか下手だとか才能があるとかないとか、あれこれ言うほうが間違ってない?子どもはみんな天才なのに。
「誰に言われたの?」と聞く。もしそれがアロイスさんだったら、今度会ったときに注意しておかないと。けれどレオくんは少しだけ唇を噛んで「絵の先生。僕の絵は色が変だって…現実にはない色だって」と答えた。ああ…子どもが紫のりんごを書いたら、赤に直させるタイプの人だね。
「私は、現実にはない色のものがあったら素敵だと思うよ。例えば金のりんごとか、青い太陽とかね」
私の想像力が貧弱すぎて、あまり例が出てこないけど。だけど想像と創造の世界は自由だもん。彼の世界を表現してほしい。
「現実はない色を登場させられるのは、レオくんの絵の中だけだよ。ここでは誰も怒らないし馬鹿にもしないから、好きなように描いて、私に見せてほしいな」
レオくんは一瞬口をきゅっと引き結んだあと、「じゃあ、描いてみる」と決意を秘めた目で答えてくれた。
そう言って筆を動かし始めたレオくんの集中力はすごかった。クリスタちゃんが「レオ、宝箱ができたから見て!」と呼んでも、顔を上げない。えんぴつで下絵を描き、粗描きし、真剣な目で絵の具を混ぜ、色を塗り重ね、細部に至るまで描き込んで仕上げていく。素人から見ても、彼が高度な絵の教育を受けてきたことと、才能に溢れていることは明らかだった。
私はお高めインスタントコーヒーを淹れてCMソングを口ずさみながら、時折レオくんに「水分補給だよ」と言ってお水を渡しつつ、その姿を見守る。子どもが夢中になる時間って可愛いけど、レオくんのあどけない顔からは鬼気迫るものすら感じる。会ったことはないけど、巨匠ってこんな感じなのかな、みたいな。工作に飽きてしまったテオくんとクリスタちゃんも、じいっとレオくんを見ている。
もう夕ご飯の時間が近くなってようやく、レオくんが「できた」と小さく声を上げた。「見ていい?」と聞くと、ほんの少し不安そうに頷いてくれる。
秋のりんご園。
けれどただのりんご園じゃない。葉の赤や金色が重なり合い、絵の具が光るはずなんてないのに、まるで光を放っているよう。りんごは金や青や黄色や紫。夕闇が迫る空にはドラゴンが飛ぶ。
「…すごい」
「ほんとだ、きれーい!」とクリスタちゃんも目を輝かせる。テオくんまで「これ、すげーな」と素直に褒めた。レオくんは照れくさそうに俯いて、指の先をいじっている。
「でも…りんごの色がおかしいかもしれない。現実には金色や銀色のりんごなんてないから」
「だから素敵なんだよ」
「レオくんの絵は、こんな場所が本当にあったら素敵だろうな」と思わせてくれる。たくさんの新しさとほんの少しの懐かしさが同居していて、レオくんが見ている世界を追体験させてくれる。
「とっても素敵だから、街でいい額を買って、この絵をおうちに飾ろう。そうしたらこのおうちまで素敵になるよ」
「飾る?ここに?」
「レオくんさえよかったらね」
レオくんの顔がぱっと明るくなった。小さな巨匠にサインを入れてもらい、翌日早速額を買ってきてリビングの壁に飾る。レオくんは「もう寝なさい」と促されるまで、ずっとずっとその絵を見つめながら、木の一本一本やりんごのひとつひとつがどう違うのかや、ドラゴンが何を考えていてどこから飛んできてどこに行くのかを話し続けていた。
夜。子どもが寝静まったあと、私ももう一度レオくんの絵の前に立つ。やっぱり何度見ても胸があたたかくなる。彼の「この世の中の、ひとつひとつに対する優しさ」が伝わってくるようで。
「見る目がないのは、先生のほうじゃんねぇ」
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