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王子が門前で「リリアーヌしか勝たん」などと叫び続けて三日目。
「そろそろご近所からの苦情が来そうですね」
冷静に紅茶を注ぎながら執事が言った。
来るでしょうね。というか、もう来た。
「このままでは、リリアーヌお嬢様の評判にも影響が出かねません」
「……あの王子、もしかして本気で復縁狙ってる?」
「そうお見受けします」
「……うん、困った」
正直、ここまでされると同情心くらいは湧いてくる。だがしかし、それと復縁は別の話だ。
私が王子に失望した最大の理由、それはミリーナ嬢のような、いかにも“守ってほしい系”にふらっとなびいてしまったことだ。そんな人に、将来を預ける気にはなれない。
あと、正直に言ってしまえば――
(毎朝「レモンタルトじゃなきゃ聖女の力が出ないの!!」って騒がれる未来は、絶対に嫌……!)
もう、静かに暮らしたいんです。
この件について、私は貴族社会からは「賢い」「先見の明がある」「未来視でもしたのか?」などと謎に高評価を受けてしまい、婚約者候補が次々と現れる始末。
そして――
「やあ、リリアーヌ嬢。お元気そうでなによりです」
今朝のティータイムに現れたのは、また新たな刺客(?)だった。
「……あら、あなたは……」
「第二王子のフレデリックです。兄の騒ぎを見かねて、少しばかり忠告に伺いました」
王子の弟、フレデリック殿下。冷静沈着、文武両道、そして無駄に美形。しかもこの人、貴族界では「兄より優秀」と評されていることで有名だ。
「兄がご迷惑をおかけしているようで、申し訳ありません」
「……いえ、まあ……門前で“リリアーヌ最高”って旗を振ってるだけなので。たぶん近所の子どもよりは静かです」
「それはそれで問題だと思いますが」
そんなフレデリック殿下が、さらりと言った。
「もしよければ、私と前向きなお付き合いを検討していただけませんか?」
「……へ?」
思わずお茶を吹き出しそうになった。というか、半分吹いた。
「も、申し訳ありません。いきなりすぎて……」
「兄が選ばなかった時点で、むしろあなたの価値が証明されていると私は思っています。冷静で、知性があり、感情に流されない。王妃にふさわしい資質だ」
「……それって、褒めてます?」
「もちろん。私は合理主義者ですので」
なんか、褒められてるんだけど、ちょっとだけイラっとするのはなぜ?
「兄は情に流されやすく、目の前の美しさに惑わされやすい。あなたが見限ったのは当然です」
「……まあ、そこは……はい」
「私なら、そのようなことはありません。もし、王族としての立場が必要であれば、兄から王位継承権を奪うのも検討しますが?」
「え、それはちょっと物騒じゃない?」
「大丈夫です。合法的にやります」
合法なら何でもしていいと思ってるタイプだ、この人……!
やばい。今まで求婚してきた中でもっとも現実的で、もっとも怖いタイプだ。
「ご検討、お願いしますね。では、近いうちにまた伺います」
フレデリック殿下はにこやかにお辞儀をして去っていった。
え、ちょっと待って。これ、恋愛じゃなくて政略戦なの? 私、狙われてるの? なにこの“元婚約破棄令嬢争奪戦”みたいな流れ――
「リリアーヌ!! また来たぞおおおおお!」
「って、また王子来たーーーーーーー!?」
門の外では、今日も旗を掲げて涙を流す王子の姿があった。
だが――
「……なんか今日は、隣に人がいる?」
しかもその隣の人、なにやら神々しい光をまとっている。
「神官様!? なぜここに!?」
「おお、リリアーヌ嬢。ご安心ください。私はこの地に舞い降りた神の使いでございます」
絶対ウソだろそれ。
「実は先日、我が教団にて神託が下りました。“失われし婚約を取り戻すべし”と」
「神様、暇なの!?」
「この婚約は神聖な導きにより結ばれるものであったと、神はおっしゃいました。なので――」
「なので?」
「――神に代わって、婚約の復元式を行いに参りました」
「勝手に復元しないでええええええええ!!」
混乱の極みである。
王子、フレデリック殿下、そしてなぜか神の使い(自称)まで現れて、私はただ平穏な日常を望んでいただけなのに、どこで間違えたのだろう。
いや、間違ってなどいない。私の判断は正しかった。
婚約破棄は大成功だった。
問題は、その“その後”が予想の斜め上すぎたことだ。
「せめて……静かに、紅茶だけは……」
祈るようにカップを手にしたその瞬間。
「リリアーヌ嬢! この度、新しいスイーツ店を開店いたしました。試食にぜひ!」
「俺も、農場を開いたんだ! 今度はリリアーヌ嬢の名前をつけて、“リリ畑”って……!」
「詩を書きました! “麗しのリリアーヌ、心のオアシス……”」
――貴族男子の暴走が止まらない。
なぜか求婚勢たちの間で「リリアーヌポイント」を競い合うランキングが非公式で作られているらしく、朝から晩まで何かしら贈り物や報告が届くのだ。
「リリアーヌ嬢の使用したティーカップの破片が落ちていたので、記念に額装しました!」
「リリアーヌ嬢の足音を録音した“足音オルゴール”を作りました!」
「いや、どこに向かってるのこの人たち!?」
……ツッコミが追いつかない。
はたして、私の静かな生活は戻ってくるのか。
というか、そろそろ真面目に「逃亡計画」を考えるべきかもしれない。
「そろそろご近所からの苦情が来そうですね」
冷静に紅茶を注ぎながら執事が言った。
来るでしょうね。というか、もう来た。
「このままでは、リリアーヌお嬢様の評判にも影響が出かねません」
「……あの王子、もしかして本気で復縁狙ってる?」
「そうお見受けします」
「……うん、困った」
正直、ここまでされると同情心くらいは湧いてくる。だがしかし、それと復縁は別の話だ。
私が王子に失望した最大の理由、それはミリーナ嬢のような、いかにも“守ってほしい系”にふらっとなびいてしまったことだ。そんな人に、将来を預ける気にはなれない。
あと、正直に言ってしまえば――
(毎朝「レモンタルトじゃなきゃ聖女の力が出ないの!!」って騒がれる未来は、絶対に嫌……!)
もう、静かに暮らしたいんです。
この件について、私は貴族社会からは「賢い」「先見の明がある」「未来視でもしたのか?」などと謎に高評価を受けてしまい、婚約者候補が次々と現れる始末。
そして――
「やあ、リリアーヌ嬢。お元気そうでなによりです」
今朝のティータイムに現れたのは、また新たな刺客(?)だった。
「……あら、あなたは……」
「第二王子のフレデリックです。兄の騒ぎを見かねて、少しばかり忠告に伺いました」
王子の弟、フレデリック殿下。冷静沈着、文武両道、そして無駄に美形。しかもこの人、貴族界では「兄より優秀」と評されていることで有名だ。
「兄がご迷惑をおかけしているようで、申し訳ありません」
「……いえ、まあ……門前で“リリアーヌ最高”って旗を振ってるだけなので。たぶん近所の子どもよりは静かです」
「それはそれで問題だと思いますが」
そんなフレデリック殿下が、さらりと言った。
「もしよければ、私と前向きなお付き合いを検討していただけませんか?」
「……へ?」
思わずお茶を吹き出しそうになった。というか、半分吹いた。
「も、申し訳ありません。いきなりすぎて……」
「兄が選ばなかった時点で、むしろあなたの価値が証明されていると私は思っています。冷静で、知性があり、感情に流されない。王妃にふさわしい資質だ」
「……それって、褒めてます?」
「もちろん。私は合理主義者ですので」
なんか、褒められてるんだけど、ちょっとだけイラっとするのはなぜ?
「兄は情に流されやすく、目の前の美しさに惑わされやすい。あなたが見限ったのは当然です」
「……まあ、そこは……はい」
「私なら、そのようなことはありません。もし、王族としての立場が必要であれば、兄から王位継承権を奪うのも検討しますが?」
「え、それはちょっと物騒じゃない?」
「大丈夫です。合法的にやります」
合法なら何でもしていいと思ってるタイプだ、この人……!
やばい。今まで求婚してきた中でもっとも現実的で、もっとも怖いタイプだ。
「ご検討、お願いしますね。では、近いうちにまた伺います」
フレデリック殿下はにこやかにお辞儀をして去っていった。
え、ちょっと待って。これ、恋愛じゃなくて政略戦なの? 私、狙われてるの? なにこの“元婚約破棄令嬢争奪戦”みたいな流れ――
「リリアーヌ!! また来たぞおおおおお!」
「って、また王子来たーーーーーーー!?」
門の外では、今日も旗を掲げて涙を流す王子の姿があった。
だが――
「……なんか今日は、隣に人がいる?」
しかもその隣の人、なにやら神々しい光をまとっている。
「神官様!? なぜここに!?」
「おお、リリアーヌ嬢。ご安心ください。私はこの地に舞い降りた神の使いでございます」
絶対ウソだろそれ。
「実は先日、我が教団にて神託が下りました。“失われし婚約を取り戻すべし”と」
「神様、暇なの!?」
「この婚約は神聖な導きにより結ばれるものであったと、神はおっしゃいました。なので――」
「なので?」
「――神に代わって、婚約の復元式を行いに参りました」
「勝手に復元しないでええええええええ!!」
混乱の極みである。
王子、フレデリック殿下、そしてなぜか神の使い(自称)まで現れて、私はただ平穏な日常を望んでいただけなのに、どこで間違えたのだろう。
いや、間違ってなどいない。私の判断は正しかった。
婚約破棄は大成功だった。
問題は、その“その後”が予想の斜め上すぎたことだ。
「せめて……静かに、紅茶だけは……」
祈るようにカップを手にしたその瞬間。
「リリアーヌ嬢! この度、新しいスイーツ店を開店いたしました。試食にぜひ!」
「俺も、農場を開いたんだ! 今度はリリアーヌ嬢の名前をつけて、“リリ畑”って……!」
「詩を書きました! “麗しのリリアーヌ、心のオアシス……”」
――貴族男子の暴走が止まらない。
なぜか求婚勢たちの間で「リリアーヌポイント」を競い合うランキングが非公式で作られているらしく、朝から晩まで何かしら贈り物や報告が届くのだ。
「リリアーヌ嬢の使用したティーカップの破片が落ちていたので、記念に額装しました!」
「リリアーヌ嬢の足音を録音した“足音オルゴール”を作りました!」
「いや、どこに向かってるのこの人たち!?」
……ツッコミが追いつかない。
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