婚約破棄された悪役令嬢は、今さら愛されても困ります

ほーみ

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「おや。まだ名乗っていませんでしたね。私は――この世界の“最終攻略対象”。君の物語の、最奥にいる者ですよ」

 その言葉に、私は思わず固まった。

 窓の外には、夜風に黒のローブを翻す青年がひとり。
 その立ち姿はまるで影そのものであり、けれど、月光に照らされた彼の瞳は深く、鮮烈な金に輝いていた。

「……あなた、本当に誰?」

 問いかけながらも、私は警戒を解けない。
 なぜなら、見覚えがある。彼の容姿も、その言葉も――前世でプレイしたゲームに登場した、“隠しキャラクター”のものだったから。

「君が私のことを知っているなら、話は早い。名前はゼイン。表向きには存在しない男。どのルートにも現れず、けれどすべての結末の裏側で動いていた、“黒の王子”――そう呼ばれていたこともあったかな」

「……なぜ、私の前に現れたのです?」

「ふふ。それは君が“条件を満たした”からさ」

「条件……?」

 ゼインは小さくうなずいた。

「この世界のすべての攻略対象から“本気”で愛されること。それが、私のルートの開放条件。そして今の君は――“愛されすぎて困っている悪役令嬢”そのもの。まさに条件を満たしたヒロインだ」

「……待って。それ、矛盾していませんか? 私は“悪役令嬢”なのに」

「だからこそ、君は美しいんだ」

 さらりと、唇を歪めて微笑んだゼイン。その一言に、心臓が跳ねた。

 この男――危険だ。

 彼の言葉はまるで甘い毒のよう。冷静さを奪い、心を乱す。
 そして私の動揺を感じ取ったのか、彼はさらに一歩、窓辺に近づいた。

「君はまだ知らないだろう。君自身の“価値”を」

「……価値?」

「そう。君は単なる悪役令嬢なんかじゃない。君には、物語を“上書きする力”がある。君が選んだ言葉、行動、感情……すべてが、この世界に新しい可能性を生み出している」

「…………」

 言葉が出なかった。

 彼が何を言っているのか、理解できるようでできない。けれど一つだけ確信した。

 この男は――私の常識の外側にいる。

「君がどの“愛”を選ぶのか、私は興味があるよ。そしてもし……誰も選べないというのなら」

 ゼインの瞳が、私を射抜いた。

「そのときは、君ごとこの世界をもらい受けよう」

 ――その言葉と同時に、彼の姿がふっと夜風に溶けるように消えた。

 ただ、最後に見えたのは、ぞっとするほど綺麗な金の瞳。

 



 

 翌日。

 私は、朝から謎の頭痛と眠気に襲われていた。

「アリシア様、大丈夫ですか?」

 心配そうにメイドのリリアが紅茶を淹れてくれる。
 私の信頼する忠実な侍女であり、誰よりも私の変化に気付く人物だ。

「……昨日、眠れなかったの。変な夢を見た気がするのよね。誰かが“この世界をもらう”とか……」

「…………は?」

 リリアの手がぴたりと止まった。

「……それ、夢ではないのでは?」

「え?」

「アリシア様……昨晩、窓を開けたままお休みでしたよ。何者かが侵入していたとしても不思議ではありません」

 ドクン、と心臓が跳ねた。

「……まさか、本当に……ゼインが?」

 呟いた私の言葉に、リリアは瞬時に表情を変えた。

「ゼイン? それは、王家の記録にある“封印された名”では……?」

「封印された……?」

「はい。かつて、すべての王族を殺しかけた“王子”がいたと記録にあります。彼は記録から名前を消され、“存在しない者”となったと」

「そんな……ゲームでは、ただの隠しキャラだったはず……」

 ――だが、これは現実の“異世界”。
 ゲーム通りにはいかないと、私はすでに痛感している。

(なら、彼は……本当に“この世界の鍵”を握る人物なのかもしれない)

 



 

 その日の午後、私は珍しく街へと足を運んだ。
 屋敷にいても、ゼインの言葉が頭から離れず、気が滅入りそうだったからだ。

「……あら?」

 ふと、横道から出てきた人影に視線を向ける。

 見覚えのある、赤髪の青年。細身の体に黒い騎士服。軽やかな歩き方。

「……レオン?」

「おお、アリシアじゃないか! 奇遇だな、まさか街で会えるとは」

 レオン・ヴァレンティア。王国騎士団に所属する若き天才騎士。
 ゲーム内では“陽キャ系”攻略対象として、明るく親しみやすい存在だった。

「ひとりでお出かけか?」

「気晴らしよ。ちょっと考えたいことがあって」

「ふーん? でも、ひとりってのは物騒だな。よし、俺が護衛してやる」

「……勝手に決めないでちょうだい」

「いいじゃん。ほら、あそこのカフェ、美味いんだぜ?」

 有無を言わせぬ笑顔で手を引かれ、私はそのまま店へと連れて行かれた。

 小さなカフェの窓際、彼と向かい合って座る。
 その目の前で、彼はまっすぐに言った。

「アリシア。俺、お前のことが好きだ」

「…………は?」

 紅茶を吹きそうになった。

「え、ええと、それは、冗談よね?」

「本気だよ。俺、ずっと見てたんだ。お前が殿下に冷たく扱われてたときも、騎士団のパーティで一人ぼっちだったときも……」

 彼の目は真剣だった。

「お前は、強くて、優しくて、そして、めちゃくちゃ美しい」

「…………」

「だから俺は、誰よりもお前を幸せにしてやりたい。……なあ、アリシア。俺を選んでくれないか?」

 言葉を失う。

 これで、何人目?
 王太子、ルシアン宰相、そして今度は騎士レオン。

(本当に、どうしてこんなことに……)

 私は、ただの“悪役令嬢”だったはずなのに。

 それなのに――今では、彼らの視線が熱すぎて、正直、逃げ出したい気分だった。

 



 

 夜。再び部屋に戻った私は、鏡に映る自分の姿を見つめていた。

 深紅の瞳に、整った顔立ち。
 昔から“美しい”とは言われていたけれど、誰も本気では見てくれなかった。

(でも今は……)

 なぜだろう。
 こんなにも“愛される”ことが、少し、怖い。

 だって、選べない。

 誰かを選べば、誰かを傷つける。
 それが怖くて、ただ立ち止まっているだけ。

「……私は、どうすればいいの?」

 思わず漏らしたその問いに、誰かが答えるように、ふわりとカーテンが揺れた。

 まるで、彼がまた来るとでも言うように。

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