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「――よって、リリアーヌ・アルフェン嬢との婚約は、ここに破棄とする!」
華やかな夜会の真っ最中。
王子の口から堂々と告げられたその言葉に、場は静まり返った。
「……あ、そうなんですね」
私はにこやかにワイングラスを口元に運ぶ。周囲の貴族たちがどよめく中、口をぽかんと開けたままの王子に、私は笑顔でさらに一言添えた。
「で? 次のご予定は?」
「……は?」
「いや、婚約破棄したからには、その後なんかあるんでしょう? 浮気相手に正式にプロポーズするとか、私を国外追放するとか。そういう定番、あるじゃないですか」
「お、おまえ……ちょっとは動揺とか、涙とか、なんかないのか……?」
「ないですね。というか、むしろ感謝したいぐらいです。あの、“愛してるのは別の人なんだ”とかいうテンプレセリフが出てこなかったのは、評価ポイントですよ。うん」
「リ、リリアーヌ……! おまえ……そんな、強くなって……!」
いや、強くなったというか、もともとそこまで期待してなかったというか。
ちなみに王子が誰を選んだかというと、伯爵家の三女、通称“無限ピュアピュア系天然聖女ちゃん”ことミリーナさんである。魔法が少し使えるとか使えないとかで、王子に「あの人は運命の相手だ!」と熱く見初められたらしい。
ええ、まあ、どうぞどうぞ。
「……そんなわけで、お幸せに」
私はワインを飲み干すと、ひらりとドレスの裾を翻し、優雅に会場を後にした。
これで、やっと自由の身だ。
数日後――
「婚約破棄された令嬢が、今は優雅にお茶会ライフしてるって本当?」
「ええ、しかも夜会での反応があまりにクールすぎて、逆に貴族界隈の間で人気が急上昇してるって噂よ」
「“あの返しは伝説級”って、うちの兄が絶賛してたわ」
噂って、広がるの早いんですね。
というか、あの場面“伝説級”って評価されるの、ちょっと恥ずかしいんですけど。
とはいえ、婚約破棄のおかげで私の周囲は妙ににぎやかになった。なぜか最近になって「リリアーヌ嬢にご挨拶を」とやたらと手紙が来る。中には「うちの息子とぜひお茶を」とか「隣国の騎士団長が貴女に興味を持っております」とか、どこの婚活市場かという状態である。
いや、ありがたいんですけど、落ち着かせてほしい。
そんなある日。
――ドンドンドンッ!!
「リリアーヌ嬢! お願いです、会ってください!!」
「……うるさっ」
朝っぱらから、屋敷の門前で誰かが土下座している。
召使いに確認させたところ――
「……元婚約者の、王子殿下でございます」
いや、なんで来てるの?
というか、泣いてる?
なんで泣いてるの? こっちが泣きたいぐらいなんですけど?
客間に通された王子は、ハンカチで目元を押さえながら、嗚咽交じりに語った。
「リ、リリアーヌ……俺が……俺が間違っていた……!」
「……ほう」
「ミリーナが、あんな子だとは……! まさか、あんなにも、毎日毎日、ケーキの種類で大喧嘩になるなんて……!」
「……」
「“今日の私はレモンタルト気分なの! わからないの!?”って、何回言われたか……! あと、聖女って名乗ってたのに、何かにつけて“神の力が目覚めないのは、ケーキが甘すぎるせい”って……!」
「……お疲れさまでした」
とりあえず、労っておこう。話の内容がカオスすぎて追いつけないけど。
「リリアーヌ……君しかいない。俺には、君しか……!」
「はい却下でーす」
秒で却下。誰が戻るか。
「し、しかし俺は反省して――」
「お帰りください。あとで門に“元婚約者・立入禁止”って貼っておきますので」
「なんでそんな貼り紙まで!?」
「二度と泣きながら戻ってこないでください。以上です」
「そんなああああああああ!」
王子はうつ伏せでソファに崩れ落ち、しばらくそのまま動かなかった。
やがて執事にずるずると引きずられて退出していくその姿は、まさに“貴族社会から追い出されるギャグキャラ”のそれである。
……いや、ギャグで済ませていいのか?
そしてその日の午後。
「リリアーヌ嬢! もしよければ、今度一緒に魔導書の鑑賞会でもいかがでしょうか?」
「俺はもっとアウトドア派なんだが、湖で一緒に釣りなど――」
「リリアーヌ嬢! 昨日の夜会でのお振る舞い、拝見しました。お見事でした!」
――なんか、求婚ラッシュが加速してるんですけど!?
なにこの状態。なに、流行ってるの?「元婚約破棄ヒロインと付き合おうキャンペーン」でも開催中?
しかも全員がそれなりに身分の高い貴族ばかりで、やけに紳士的。
まさか王子を振ったことで「この人、見る目あるな」みたいな評価でもされてるんだろうか。
……違う。そうじゃない。私、静かに余生を送りたかったんです。
紅茶とお菓子に囲まれながら、静かに優雅に暮らす未来を夢見ていたんです!
なのに!
「リリアーヌ! 俺は諦めないぞおおおおおお!」
「また来た!! ていうか、今度は旗持ってきてる!! “リリアーヌしか勝たん”って書いてある!!」
「おまえが世界一だああああああ!」
王子は門前でまたもや泣きながら叫んでいた。
どうしてこうなった。
華やかな夜会の真っ最中。
王子の口から堂々と告げられたその言葉に、場は静まり返った。
「……あ、そうなんですね」
私はにこやかにワイングラスを口元に運ぶ。周囲の貴族たちがどよめく中、口をぽかんと開けたままの王子に、私は笑顔でさらに一言添えた。
「で? 次のご予定は?」
「……は?」
「いや、婚約破棄したからには、その後なんかあるんでしょう? 浮気相手に正式にプロポーズするとか、私を国外追放するとか。そういう定番、あるじゃないですか」
「お、おまえ……ちょっとは動揺とか、涙とか、なんかないのか……?」
「ないですね。というか、むしろ感謝したいぐらいです。あの、“愛してるのは別の人なんだ”とかいうテンプレセリフが出てこなかったのは、評価ポイントですよ。うん」
「リ、リリアーヌ……! おまえ……そんな、強くなって……!」
いや、強くなったというか、もともとそこまで期待してなかったというか。
ちなみに王子が誰を選んだかというと、伯爵家の三女、通称“無限ピュアピュア系天然聖女ちゃん”ことミリーナさんである。魔法が少し使えるとか使えないとかで、王子に「あの人は運命の相手だ!」と熱く見初められたらしい。
ええ、まあ、どうぞどうぞ。
「……そんなわけで、お幸せに」
私はワインを飲み干すと、ひらりとドレスの裾を翻し、優雅に会場を後にした。
これで、やっと自由の身だ。
数日後――
「婚約破棄された令嬢が、今は優雅にお茶会ライフしてるって本当?」
「ええ、しかも夜会での反応があまりにクールすぎて、逆に貴族界隈の間で人気が急上昇してるって噂よ」
「“あの返しは伝説級”って、うちの兄が絶賛してたわ」
噂って、広がるの早いんですね。
というか、あの場面“伝説級”って評価されるの、ちょっと恥ずかしいんですけど。
とはいえ、婚約破棄のおかげで私の周囲は妙ににぎやかになった。なぜか最近になって「リリアーヌ嬢にご挨拶を」とやたらと手紙が来る。中には「うちの息子とぜひお茶を」とか「隣国の騎士団長が貴女に興味を持っております」とか、どこの婚活市場かという状態である。
いや、ありがたいんですけど、落ち着かせてほしい。
そんなある日。
――ドンドンドンッ!!
「リリアーヌ嬢! お願いです、会ってください!!」
「……うるさっ」
朝っぱらから、屋敷の門前で誰かが土下座している。
召使いに確認させたところ――
「……元婚約者の、王子殿下でございます」
いや、なんで来てるの?
というか、泣いてる?
なんで泣いてるの? こっちが泣きたいぐらいなんですけど?
客間に通された王子は、ハンカチで目元を押さえながら、嗚咽交じりに語った。
「リ、リリアーヌ……俺が……俺が間違っていた……!」
「……ほう」
「ミリーナが、あんな子だとは……! まさか、あんなにも、毎日毎日、ケーキの種類で大喧嘩になるなんて……!」
「……」
「“今日の私はレモンタルト気分なの! わからないの!?”って、何回言われたか……! あと、聖女って名乗ってたのに、何かにつけて“神の力が目覚めないのは、ケーキが甘すぎるせい”って……!」
「……お疲れさまでした」
とりあえず、労っておこう。話の内容がカオスすぎて追いつけないけど。
「リリアーヌ……君しかいない。俺には、君しか……!」
「はい却下でーす」
秒で却下。誰が戻るか。
「し、しかし俺は反省して――」
「お帰りください。あとで門に“元婚約者・立入禁止”って貼っておきますので」
「なんでそんな貼り紙まで!?」
「二度と泣きながら戻ってこないでください。以上です」
「そんなああああああああ!」
王子はうつ伏せでソファに崩れ落ち、しばらくそのまま動かなかった。
やがて執事にずるずると引きずられて退出していくその姿は、まさに“貴族社会から追い出されるギャグキャラ”のそれである。
……いや、ギャグで済ませていいのか?
そしてその日の午後。
「リリアーヌ嬢! もしよければ、今度一緒に魔導書の鑑賞会でもいかがでしょうか?」
「俺はもっとアウトドア派なんだが、湖で一緒に釣りなど――」
「リリアーヌ嬢! 昨日の夜会でのお振る舞い、拝見しました。お見事でした!」
――なんか、求婚ラッシュが加速してるんですけど!?
なにこの状態。なに、流行ってるの?「元婚約破棄ヒロインと付き合おうキャンペーン」でも開催中?
しかも全員がそれなりに身分の高い貴族ばかりで、やけに紳士的。
まさか王子を振ったことで「この人、見る目あるな」みたいな評価でもされてるんだろうか。
……違う。そうじゃない。私、静かに余生を送りたかったんです。
紅茶とお菓子に囲まれながら、静かに優雅に暮らす未来を夢見ていたんです!
なのに!
「リリアーヌ! 俺は諦めないぞおおおおおお!」
「また来た!! ていうか、今度は旗持ってきてる!! “リリアーヌしか勝たん”って書いてある!!」
「おまえが世界一だああああああ!」
王子は門前でまたもや泣きながら叫んでいた。
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